無警戒
「いってきまーす!」
返事を待たずに、ぼくは扉を開けて玄関から飛び出した。外は快晴。柔らかな日差しに温められた風が心地いい。
「アトラ、今日も友人と遊ぶのか? 気を付けるんだぞー!」
「はーい!」
庭で運動をしていたお父さんが、重たそうな槍をビュンビュン言わせながら見送ってくれた。やっぱり、お父さんの朝の鍛錬はいつ見ても迫力がある。3人も、これを見たらきっとびっくりするだろう。
そんなことを考えながら、ぼくは村の中心部から外周部へと下り、待ち合わせ場所に向かう。
「あら、聖騎士様の息子さんじゃない」
「朝から元気いっぱいなのは、うちのガキどもと同じか。良いことだ」
「ナクラム様によろしくねー!」
「転ぶなよー!」
カロンたちと友だちになってから、村の人たちが声をかけてくれるようになった。それ自体はすごくうれしい。だけど、相変わらずぼくは「聖騎士様の息子」だった。みんなぼくを通してお父さんを見てる。
ぼくが村に出たくなかったのは、こういう視線が理由だったけど……今はカロンたちがいる。ぼくを「聖騎士様の息子」ではなく、「アトラ」として接してくれる友だちが。だから、最近は外に出るのが楽しい。
「あ、いた!」
視線の先に、こっちへ手を振る人影。カロンとオランだ!
「おーい!」
元気に手を振っているオランに負けじと、めいっぱいに手を振り返す。そして走る足に力を入れた。
「うわわわ!? は、はやいねアトラ」
「ハァ、ハァ、ハァ……っハァ、おはよう、2人とも……!」
「おいおい落ち着けよ。今から疲れてたらついて来れないぜ?」
「はは、これくらい大丈夫だよ。ぼく体力には自信があるんだ」
「みたいだな。——ほら!」
カロンがだいだい色の実を目の前に突き出した。
ほのかに甘い香りがする。
「これは?」
「なんとかっていう果実らしいぜ? 父ちゃんがくれたんだよ。甘くてうまいし、のどがかわいたならちょうどいいだろ」
「食べてみなよ。本当においしんだ」
2人にうながされて、皮ごと実にかぶりついた。
プツッと薄い皮を歯が裂いた途端、甘い果汁が口の中に広がり、その味は噛めば噛むほど果肉からあふれ出た。
「〜〜〜〜!! ふぉいひい!!」
「だろ? うんまいよなあ!」
「おれもすぐに食べちゃったもん!」
2人は夢中で食べるぼくを見て笑った。
シスが息を切らせてやって来るのは、それから十数分後のことだった。
「おせーよ! シルス、おまえいっつも最後じゃねーか! なにやってたらこんなにリーダーを待たせられるんだよ?!」
「う、うるさい! 女の子には準備があるの、いろいろと! ——あれ? なんだか甘い匂い……」
「これの匂いだろ?」
「え! なにそれおいしそー!」
「おっと」
差し出されたシルスの手を、カロンがはたいた。
「シルスはしばらくおあずけだ」
「ちょっと!」
「遅れてきたバツだ! すこしは反省しろよな」
「ぐぬぬ……しばらくっていつまでよ……」
「秘密基地に着くまで」
「「「秘密基地?」」」
ぼく、オラン、シスの声が重なった。
そういえば、今日呼び出した目的をまだ聞かされていなかった。
「秘密基地って、ぼく知らないけど?」
「ああ、驚かせようと思ってだまってた。樹上に作った本格派だから楽しみにしていいぜ!」
「ほえ〜、おれ、ぜんぜん気づかなかったや……」
「ふーん……で? それどこにあんのよ? 村にそんなの作れる樹なんてあった? わたし見たことないけど」
「ま、着いてからのお楽しみってヤツだ」
カロンは自信たっぷりに答えると、リーダーとして出発の号令をかける。
「よし! だれかのせいで遅くなったな。さっそくオレたちの秘密基地に出発するぞ! ちゃんと着いてこいよ!」
ぼくたちの返事を待たずに、カロンは木杭の柵に沿うように移動をはじめた。
ぼくたちも慌ててその背について行った。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
「——あった、ここだ」
「ここ?」
カロンが立ち止まったのは、だれかの家の影になっているなにもない場所だった。
カロンはそこで柵を見つめている……と。
「見てみろよ。ここ、通れるようになってんの分かるか?」
カロンの視線の先には、ほかの木杭よりあきらかに隙間のある箇所があった。木杭と木杭の間を削って広げたような、そんな感じだ。それはちょうど、ぼくたちなら通れるくらいの隙間だった。
「カロン。これ、削ったの?」
「ああ! 削っただけじゃ色が変わってバレるからな、父ちゃんの引き出しから茶色の油をかりて塗っておいた」
「茶色の油?」
「カロンのお父さんは自警団なんだよ。たぶん革鎧の手入れに使うやつだと思う。おれも見たことあるし」
「秘密基地はこの先だかんな。……ほら、こうやって通るんだ」
言いおわるよりはやく、カロンはその隙間に頭から突っ込んで、体をクネクネとひねりながら柵の向こうに抜けた。オランもすぐに続いて、次はシルスの番になった。
「ほらシルス。なにやってんだ、見つかるだろ……!」
「ちょっと待って……! わたし服をよごしたくないの。これ気に入ってるんだからね」
「は、はやく! おれ前からひっぱるからね……!」
じれたオランが、柵の向こうからシルスの手をひっぱる。ぼくも、シスのおしりを後ろから押した。
「ちょ、ちょっと、アトラくん?!」
「ご、ごめんね? でも後ろで声がしたから急がないと……」
本当だ。さっきからぼくたちが隠れている家の向こうから声がする。もしも声の主が気まぐれに家の裏手に顔を出したら、隠れる場所なんてない。ぼくだけ見つかって秘密基地に行けないなんて……いやだ。
シスが隙間を通り、急いでぼくも続いた。シスが服についた木のトゲなんかを取りながら、すこし赤い顔で見てきた。ぼくも赤いから、顔は合わせられない。あとで謝らないと……。
「よし、急ごうぜ。ここまでくればすぐだかんな」
「カロン、果物忘れてる」
「お、あっぶねー。シルスにとられるとこだったぜ」
「とるはずないでしょ。わたしカロンと違って意地悪くないから」
「はあ?! オレがいつ意地悪かったよ!?」
「カロン、しぃーっ! こえ、こえ……!」
「さわいだら見つかるよ……!」
いつもみたいに2人の口げんかが始まりそうになるのを、オランとぼくで必死に止めた。2人は顔を合わせればすぐに口げんかになる。それでも一緒にいるんだから、たぶん仲がいいと思うけど、すこし気になる。
とにかく、こうしてみんな柵を抜けることができた。けど、まだ気は抜けない。この柵はあくまでも柵だ。隙間からはぼくたちの姿が見えてしまう。
「カロン、はやく行こうよ」
「そうだな。よし、こっちだ。森に入ればもうすぐそこだぜ? おどろく準備はしとけよな」
「いいから行ってよ。見つかっちゃうって言ってるでしょ」
「ちぇっ、遅れたやつが言ってらあ」
「お、おれ、リーダーの作った秘密基地、楽しみだなぁー。はやく見たいよ」
「うんうん、ぼくも。はやく見たいな、リーダー」
カロンを先頭にして、オラン、ぼく、そしてシスの順番に列を作る。2人を離そうと、オランとぼくは視線で通じ合った。そして、カロンは急かすぼくたちの期待に応えようと、上機嫌に歩き出す。
この頃には、ぼくたちは自分たちが甘い匂いをまとわせながら歩いていることを忘れていた。
後から思えば、このときのぼくは冷静じゃなかった。友だちと遊ぶことに夢中で、興奮してた。
もし冷静だったなら、柵を抜けることは止めていたはずだ。森に入るのがどんなに危険かも、思い出せたと思う。
だけど、このときのぼくはあまりに無警戒だった……。
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