穢れし少年の吸血記・外伝

DarT

セトナ村の少年『アトラ・アーカー』

セトナ村の少年『アトラ・アーカー』

 ここからは主人公アトラの村での生活と、それが終わりを迎えるまでの外伝です。

 1話へと繋がる話ではありますが、読まないからといって本編を読み進める上では支障ありません。



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 窓の外には、外で遊ぶ子どもたちの姿が小さく見えた。


 ここはセトナ村。

 3方向を森と山に囲まれる自然豊かな村で、ぼくと家族が暮らす静かな村だ。


 セトナ村は、主に2つの区画に分かれている。

 太い木杭の壁に守られた中心部と、そこから村を囲う木杭の柵までの外周部だ。

 ぼくの屋敷があるのは、中心部。村長さんの家の向かい側にある。


 ぼくは元々、セトナ村の産まれではない。もっと大きな町で、それこそ大聖堂のあるほどの大都市で産まれたらしい。

 そこからお父さんの考えで自然豊かな村、セトナ村に移ったらしい。小さい頃の話だからよく覚えていない。が、とにかくそういうことらしいのだ。


「アトラー! ナクラムが呼んでるー! 何か面白いものを見せるって、行ってあげなさーい!」


 お母さんの声が聞こえて、ぼくは部屋を出て階段を駆け下りた。途中、階段で走るなというお母さんの声が聞こえたが、適当な返事を返して玄関を飛び出す。すると、家の門にお父さんの姿が見えた。


「おお、アトラ。朝から元気だな」


 走り寄って気づいたことは、お父さんの服が砂に汚れていることだった。土の匂いと、なにか別の匂いがする。


「おはよう、お父さん。で、で、おもしろいのってなに?」

「慌てるなよ。——それじゃあ、そろそろよろしいですか?」

「ええ、もちろんじゃとも。村のためにここまでして下さるとは、感謝の言葉もない。ナクラムさんのお好きなタイミングでよいですぞ」


 お父さんの質問にゆっくりと頷いたのは、セトナ村の村長・クワンさんだ。白くなった髪に、曲がった腰。シワシワの顔は優しげで、小さい頃からよく声をかけてくれる。


 村長さんからなにかの許可をもらったお父さんは、ぼくを肩車して歩き出した。歩く先には、この村の中心部を囲む木杭の壁と、唯一壁の途切れた道がある。

 この壁はお父さんが作ったもので、町へと通じる一本の道を避けるように壁は築かれた。一度、これじゃあここから入られるよと言ったことがある。それに対して、お父さんは笑って「今に分かる」といったのだった。


「ようし、ここだ!」

「ここ?」


 お父さんが自信を持って連れてきたのは、やはり壁の途切れた、町へと通じる一本道のところだった。

 

「でも……なにもないよ? この前見たときと変わってない」

「いいや。アトラ、アレだ、アレ」

「ん?」


 お父さんが指をさす先には、たしかに見たことのないものがあった。道を挟む壁。その両端から、なにか複雑な模様が道に刻まれ、壁同士を繋いでいた。

 ちょうどこの模様を含めれば壁は真円になり、中心部を完全に囲う形になる。


「お父さん、これってなに?」


 お父さんは答えてくれない。顔にはいたずらが成功するかワクワクしているような表情を浮かべていた。つまり、なにかあるのだ。


「では始めます」

「……………………」


 お父さんの言葉に、村長さんは少し緊張した顔で頷いた。いつの間にか、村長さんの後ろには中心部に住む人たちのかなりが集まっていて、その中にはぼくと同じくらいの子たちもいた。みんな緊張している。


「見ていろ、アトラ」

「う、うん……」


 お父さんが手をかざす。すると、地面に刻まれた模様か浮き上がり、左右の壁と同じ高さになる。そして——


「「「うお〜〜〜〜!?」」」


 その模様に追従するかのように、地面が迫り上がり、同時に頭上を村の中心部を半球状に覆う魔法の障壁が築かれる。

 後ろから、男衆の野太い声と子どもたちの怯えたような声が聞こえた。少し遅れてそれは歓声へと変わり、たくさんの拍手が鼓膜を震わせる。


「すげーー!!」「壁できちゃったよおい……」「さすが聖騎士様ね!」


 お父さんが振り返る。自然と、肩車されてるぼくも村のみんなの方へ向いた。


「————」


 みんながこっちを見ていた。顔を赤くして、興奮しながら称賛の声をあげている。お父さんがほめられ、たたえられているのが誇らしい。村の子どもたちの視線も、その気持ちをさらに大きくさせた。

 ぼくのお父さんは、村の英雄なんだ。


「では、こちらはクワンさんが持ってて下さい。私が不在の際に何かあれば、これを使えば発動します」

「おお、これは……。責任重大じゃのぉ」


 お父さんの手から、宝石みたいな青いものが手渡される。これを使えば、さっきの魔法が使えるらしい。同時に、使ったことがお父さんに分かるようになっているとのことだった。


 お父さんは足が速い。きっとどこにいても、すぐに駆けつけてくれるだろう。ぼくが森でケモノに襲われそうになった時も、助けを呼んだらすぐに駆けつけて助けてくれた。お父さんがいるかぎり、この村は安全だ。


「どうだった、アトラ。なかなか面白かっただろう?」

「うん! すごい迫力だった! それに、とてもきれいだった! 上に出てきたヤツって、〈障壁魔法〉でしょ?」

「なんだ、もうそんなことまで知ってるのか?」

「本に書いてあった。……すごいなー、ぼくも魔法を使えるようになるのかな?」

「魔法か…………魔法は産まれ持っての才能次第だからな。ま、お前は父さんとアリシアの子だ。父さんもアリシアも魔法を使えるからな、アトラだってきっと使えるぞ!」


 そう言うとお父さんは、ぼくを肩から降ろして頭をワシワシとなでた。


 魔法は『第二の血液』と言われる『魔力』によって成される。ぼくは自分の魔力を自覚できていないから、まだ魔力を操ることはできない。だから魔法も使えなかった。

 お母さんは、魔法を上手に扱うにはいろんなことを学ばないといけないと言っていた。魔法について詳しく学べるところは、この国では2つ。『魔法師協会』の学校へ行くか、修道院に入るかだ。

 聖騎士になる近道は修道院に入ること。ぼくも成人の儀が終わったらそこへ行きたいと思ってる。


 お父さんに頭を撫ぜられていると、村長さんがお父さんを呼んで、ぼくはお父さんと分かれた。すると、さっき肩車をされているぼくに視線を向けていた子たちが駆け寄ってきた。

 実は、ぼくはあまり家から出ない。その子たちのことも、窓からときどき見ていただけで、会うのはこれが初めてだった。

 なんだろう……緊張する……。


「なあ、おまえ聖騎士様の子どもだろ?! あ、オレ、カロンってんだ!」

「お、おれはオラン。よろしくね」

「あっ、わたし? わたしシルス。聖騎士様がお父さんなんてすごいね」


 なにを言われるんだろうと緊張していたけど、その子たちは目をキラキラさせて話しかけてきた。


「ぼくはアトラ・アーカー。よ、よろしく」

「アトラアーカー? 少し長い名前なんだな。あんま聞かねーや」

「違うよカロン。わたし知ってる、『アーカー』は家の名前でしょ?」

「うん、ぼく自身の名前はアトラだよ。だからアトラって呼んで」

「ほーん? 家の名前なんてオレんとこにはないけどなぁ。オラン、おまえの家にはあんのか?」

「え? う、うーん……ない、と思う」

「あったりまえでしょ? 家の名前があるのは特別なんだから、聖騎士様の家は特別なの!」


 少し気の強そうな女の子・シルスは腕を組みながら得意げだ。

 3人の中で一番背の高いカロンと、背の低い少し気の弱そうなオランは「へー」と、理解したようなしてないような返事を返す。

 

 2人の反応も気にしないで、シルスはパッとこっちに向きなおった。


「バカ2人は置いといて——」

「バカとはなんだよ! オランはともかくオレはバカじゃねーぞ!」

「ええ!? お、おれもバカじゃないよ!?」

「——うるさーい! とにかく、アトラくん。 わたしのことはシスって呼んでね。分かんないことや困ったことがあったら言って」

「うん、分かった。ありがとう、シス」


 シルスの親切な言葉を聞いて、ぼくは出された手を握った。柔らかくて、所々にザラとした部分もあったけど、初めての女の子の柔らかさにドキドキして、手汗が出てないかヒヤヒヤする。


「あ! ずっりいなぁ、どけどけ!」

「きゃっ! もう、カロン!」

「オレのことはリーダーって呼んでもいいぜ! オレん仲間に入れてやるよ!」

「仲間……? それは……友だちってこと?」

「おう! オランもシスもアトラも、オレの仲間で友だちで手下な!」

「ちょっと! なんでわたしが手下なの?! てゆーかアトラくんがリーダーでしょ!」

「はあ?!」


 カロンとシルスはギャミギャミと口げんかを始めてしまった。けど、ぼくは初めてできた友だちが嬉しくて、そんなケンカも新鮮で楽しかった。

 オランとぼくで、2人のケンカが終わるのを待つ。ぼくはまずオランと仲良くなった。

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