第23話 選ばれし者
四十六名の候補者達と肩を並べ、
「――確認作業が終了致しました。これより、各チームの指名候補者を読み上げてまいります」
幾十人の現役メンバーと、幾千人の観客達。そしてメディアを通じた幾万人の瞳が、これから繰り広げられる運命の
二〇一五年五月十日、第二回AKB48グループドラフト会議――。
この日を迎えるまでの様々な出来事が今、期待と不安に潰れそうな由佳の頭の中でぐるぐると渦巻いていた。「バイトAKB」として大勢の仲間達とイベントに立った日々のことも。その現場で再会を果たした十五期生の
つい先程の質疑応答で、チームBの
全てを背負って辿り着いたこの場所。きっとこれが最後のチャンスだ。今日この場で名前を呼ばれなければ、流石にもう次はないかもしれない。
「第一巡選択希望候補、AKB48・チームA――」
由佳はびくりと肩を震わせた。遂に読み上げが始まった。プロ野球のドラフト会議さながらに、
「――エントリーナンバー34番、
自分ではなかった。肩を落とす
「第一巡選択希望候補、AKB48・チームK、エントリーナンバー39番、
名を呼ばれた子達の歓喜の震えが、僅かな空間を隔てて由佳のもとにも伝わってくる。
可愛い子から、才能のある子から選ばれていく。一握りの者だけがこの先に行ける。わかっていたことではあるが、それでも――。
「SKE48・チーム
「SKE48・チームE、エントリーナンバー39番、水野愛理――」
一人でいくつものグループからの指名を独占する子がいる一方で、自分の名前が一向に呼ばれない焦燥が、じりじりと由佳の不安を煽る。
由佳のエントリーナンバーは8番。だが、いつまで経ってもその番号が呼ばれる気配はないまま、あっという間にSKE48までの指名候補読み上げが終わってしまった。続いてNMB48に差し掛かるが。
「NMB48・チームN、エントリーナンバー34番、樋渡結依――」
「NMB48・チーム
呼ばれるのは同じ子の名前ばかりだ。HKT48の指名候補にもついに由佳の名が現れることはなく、そして――。
「第一巡選択希望候補、NGT48、エントリーナンバー28番、
最後は新設のNGT48。あっけなく全ての指名は出揃ってしまった。
「以上、選択の結果、エントリーナンバー23番、
呼ばれなかった。自分の名前はどこからも呼ばれなかった――
「エントリーナンバー38番、
客席の反応が最高潮に達する中、由佳は身体を硬直させ、全身を襲う震えに必死に耐えていた。彼女の動揺をよそに、司会のフットボールアワーの二人が賑やかに会場を盛り上げていく。
「さあ、NGTの北原! 何やら、こう、涙が出てますけども!」
「皆が……ドラフト生の皆が、選ばれて涙してる姿を見てたら、もらい泣きしちゃって」
NGT48のキャプテンになったばかりの北原里英が、兼任の柏木由紀とともにNGTのテーブルで笑顔を見せている。
「一巡指名で誰とも被らず西潟ちゃんを獲得できたのも嬉しいんですけど、ホントに、選ばれた全員を抱きしめたいくらいの気持ちです、今」
そんな彼女の言葉がさっくりと由佳の胸を刺す。選ばれし者と選ばれない者。僅か数分足らずの間に、候補者達の明暗ははっきりと分かれてしまった。選ばれない自分は、誰にも抱きしめてはもらえない。
「なぜ西潟を選んだんでしょう?」
「そうですね、あの、NGT48はこれからのグループなので、即戦力になる子が欲しいなっていう思いがあったのと……。あと、
NGT48に指名された
その茉莉奈が涙ながらにインタビューを受けるのを見ながら、由佳は不安を噛み締めていた。
指名を担当する現役メンバー達は、やはり思った以上に候補者のことを見ている。長年オーディションに落ち続けてきただけで何の取り柄もない自分のことなど、選んでくれる筈もない。
他のチームのキャプテンにもインタビューの順番が回っていた。チームBの木﨑ゆりあが、指名した候補者について嬉しそうに語っていた。
「スカウトマンとかで行ってた子、全員一致で、高橋
先程の質疑応答の最後、誰からも声を掛けられずに居た自分に名指しで質問をしてくれた彼女。その優しさに期待しなかったと言えば嘘になる。ひょっとしたらチームBが自分を選んでくれるのではないかと。だが、結局、彼女の目には自分など映っていなかったのか――。
「嬉しい! 絶対欲しかったんです、希良ちゃんは――」
チームBのレジェンド、渡辺麻友が、王道アイドルの魅力に溢れたその子について満面の笑みで熱弁を振るう。
由佳は思わず胸を押さえた。「獲得できて嬉しい」なんて言ってもらえる子達と、自分の境遇はまるで真逆だ。これまでのオーディションでも。セレクションでも。この世界の全員から、「おまえは要らない」と言われ続けてきた。自分は誰からも必要としてもらえない。誰も自分をアイドルにしたがってはくれない――。
「――エントリーナンバー34番、
いつの間にか重複指名者の抽選が始まっていた。三チームから指名を集めた逸材、樋渡結依の獲得が決まり、飛び上がって喜ぶチームAの面々の姿が由佳の目に重たい残像を残した。
あどけない笑みを浮かべた彼女が、司会者に促されてマイクを握る。
「ずっと憧れてたAKBさんに獲って頂けて、すごく嬉しいです。早くAKBのファンの方と、メンバーさんに認めてもらえるよう、一生懸命頑張ります。よろしくお願いします。……今まで応援して下さった方、ありがとうございます」
物心つく頃から子役として活躍してきたという結依。場数が違う。才能が違う。あの
こんな子達に、自分が勝てる筈がない。
工程は順調に消化されていく。同じく三チームからの指名が競合していた水野愛理はチーム
だが、まだだ。まだチャンスはある。ここにいる指名候補者は四十七人。一巡目の選択で十三人が決まり、残るは自分を含めて三十四人。三十四分の十三の確率で、次は自分も呼んでもらえる。たとえそこで呼ばれなくても、第三巡になれば二十一分の十三。そこまで来れば、きっと――
「第二巡選択希望候補、AKB48・チームA――選択終了」
「っ……!」
刹那、予想だにしなかった「選択終了」の言葉が、由佳の心臓を鷲掴みにした。
そうか。そうだった――
由佳は改めて思い出した。ここがどういう場だったかを。
救済の場でも温情の場でもない。ここは狭き門への入場を審査する苛烈な戦場。残り何人になろうが、要らない子は要らないのだ……!
「AKB48・チームK、エントリーナンバー29番、
「AKB48・チームB、エントリーナンバー4番、
「AKB48・チーム4――選択終了」
「SKE48・チームS、エントリーナンバー4番、一色嶺奈――」
また複数のチームから欲しがってもらえる子がいる一方で――
「SKE48・チームE――選択終了」
いくつものチームが、もう誰も要らないと宣言して選択を終えていく。
ダメだ。選ばれない。自分は、誰からも選んでもらえない――!
凍りついた手のひらに滲む汗がスカートに染み込む。このまま終わるのか。また、あと一歩のところで手が届かないのか。
「NMB48・チームN、エントリーナンバー29番、西仲七海――」
ここに至るまで何度も何度も思い知らされてきた。絶対的な才能の差。何度でも光を当てられる子達と、一度も影から抜け出せない自分の差を。
「HKT48・チーム
それでも無謀に挑み続ける自分の背中を、何度も支えてくれた両親。だが、自分は結局、今度もそれに応えることができなかった。
ごめんね、パパ、ママ――と。
由佳が諦めて俯きかけた、そのとき。
「第二巡選択希望候補、NGT48、エントリーナンバー8番、
稲妻に撃たれるような衝撃に、由佳はハッと顔を上げた。
「――埼玉県在住、高校二年生、十六歳」
聞き間違いではない。自分のことだ。誰かが、自分を選んでくれた……!?
なけなしの頭をフル回転させて、自分がどこから指名されたのか一瞬前の記憶を辿ったとき、NGTのテーブルの北原里英と吸い寄せられるように目が合った。彼女は両腕でガッツポーズを作り、隣の柏木由紀と一緒に、自分に嬉しそうな笑顔を向けてくれていた。
混乱と狂喜に塗り潰された脳内にフラッシュバックするのは、ドラフト候補生の合宿を見に来た北原里英が、ふと自分を見出して声を掛けてくれた一幕。
あなたが「ヤバイ奴」かぁ、と彼女は言った。「AKBをずっと受けてくれてるんだってね」と。あの時、境遇を語って思わず泣いてしまった自分に、彼女は優しく「頑張ってね」と声を掛けてくれた。
その時と同じ漆黒の瞳で、NGT48のキャプテンが今、自分を見てくれている。
このドラフト会議にNGTも参加すると聞いたとき、新潟なんて遠すぎると正直思ったけど。実家から通えるAKB本店に入りたいねと、両親とも話していたけど――
この人になら付いていける。一瞬でそう思えた。
それから後のことは、もう頭に入らなかった。
第三巡は次々と選択終了になり、呼ばれたのは二人だけ。そして第四巡。残った候補者二十三名に対し、まだ選択終了していないチームは、たった二つ。
由佳は他の指名獲得者達と混ざって別の席に移動していた。未だ名前を呼ばれていない子達が、不安を隠せない表情で前を見ている。自分がこちら側にいるのが、まだ現実だと信じられない。
「第四巡選択希望候補、AKB48・チームB――選択終了」
「第四巡選択希望候補、NMB48・チーム
その瞬間の、あの席に残った子達の顔を、由佳はきっと生涯忘れることがないだろう。
呆然と目を見張る者。俯いて肩を震わせる者。顔を覆って泣き出す者。
自分が味わうかもしれなかった残酷な光景が、皮肉にも、これが幻ではなく現実であることを由佳の頭に叩き込んでくる。
「AKB48・チームA、一巡目指名、エントリーナンバー34番、樋渡結依さん。チームK、一巡目指名、エントリーナンバー31番、
スタッフの誘導に従って、指名を得た子達が次々と壇上に整列していく。何も考えられないまま、由佳はその隊列の一番後ろに並んでいた。隣の茉莉奈と顔を見合わせると、涙よりも自然に笑顔が溢れた。
「――NGT48、一巡目指名、エントリーナンバー28番、西潟茉莉奈さん。二巡目指名、エントリーナンバー8番、荻野由佳さん。以上二十四名の皆さんです」
客席に向かって深々とお辞儀をし、顔を上げると、やっぱりまた涙が溢れた。
指名に漏れた方は、現在開催中のNGT48のオーディションをはじめ、今後の48グループのオーディションにシードで参加できます――とか何とか、司会者があれやこれやアナウンスする声は、もう由佳の頭には半分も入らなかった。総監督の高橋みなみや、次期総監督の横山由依が語る言葉も、どこか意識を上滑りしていくようだった。
気付いたときには現役メンバーもステージに上がっていた。茉莉奈と自分の傍には、北原里英と柏木由紀が寄り添ってくれた。里英が自分の背中に腕を回し、優しく「よろしくね」と声を掛けてくれる。涙と笑顔が
だが、わかっている。誰かに光が当たるとき、別の誰かには影が差している。由佳自身が何度も味わい続けてきたことだ。
壇上に並んだ者達の喜びの声と表裏一体になって、静かな無念の叫びが、心の
この壇上に辿り着けなかった二十三人の。いや、ここまでに振るい落とされてきた数え切れない少女達の悲しみが、絶望が、この光の裏側には渦巻いている。
その事実を十分に
由佳達二十四人は、現役メンバー達と並んで、今回のドラフト会議のテーマ曲「ここがロドスだ、ここで跳べ!」を披露することになった。仮研でもなければバイトでもない、正真正銘、アイドルとしての最初の仕事だ。
茉莉奈と二人、先輩達に挟まれてその歌を歌いながら――
自分達の境遇を写し取ったようなその歌詞の意味を、由佳は嬉し涙とともに噛み締めていた。
遥か天上の雲を頂く、高い高いその山の――ここはまだ、ほんの
それでも、やっとこの場所まで辿り着いた。自分の世界が果てしない青空に繋がっていたことを、由佳は初めて知ることができた。
ここからが本当の戦いの始まりだ。努力が報われたなんて、今の自分にはまだ口にする資格はない。支えてくれた両親の、選んでくれた先輩の、そして、選ばれなかった全ての者達のために、自分はこれから本当の努力を積み重ねなければならない。その努力をさせてもらえることこそ、至上の幸せに違いなかった。
新潟、NGT48。まだオーディションも始まっていないそのグループが、これからの自分の居場所になる。
夢ならば覚めないでほしいと思った。実家を離れて異郷の地へ行くことへの不安など、取るに足らないことだった。
全ての思いを背負って、由佳は踏み出す。遠き頂へと続く第一歩を。
パパ、ママ。
わたしは――アイドルになったよ。
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