Overture - りかの始まり
それは忘れようにも忘れられない、中学二年生の夏のことだった。
「だからさぁ、なんでわざわざ東京まで来てAKBの握手会なの? もっと普通にディズニーとか行きたいんだけど」
「AKBじゃないの、NMBなの。あ、りか、さてはモグリだな?」
「だって、あたし、AKBとか好きじゃないんだけど」
「ウソだー。あんだけ小さい頃からアイドルアイドル言ってて、好きじゃないワケないじゃん」
友人に無理やり引っ張られるようにして、りかは千葉の
……しかし、生き甲斐を言うなら自分も似たようなものかもしれない。同じ中学には、一緒にカラオケやディズニーに行ってくれるような友達はいない。別の中学に行ってしまった唯一の親友である彼女を除いて、誰とも本音で接することのできない自分は、ひょっとしたらこのオタクの男性達以上に居場所が無いのかもしれない。
「ほら、りか、『将来は絶対アイドルになる!』って言ってたでしょ」
「そんなの幼稚園の頃の話じゃん」
「ウソ。小学校に上がってからも言ってた」
「ウルサイなぁ。今は違うの!」
口ではそう言い返しながらも、友人にも自分にも嘘をついていることをりかは自覚していた。本当は、幼い頃から抱いてきたその夢を諦めたいと思ったことなど一度もない。
だけど――。
いつからだろう。周りが自分をお姫様だと思ってくれなくなったのは。
自分はアイドルになるはずだったのに。なりたいし、なるべきだし、なれると思っていたのに。
いつの頃からか、その未来は
――アイドルは、みんなに愛されなきゃいけないから。
「……で、誰と握手したらいいの?」
「人気で選ぶならー、さや
「何が面白そうなの」
「なんかこう、似てるから?」
「だから何が似てるのよ」
友人に一枚の握手券を手渡され、背中を押されるがまま、りかはその列に並んだ。周囲の大人達は誰もが異常な熱気に色めき立って、まるで王族への
見れば、一人で何枚もの券を出している人もいる。いい年した大人がメロメロにされちゃって、馬鹿みたい。
自分は、そんな人達とは違う――。
遂に握手の順番が来て、そのアイドルの前に引き合わされても、りかは相手と目を合わせず、黙って片手を差し出しただけだった。そんな態度を作ることが、この世界への
アイドルの柔らかな両手が、りかの手をふわりと握り込む。
「どうしたん? 何か悩んでるん?」
「えっ……?」
りかは思わず顔を上げていた。瞬間、瞳の引力に引き寄せられるように、自然に相手と目が合った。
読まれている、と本能が察した。
自分はただ、少し
何なのだろう。自分の全てを見透かした上で包み込んでくるかのような、この暖かい瞳は――。
「生きたいように生きたらええんやで。あなたらしく」
「……!」
彼女は見た。そのアイドルの瞳の
自分は生きていていいのだと、初めて認めてもらえた気がした。
「あ、あの、お名前は……!?」
剥がしのスタッフに誘導されながら、りかは取り
「
NMB48の渡辺美優紀。彼女が「釣り師」の名をほしいままにする小悪魔系アイドルであったことを、りかはその直後に検索で知る。
「みるきー……」
僅か数秒のその出逢いが、彼女の人生を決定した。
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