第23話「ゾンビを拭う人 その二」

 室内にサイレンが響き渡り、野良ゾンビの出現を達士たつしたちに伝えた。


「場所は?」


 確認すると、野良ゾンビの現れた場所はカエル公園。

 さらに、通報者の証言から『ハルオ』である可能性が高いとの報告があり、達士は気合を入れた。


「相手は一度逃がしたゾンビだ。気合入れて行くぞっ! もう二度と逃がさん!!」


 達士の顔には凶悪な笑みが浮かぶ。

 それはつい先日、憲法改正があり、死体及びゾンビの断頭、頭部破壊が罪に問われなくなり、今までどこか遠慮しながらの捕縛劇だったものが、本気で行えるようになってから初の出動だったからであった。 


 装備を一瞬で整え、現場へと急行する。


 カエル公園にはすでにゾンビの姿は無かった。

 さらに、報告ではゾンビに人が襲われたとのことだったが、そのケガ人もすでにおらず、残っていた通報者のサラリーマンに話を聞くと、すでにケガした男性は逃げたとのことだった。


「あなたにも血がついているようですが、どこかケガでも?」


 サラリーマンの男性の服には目立つところにいくつか血痕があり、達士は負傷の心配をする。


「あ、いえ、これはケガした男性の血で、僕のものではないです。あ、あのそれと、その男性、子供連れだったんですけど……」


 言葉が終わりにつれてごにょごにょと歯切れが悪くなり、何を言いたいのか聞き取れず、


「なんですか? すみませんが、もう一度いいですか?」


 サラリーマンは意を決したようだが、それでも小声で語り掛ける。


「あの、子供を盾にしようとしていたといいますか、子供で殴っていたといいますか。と、とにかく虐待とかかな~って。あ、いや、その勘違いかもしれないですし、ゾンビに襲われていつもと違う行動だったのかもしれないんですけど、一応言っておいた方がいいかなって」


 達士は笑顔を作ると、敬礼した。


「貴重な情報ありがとうございます。その件はこちらで調べますのでご安心ください。それに勘違いでも構わないですよ。最悪なのは、今のが本当だった場合です。勘違いで我々が叱責を受けるくらいなんてことないことですから」


「あ、は、はぁ、よろしくお願いします。あっ!? そういえば仕事の時間がっ!!  今日はもう行っても大丈夫ですか?」


 達士は最後に連絡先をもらい、本格的にハルオの捜査を行い始める。


「人を喰ったのが運の尽きだな」


 血のあとが点々と残っており、それこそ天の導きだと、ゾンビは駆除すべき存在だということを後押しされた気がした。


 隊員達に指示を出し、血の跡を追う。

 規則的に続く血の跡はカエル公園から出て、すぐに隣に広がる松林にまで続いている。

 この松林はハルオを逃がした当初、逃げ込み隠れるとしたらここだと見込みをつけて捜査したが見つけることが出来なかった場所だった。


「やはり、ここか。だが、いったいどこに隠れているんだ?」


 達士はハンドサインで隊員達に指示を出し、散開し先行させる。

 全体の状況を把握しながら、注意深く進んで行く。


「ゾンビだからな。土の下に隠れているかもしれん。油断するなよ」


 草木や小枝などを貼り付けた迷彩服を着用した狙撃手みたいに、風景に溶け込んでいる可能性を考慮しつつ歩を進める。


「クリア!」


 隊員達からぞくぞくと異常なしクリアの声が掛かる。

 達士も目視ではハルオを発見できず、隊員達の言葉を信じ、先へと進んだ、そのときだった――。


「がぁー」


 僅かな呻き声と共に、上方からハルオが落ちてきた。


「なっ!? ゾンビなのに木登りできるだとっ!!」


 今まで見て来たゾンビたちは緩慢な動きで、とても木に登れるような身体能力を見せるものはいなかった。その思い込みと油断から以前もそして今回もハルオの位置を見落としたのだった。

 最後尾だったからハルオに狙われたように見えるが、なぜか達士には自分をわざわざ狙ったかのように思えて仕方がなかった。

 そんな疑念を抱けたのは一瞬で、すぐに覆いかぶさってくるゾンビの対応を迫られる。

 ハルオは「あ~」と大きく口を開け襲いかかった。


「隊長っ!!」


 殺られるのではないかと、隊員達から心配の絶叫が上がる。


「くっ、このゾンビ風情がっ!」


 達士は左腕を咄嗟にハルオの口に突っ込み、急所への攻撃を逸らす。

 噛まれた左腕は、警察の防具をつけていて尚、食い込む。まるでサメジョーズにでも噛まれたような圧力で、ゾンビの歯は皮膚を突き破り出血を伴う。


 ぽたぽたと血が滴り落ちて来る。


 その血が、達士の頬へ落ちると――


「お前、なにするんだ?」


 まるで人が変わったように、目から輝きがなくなり、代わりに殺人者の覚悟の色が宿る。


 残った右手でハルオの耳の部分に掌底を当てる。

 生者であれば、鼓膜が破れ悶絶するところだが、ゾンビに効かないのは百も承知での行動。しかし、達士の目的は鼓膜破壊ではなく、脳を揺らすことだった。

 脳が揺れ、電気信号が一瞬狂った隙に左手を抜き、


「スタンガンを寄こせっ!!」


 指示を飛ばすと同時に投げ渡された警棒型スタンガンをハルオの首元へ突き立てた。


「ががががああああああ」


 ハルオは奇声を上げて、動かなくなる。


「どけ!」


 覆いかぶさる巨体を荒々しくどかすと、左腕に襲う痛みに顔をしかめた。


「さすが隊長! 一瞬殺られたかと思いましたけど、逆にハルオを捕らえましたねっ! ケガは大丈夫ですか?」


 腕の怪我を心配し隊員が近づくと、


「近づくんじゃないっ!!」


 今までにない剣幕で怒鳴り、隊員はビクッと身体を震わす。


「す、すみません」


 申し訳なさそうな顔をする隊員を見て、ハッとした達士は、一度深呼吸し柔らかな口調で告げる。


「すまない。気が立っていて。ケガは大丈夫だから、あとの処理を頼む。一応このあと病院にも行ってくるから心配しなくていい」


「は、はいっ!」


 敬礼してから、ゾンビの搬送に向かう隊員を見送り、達士は血がこぼれないように腕を縛ってから主治医のいる病院へと向かうことにした。


              ※


「あ~、酷くやられたねぇ。でも、前よりはいくらかマシかな」


 もう70代は超えているような老医が老眼鏡をかけ直しながら、軽く告げる。


「消毒して縫っておくから。麻酔は?」


「なくて大丈夫だ」


 老医は丁寧に血を拭ってから、傷を縫って行く。

 その手つきは、もう何千回と行ったのであろうスムーズさで、あっという間に縫われていく。


「で、その後は体調は良好かい?」


 まるで世間話でもするかのように縫いながら、体調を尋ねる。


「いや、先生には感謝しているが、正直、限界も感じてます」


「まぁ、そうだろうねぇ。今も38度もあって、元気に動けるわけがないからねぇ。そろそろ仕事を辞めて、治療に専念したらどうだい?」


 縫い終わった老医は上目遣いで達士を見るが、その表情は、ZATを辞めるという意思は微塵も感じられない決意に満ち満ちたものだった。


「この命尽きるまで、こんな体にしたゾンビを捕らえ続けますよ。自分以外の被害者を出さない為にも」


「医者としてはHIVエイズ患者が無理しようとするのは止めるべきなんだろうけどね。まぁ、体調とちゃんと相談して動くんだよ」


「はい。わかっています」


                ※


 達士は約2年前、まだZATに配属される前の事件を思い出していた。


 あの頃はまだゾンビは感染するかもしれないものと思われており、最大限に警戒していたはずだった。

 寒さも厳しくなっていた頃、仕事終わりに好物の焼肉を一人で食べ、軽くアルコールも入れて気分良く帰路を歩いていると。

 たまたま通りかかった家の前で、女性がゾンビに襲われていた。

 

「そ、そんなお姉ちゃん……」


 女性のそんな呟きから、久々に訪れた姉宅で、姉が死後数日経ちゾンビになっていたのだと予想できた。

 姉ゾンビの衣服は乱れ、首にはアザが見えたこともあり、ゾンビ以前に別の事件の香りが濃厚だった。

 その為、警察官としての達士のスイッチはすぐ入り、その行動は早かった。


 女性とゾンビの間に割って入り、人間を制圧するときのように腕を掴み捻り上げた。

 が、本来ならば痛みで地面へと倒れ伏すところ、そんなものは物ともせず、捻り上げる腕に噛みつく。


「くっ!!」


 手首を食われ、ゾンビと人との違いを体で理解した達士は技ではなく力で制圧することに切り替え、肩と腕を持ってから足払いし、地面へ倒し、そのまま、首を持って寝技をかける。


「すみませんが、警察に電話をしてもらってもいいですか?」


 達士は女性に通報を頼み、そのまま警察が駆けつけるまで拘束を続けた。

 その後の検査でもちろん、ゾンビによる感染はなかったのだが、代わりに――。


(そう、あのときに自分の体はHIVという病魔に苛まれるようになった。全てはゾンビのせいで!)


 すぐにやってきたZAT設立の話は渡りに船だった。

 達士は自身の体が朽ちるまで、ゾンビを捕らえ続けることを誓ったのだった。

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