ゾンビを拭う人

第22話「ゾンビを拭う人 その一」

02:00マルフタマルマル、これよりコンビニに現れたゾンビを捕獲する」


 真っ暗闇の中、煌々と光を放つコンビにの前に総勢10名もの大人が駆けつけていた。

 彼らは一様に紺色の装束を身にまとい、防刃チョッキにヘルメット、肘当て、脛当てなどの各種防具をつけていた。

 そして、肩に光る旭日章きょくじつしょう、昇る朝日と陽射しをかたどった紋章をつけていた。つまり国家機関、警察であった。

 さらに旭日章の下には『ZAT』とローマ字が書かれており、これは、ゾンビ強襲部隊(Zombie Assault Team)の略であった。


「突入!!」


 大声を張り上げた男はこのZATの隊長であり、名前を久下 達士くげ たつしと言い、もともとはSATという特殊部隊で活躍していたが、ゾンビ化現象が起きてから、上層部の推薦で隊長として今日まで活躍していた。

 もと特殊部隊所属なだけあり、達士の肉体は筋骨隆々で角刈り、厳しい目つきは他を圧倒していた。


 隊員達と共にコンビニへと入ると、口元を血で汚したゾンビと、その傍らで息絶えている店員を発見する。

 一瞬、眉根をよせ、ヘルメットの下で不快感を露わにするが、すぐに、指示を発する。


「相手は人間を襲ったゾンビだ。容赦はいらん! いつものように刺股さすまたで遠距離から動きを止め、スタンガンで行動不能にしろ」


 隊員達は即座にそれぞれの役割を果たし、3人がかりで刺股という先が二股に分かれた棒で胴体に突き当て、壁へ押し付ける。その後、両手に一本ずつ刺股が当てられゾンビをガッチリと拘束した後、警棒型スタンガンでゾンビを倒す。


「良し! 拘束したのち輸送するぞ」


 猿ぐつわを嵌め、ビニール地の袋を顔に被せる。手錠と足枷をつけると担架に乗せる。

 この担架に乗せるという光景を達士はいつも不満に思っていた。

 

(ゾンビなんてバケモノ、遺体収納袋で充分だろうに。まだ人間扱いってことで、申し訳程度に担架なんて使って)


 他にも、どれだけ人を襲ったゾンビでも射殺の許可が出されることはなく、過剰な武力行使も禁止されていた。上は人権問題の一点張りなことも達士には納得がいかなかった。


「ゾンビなんかより生きている人の方が大事だろうに……」


 思わず呟くと、それを隊員の一人に聞かれ、「隊長のゾンビ嫌いは筋金入りっすね」と揶揄やゆされた。


 その言葉に怒るでもなく、肩をすくめて、「ああ」と同意してから、


「そもそも死体を触りたくないんだ。いつ、どこで、どんな感染症を持っているか分かったもんじゃないしな。まぁ、動かない死体なら手袋とかで防備すればいいが、動き、噛む死体を相手というのはどうもな。で、それを人間扱いしろだなんて意味がわからない。同じように病原菌をたくさん持っているネズミは駆除するだろ? なぜ、ゾンビは駆除対象にならないんだ」


「感染症……、え、隊長ってそういう意味で嫌いだったんですか?」


「他にどんな理由があるんだ?」


「いや、ビジュアルがダメとか、実はホラーが苦手とか」


「そうだったらZATなんか務まらないだろ」


「それもそうですね」


 隊員はそのまま仕事に戻って行く。

 達士はその背を見送ってから、足元に広がる血だまりを忌々しげに睨みつけ呟いた。


「ゾンビなんか、さっさと駆除してしまえばいいんだ」


                ※


 数日後、またしてもゾンビが現れたと報告があり、ZATが出動する。

 ゾンビは公園近くに現れたとの報告で、近隣住民、特に子供たちの避難を優先し行っていると、くだんのゾンビに遭遇する。


「子供たちを逃がしたのは正解だったようだな」


 そのゾンビは、ゾンビにしては体格が良く、服も血だらけでなければ、それなりのものを着ていた。

 胸元に刺繍された『HARUO』の文字が、生前は親の愛情をしっかりと受けて育ったのだろうと達士に思わせた。


「生前の行いが良かろうとゾンビはゾンビ、ここで捕まえるぞっ!」


 達士の号令で、ゾンビを取り囲む。


 頬を一筋の汗が流れ落ちる。

 本能が今までのゾンビとは違うと告げているが、それは捕えない理由にはならない。

 隊員と共に刺股で牽制し、追い詰めていくと、


「やめて! 春雄ちゃんをイジメないで!! この子は良い子なのよ!!」


 と上品そうなマダムが隊員たちをかき分け、ゾンビの前へ立ちはだかる。なぜかボウガンを持って。


「うわっ! なんだ? 奥さん、止めなさい、危険です!」


 隊員の一人が声を張り上げ、マダムに逃げるよう伝えるが、一向に退く気配はなかった。


 マダムはゾンビを庇うように立ちはだかり、その後も隊員と問答を繰り返すが、そのとき、達士の目に映ったのは一歩、マダムの方へと近寄るゾンビの姿だった。

 すっと頭がクリアになり、その瞳に殺人もいとわない覚悟の色が宿る。

 それはマダムにも同種のものが垣間見えたが、達士は構わず刺股を構え直したその瞬間――。


「春雄ちゃん、今のうちに逃げて!!」


 そう言うと同時にマダムはボウガンの矢を自身の首へと突き立てた。

 突然の出来事のように思われたが、この行動がなければ達士は、刺股の尖端でゾンビの顎を砕き、マダムと距離が離れたらスタンガンを投擲し動きを封じるつもりであった。

 達士だけは、この行動を理解し、苦々しく思い、心の中で舌打ちした。


「ふ、ふふ。警察なら、死にそうな人を放っておかないわよね」


 自分の仕事を邪魔する悪魔のような一言。それは、警察として無視することも出来ない言葉であった。


 達士が逡巡している間もゾンビは、ZATの隊員やマダムを襲うでもなく、ただ佇む。


(なんだ。このゾンビ? 同情? いや、悲嘆しているのか?)


 ゾンビなので当然表情はない。ないはずなのだが、なぜか達士はそのゾンビが悲しんでいると理解できた。


「早く逃げなさいっ!! 逃げろって言ってるでしょ!!」


 不意のマダムの叫びにゾンビはビクッとまるで叱られた子供のように体を震わせると、名残惜しそうにその場から立ち去る。


「あっ、待てっ!」


 達士は捕獲しようと追いかけようとしたが、足が強い力で引かれる。


「行かせないわよ。行かせない」


 マダムが掴む、その足は、振りほどこうと思えば振りほどける力だったと思われたが、その必死の形相と覚悟の前に確かに達士は恐怖した。

 ここで振りほどいてはいけない。振りほどいたらきっと、あのゾンビを今逃がすことよりも酷いことが起こる気がしてならなかった。

 

 そうこうしているうちにゾンビは姿を消し、「隊長っ!! 病院へっ!!」と隊員に声を掛けられるまで、茫然としていた。


 その後、マダム、高根マサエは病院で死亡が確認され、逃げたゾンビは胸元の刺繍から個体名『ハルオ』として指名手配された。


「クソッ!!」


 ガンッ! と轟音を立て、ロッカーが凹む。

 あそこで捕獲に行けなかった自分にも腹立たしかったし、あの高根マサエという女性がゾンビをさも人間扱いすることも気に入らなかった。

 そんな怒りを理不尽にもアルミロッカーにぶつけていると、


「うっ、ごほっ……」


 不意に口の中に鉄の味が広がり、


「ゴホッ! ゴホゴホっ!!」


 ロッカーに赤いものが飛び散る。

 忌々しいものをみたように顔を歪めると除菌シートで丁寧にぬぐい取った。


「ゾンビは駆除しなくては。ZATとしても、久下 達士くげ たつしとしてもっ!」

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