第18話「ゾンビチャンネル その三」

 その日、佐助は銀行に来ていた。

 そして、今までアルで稼いだ分のお金を全て引き出した。


「お引き出し85万円になります」


 そこそこに厚みのあるその札束を封筒に入れると重さを確かめ、感慨深い表情を浮かべる。

 大切に抱えたボストンバッグの外ポケットにその封筒を入れ、佐助はそこから電車を乗り継ぎ、田舎の港町へ。

 名産品はアジで様々な調理法で売られており、佐助も適当な店でアジフライを食べ腹ごなしすると、地図アプリを見ながら目的の場所を探して行く。


「あった。たぶん、ここだ」


 佐助はとある一軒家に辿り着くと、改めて表札を確認した。


『松井』


 田舎町にある普通の木造建築のその家は特別な何かがあるわけではなかったが、佐助にとっては、まるで重苦しいオーラを放つ、いわくつきの物件のように思えた。


 胃がキリキリとして先ほど食べたアジフライを吐き戻しそうな程だったが、深呼吸して港町独特の潮の匂いを鼻腔に取り入れてからチャイムを押した。


「はーい。どちらさまですか?」


 中からバタバタと中年女性がエプロン姿で出迎えると、佐助はうやうやしく一礼した。


「私は鈴木佐助と申します。息子さまを殺してしまった弟の祐介に代わり、謝罪に伺わさせていただきました」


 ハッキリとそう述べた。


                ※


 鈴木佐助には8つ程、年の離れた弟がいた。

 産まれたときは目にいれても痛くない程の可愛い、可愛い弟だった。

 弟が高校に進学したころ、両親が事故でなくなりたった2人だけの肉親となった。

 そのときから佐助は弟は自分が守ろうと誓っていた。

 すでに社会人となっていた佐助は金銭面でも不自由させないようにガムシャラに働き、苦もなく大学に行けるくらいの稼ぎは叩き出していた。

 祐介もそれに応えるように手に職がつけられる教職関係の大学へと進学していた。

 両親が亡くなる悲劇も乗り越えて、幸せを掴み取れると思っていた矢先、新たな悲劇が起きたのだった。


 弟の祐介が自殺した日。佐助は遺書を読むと、そこには、


『佐助兄さんへ。

兄さん先立つ不孝をお許しください。自分は、自分の暴投したボールによって亡くなった方が居たこと。そして、その方がコンビニでゾンビになり人を襲った事実に耐えられませんでした。死んでお詫びするしか罪を償う方法はないです。

最後に1つ兄さんにお願いわがままを聞いてほしい。

もし、自分がゾンビ化するようなら、見世物にして、それで稼いだお金を遺族への謝罪に使って欲しいのです。

最後まで兄さんに任せきりなダメな弟でごめんなさい』


 くしゃりと遺書を握りしめると、佐助は苦々しく呟いた。


「…………あれは、事故だって、警察も言っていたじゃないか。お前が死ぬことなんてないのに」


 どれくらい時間がたったか、涙が枯れ果てた頃、佐助はゆっくりと立ち上がり、弟の死体を見下ろした。


「まだゾンビ化まで時間がある。少しでもお前の希望に叶うように、少しでもお前の画面写りが良くなるよう。誰もお前を蔑まないよう兄ちゃんが全力を尽くしてやる。それが、優し過ぎたお前の最後のわがままだもんな」


 佐助はネットで仕入れた遺体衛生保全エンバーミングの知識でキレイなままゾンビ化させようと試みる。

 上手く行ったかは比較対象がないので分からないが、腐敗が起きなかったことから素人にしては良くやった方だろうと結論付けた。

 

 それから、大きな檻を特注で注文し、動画配信に集中するため通信販売員の仕事も辞めた。


 ゾンビ化した弟にキャッチボールを連想させるものを見せるのが忍びなく、グローブやボールは段ボールに入れてクローゼットの奥深くにしまい込んだ。

 リクエストの野球やキャッチボールといったモノは断り続けた。

 配信は無事に成功を収め、それなりの額は手に入った。

 佐助は、もし大した金額にならなかったらと常に苦悩していたが、その苦悩がより良い動画制作に繋がってもいた。


「これで、弟にも被害者家族にも面目が保てる」


 弟の喜ぶ顔を思い浮かべると、悲しい現実の中でも自然と笑みを浮かべることが出来た。


 遺族の方々もあれは事故だったと、こちらを責めることもなく、むしろ気に病んで自殺したことを向こうの方が申し訳なく思っている節さえあった。

 最初お金は断られたが、弟の遺志だからと、無理矢理置いてきた佐助はなんとなく歩いて、景色の良い小高い丘に出ると、1つ伸びをした。


「うぅ~ん。本当なら祐介が死んだときに、後を追う事も考えたけれど、お見通しだった訳だよな。あんなわがまま、いつものお前なら言わないしな。あの配信のおかげで私も気づくことが出来たよ。死んでても祐介と一緒にいる方法はあるって。死は解決にならないってさ」


 佐助はボストンバッグからゆっくりと1メートル四方の箱を出し、中身を取り出した。


「なぁ、キレイな景色だろ。祐介。こんな形だったけど一緒に謝罪できたし満足か」


 箱の中には、生首となった祐介が収められていた。


「さてと、これから······」


               ※


「人気ユーチューバー、エルこと鈴木佐助容疑者は先日未明に人の頭部を持ったまま警察に出頭、ゾンビで金儲けを企んだと自首してきました。

多くのファンから無罪を訴える声が上がっておりますが、当の鈴木容疑者は、他にゾンビを晒しものにする人が出るのは良くない、厳罰を望みますとの声明を出しているそうです。

また、その動画は世界中でも話題となっており、ゾンビでお金を稼ぐことの是非が問われそうです」


 ――プチッ。

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