ゾンビ・スイート ホーム・アローン
第19話「ゾンビ・スイート ホーム・アローン その一」
――ピンポーン。
スーツ姿の二人組がチャイムを鳴らす。
「こんにちは。わたくし、福祉課―ゾンビ対策係の
福祉課―ゾンビ対策係の主な仕事は、60歳以下の一人暮らしかつ外に出ての仕事や学業を行っていないお宅を周り、生存確認をすることなのだが、それぞれの理由があり誰もが快く迎えてくれる訳ではなかった。
「…………」
この家もまた、返事がなく、叶美はもう一度チャイムを押す。
「…………」
「返事がないですね?」
三度チャイムを押すがそれでも反応がなかった。
「鶴岡。窓から中を覗けないか見て来てくれ」
ここで初めて叶美と共に来ていた武骨な男が口を開いた。
男の名は
匡平は叶美の先輩でもあり、その肉体から実は危険なこの仕事を任されているという面もあった。
「先輩、ダメです。窓から中の様子は分かりません」
「だが、電気メーターは動いているようだな」
叶美はおもむろにドアノブを回してみると、きぃーと鈍い音を立てて扉が開く。
「先輩……」
経験上、返事もなく鍵も掛かっていない、さらに電気メーターが回っていることから在宅している可能性が高いという状況は危険であることが多く、心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。
ずいっと匡平は一歩前に出ると、大きく息を吸い込み、
「すみませーん! どなたかいらっしゃいますか?」
匡平は大声を張り上げ呼びかけるが、返事は返ってこなかった。
「一応、ゾンビ化の危険もある。オレが先行する。お前は何かあったときに連絡できるようにここで待機していろ」
叶美は土足で部屋へと入って行く匡平を見送りながら仕事用のスマホを握りしめた。
中の様子を伺いつつ、おろおろしていると、
「鶴岡、救急車をっ!!」
その声で反射的に電話を掛ける。
30分後、救急車が到着し、部屋の主が運ばれていく。
救急隊員の簡単な見立てでは栄養失調のようであったらしい。
「ゾンビになってなくて良かったですね」
「ああ、しかも、あのまま亡くなる前に来れて良かった」
正確な統計記録でもゾンビ化が起きるようになり、こうして一人暮らしの見回りが各自治体の仕事になったことで不審死や孤独死が約30%も減っており、生存権の保証としてはかなりの実績を収めているのだが、非難の声もそれなりにあった。
「生活保護者だと、しっかり自己管理しないと食べ物にも困っちゃいますからね」
60歳以下で外に出ていない一人暮らしというと、一部の特殊な職業、文筆業やユーチューバー、デイトレーダーなどを除き、ほとんどが生活保護者であることが多い。
「そうだな。しかも、ゾンビ化による見回りがあることによって、こういう生活保護者の生活がさらに手厚くなっているのではとか、中には、さらなる税金を使うのはおかしいとか言われているからな」
「でも、それでゾンビが街をうろついたら困るのは自分たちだと思うんですけどねぇ」
「そうだな。だが、気持ちは分からなくはないな。働かないでお金をもらって色々と免除されてってやつは羨ましいからな」
「実際は一部の悪徳な人と横柄な人だけが問題で多くは日々の生活にも困りながらなんですけどね」
「悪い方が目立つのはいつものことだ。ひとつを見て、全てを決めつけるなっていうのは我々にとっての教訓だな」
匡平は肩をすくめながら答えた。
今回は体調不良で倒れていただけだったから良かったが、中には死んでいたり、ゾンビ化していたりする可能性もある。
他には、面倒がってだんまりを決め込む者もいるし、頻繁に来てくれるゾンビ対策係に恋心を抱くものもいたりと色々なパターンがあり、一人で回っていては、むしろゾンビ対策係の方が危険だということになり、今では二人一組での行動が義務となっている。
「さてと、それじゃあ、次のお宅に行きますか」
匡平に促されるまま、叶美は次のお宅へと会社の車で向かう。
※
「あー、次は、ここでしたね」
3階建ての豪華な家の前で叶美はげんなりとした声で告げる。
「今日は何日だったっけ?」
匡平の声にも心なしか力がなく、あえて先延ばしにしたいことがあるから質問をしているといった無常感が漂う。
「今日は19日ですね」
「20日が締め切りだから、なるほど。修羅場中だな」
匡平もがっくりと肩を落とした。
これから叶美たちが向かうのは、
最初の頃などは全く返事がなかった為、救急隊員を呼んで窓をぶち割って入ったが、単純に中でマンガを描いていただけだった。
本人の強い希望もあり、例え中で倒れていても救急隊員は呼ばないことになり、なんだったら誓約書までお互い書いたくらいである。
その誓約書の内容に、勝手に職員が侵入しても罪に問わないということも名言されており、それからは、開いている場所から侵入を試みたりと、中の丹敏生を確認するためにありとあらゆる方法を使っていた。
だが、それも集中を乱されると気に入らなかったようで、なぜかトラップまで仕掛けはじめる始末だった。
「いや、ほんと、ゾンビになって出てきてくれた方がまだ安全だと思うんですよね。先月なんて、わたしちょっと髪の毛燃えたんですよ!」
「だが、確認しない訳にはいかないからな」
げんなりする2人の前に、
「カァー! カァー!」
飛んできたカラスにひと睨みされ、
「にゃ~ん」
黒猫が横切る。
そして、黒い車が通った。
「あ~、言わなくてもいいかもしれないが、今の霊柩車だったな」
「ほんと、言わなくていい事を。まぁ、わたしも気づきましたよ。ええ、昔と違って一目では分かりづらいですけど、霊柩車でしたね。でも、この不吉な予兆全部でもお釣りが来るくらい、この家の方がわたしにとって不吉なんですけど」
「同感だ」
3階建てのまるでモデルハウスのような家。普段ならアットホームな感じのCMに起用されてもおかしくない建築物だが、二人にはどす黒いオーラまで見えてきそうなくらい不吉な建物だった。
二人はしぶしぶながら、丹の家のチャイムを押した。
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