第17話「ゾンビチャンネル その二」

 Lチャンネルのエルこと鈴木佐助すずき さすけの朝は早い。

 日が登り出すと同時に起きだし、ストレッチ。

 その後、朝食のパンを取りながら、ユーチューブへ来たコメントの確認と必要なら返信を行う。

 そして、本日の配信撮影用に、ぼろぼろの服に着替えて、再びストレッチ。


「よし、ここからが本番だ」


 自作の衣装をいくつか並べ、吟味。


「今日のネタ的にはこっちかな?」


 赤い上着と赤いズボンを取り出す。 

 今日はリクエストに来ていた、ゾンビとダンス。それから、着替えどうやっているの? というのに答える動画を撮影予定で、ダンス用の赤い服を着せるところからの2本撮り予定だった。


「さてさて、今日は皆が知りたがっていた洋服についてだ。本来ならゾンビ映画に関係ないシーンだから趣旨が少しずれるけどね。視聴者さんのリクエストに応えていくタイプのユーチューバーですから!」


 佐助は手枷をマジックハンドの先に付けたお手製の拘束具を用いて、片手ずつ拘束していく。

 そして人間に危害を加える部分全てを縛ると、今度は洋服の説明に入った。


「実はこの洋服、全て私の手作りなんです。正確には元はあるんですが、そこに手を加えて、ゾンビでも着れるようにしました。合せちゃうと見えずらいと思うんですが、脇のところは右サイド全部と左腕の部分は切ってあって、これってボタンで止まっているだけなので、ボタンを全部取ると」


 実際にボタンを取った服を見せると、前面、後面で大きく開き、なんとなく魚のひらきを思わせる。

 それを拘束されているアルに付けていくと、腕や頭を通すことなく簡単に着替えが完了する。

 言うならば、浴衣の着方を洋服に転用している感じだった。


 ズボンも同じような仕組みになっており、足を通さなくても履ける。

 そうしてあっという間にキングオブポップス風の衣装に。


 それから佐助は昨夜考えてあったダンスをさせる方法を実行する。


 ゾンビはエサとなる人間に向かっていく性質がある。それも赤い色と血の匂いがある方へ特に向かう。

 だから――


 佐助は視聴者に見えない所で、手の平を切ると、上から赤い軍手をはめた。

 

 手枷がまだついているアルがいる檻の中へ躊躇なく入って行くと、その手を見せびらかせる。


「よしよし、食いついてきたな」


 アルは体ごと手を追うように右へ左へ。


「これなら行けるっ!!」


 ゾンビがダンスすると言えば、あの曲っ!!

 キングオブポップスの代表曲。


 昨夜動画を見て、めちゃくちゃ難しいやんっ!! って泣き言を言いつつ、練習した。そのダンスを簡易版に変更し、アルと共に踊る。


 右へ左へ。足踏みができないからサウンドエフェクトで誤魔化し、アルが映らなくても成立するシーンは佐助が全力で踊った。

 その為のぼろぼろの衣装だ。

 踊り終わるとすぐにシャワーを浴びて、昼食のおにぎりを食べつつ動画編集へ。


 四苦八苦しながら編集していると、不意に玄関のチャイムが鳴った。

 ちょうどいいところだったのにと思いながらも、アルをまず隠さなくてはとすぐに行動する。

 檻に厚手の布を掛けて、さらに適当にテレビをつけて大ボリュームに。


(これで、気配くらいは消せるはず。でもうちにいったい何の用だ? 動画を見てアルのことを怪しんだ警察か?)


 玄関扉から外を覗くと、そこには小柄な女性と武骨な男性の二人組が。

 スーツを着ているが、なんとなく警察には見えない。

 さらに注意深く観察すると、2人とも首から何か社員証のようなカードを下げている。


(ん? あのマークは)


 そのカードには市役所のイメージキャラクターが描かれていた。


(市役所の人間か。ということは……)


 訪れた人間がどのような仕事かある程度、目途めどをつけると、扉を開けた。


「すみません。市の福祉課―ゾンビ対策係の者ですが、一人暮らしの生存確認に参りました。鈴木さまは今月より一人暮らしになったとのことで、説明をさせてください」


 その対応に数分費やしてから、再び動画編集へと戻る。


 ダンスは若干の早回しなどの小手先のテクニックも使いつつ、動画が完成。

 着替えの動画から順にアップしていった。


『えっ! 手作り? マジで?』

『この格好は……』

『アル、少し痩せた?』

『エルさんの着替えリアリティありすぎ、やっぱこれ、ほんまもんでしょ』

『エルさんの生着替え希望(*´Д`)ハァハァ』


 そして、ダンス動画では、


『アルくん、かわいい!!』

『まさかのこの曲www』

『なにげにエルさんのダンスのキレやばない?』


 ちゃりんちゃりんとお金が入る光景に佐助はニヤニヤが止まらなかった。

 佐助はその光景を楽しそうに眺めながら、今度はツイッターに送られてきたメッセージを確認すると、


『今度、アルとキャッチボールやってみるのはどうでしょう?』


 という文面が飛び込んでくる。


「············」


佐助はなんとも言えない渋面を作る。

 そして、意を決し、素早く返信を送った。


『申し訳ございません。諸事情あり、そのリクエストにはお応えすることができません。また他のリクエストがあればお伺いしますので、その際にはよろしくお願いします』


 佐助はパソコンの電源を落とすと、アルが入る檻に視線を移した。


「キャッチボールか……」


 その声音にはなんとも言えない悲痛さが漂った。


               ※


 他にもエルとアルのコンビでの配信は続き、アルと歌ってみたでは、最初、佐助が、


「ウィー!」

 

 と歌ってからアルにマイクを向け、


「あー」


 と歌わせたり、ダンダンダン! ダンダンダン! という伴奏の所を檻を掴む音で再現したが、あまり歌っている感がなく不評だった。

 それにキレた佐助は、アルから、「あー」と「いー」と「うー」と「ヴァー」という声を録音し、それで無理矢理繫げて同じ歌を再現し、


『無駄な才能が多すぎ』

『イケボすぎ』

『これはアルの才能だなwww』


 あまり佐助自身の評価に繋がるコメントは少なかったが、それでも好評だった。


 あるときは、檻を移動させ、さらにトラックで運んで、ほとんど動かないピクニックをしたり、こんなん誰がリクエストしやがったというゲーム実況配信なんかもした。


 そんなこんなで配信にアルを参加させてから1週間が経過した。

 コメントにはアルの動きが緩慢になっているというものもあったが、佐助はあえて見ないようにしていた。

 だが、今までは檻の中でしずかに立っていたアルが今日になって突然倒れたのだった。


「っ! 祐介っ!!」


 思わず本名を呼び、駆け寄ろうと檻を開けるが。その足をピタリと止める。


「うっ、うううっ」


 佐助は悲痛な表情で再び檻を閉めてから、カメラを持ってきた。

 その表情を隠すように金髪のカツラを荒々しく被り、そして録画を開始した。


「さて、Lチャンネル始まるよ~~」


 いつものように元気いっぱいにしようと努めた。

 しかし、耳聡い視聴者からは、


『あれ? 今日のエルさんなんか変じゃね?』

『もしかして、泣いてる?』


 などのコメントがあった。


「いやいや、泣いてないし! 私を泣かせたら大したものだよ! さて、今日はなんと、アルの出番が最後の配信になります」


 カメラの位置が変わると、今にも動きを止めそうなアルの姿。


「最後の企画は、ゾンビと人間友情は成立するのか!? です」


 佐助はおもむろに檻の扉を開けて、中へ入っていく。


「まだやるべきことがある。だから、アル、すまない。私はお前に食べられるわけにはいかないんだ」


 友情は成立するのかと言いながら、口の竹筒を外そうとしないエルに最初は非難のコメントが殺到したが、そんなもの気にせず、慈しむ表情を見せるエルに次第とコメントも追悼ムードに代わっていった。


『アル……(´;ω;`)』

『ゾンビものを見ていたはずなのに、なんで目から温かいものが……』

『エルさんの愛が伝わってきます』


 そして、1時間くらい配信が続いたあと、アルは静かに動きを止め、死体へと戻った。


「あっ、えっと、うっ、うっ、こ、これは、アイアムレジェンドのサムのリスペクトだから、アルは、ゾンビじゃ、ないので、心配しないでください」


 全く信ぴょう性の欠片もない言葉に視聴者たちも、息を飲んだ。


「今日の配信はここまで、良かったら、高評価、チャンネル登録よろしくお願いします」

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