愛を乞うゾンビ
第11話「愛を乞うゾンビ その一」
「入れてよぉ!! 入れてっ!」
1LDKのアパートのベランダから泣き叫ぶ子供の声が響き渡る。
「あ~、うるせぇなっ!! お前が飯をこぼすからだろぉ! これはしつけなんだよ!」
スエット姿の男はもじゃもじゃの頭を掻きながら、面倒そうにベランダへの窓を開けると同時に、声の主である子供に蹴りを入れた。
ガリガリに痩せた子供は秋空の下、下着姿で外へ放置されていた。
「チッ。たくっ、
煙草にライターで火をつけながら悪態をつく。
男は
母親の由祐子も由祐子で、我が子を殴る蹴るなどはしないが、まるでいないもののように扱っていた。
範人は一服して落ち着くと、うとうとし始める。
いい気分でまどろんでいると、ベランダからガタガタと音がして、せっかくのまどろみから目が覚めてしまう。
「だから、うるせぇって言ってんだろ!!」
目についたガムテープを持って、ベランダへ出ると、子供をガムテープでぐるぐる巻きにして動けないようにする。さらについでとばかりに口も塞ぐ。
「はぁ、これで静かになった」
範人は、そのままスマホを見ながら、いつの間にか眠りこけていた。
「ちょっと! ちょっと起きなさいよ!!」
範人はゲシゲシと脇腹を蹴られ、目を覚ます。
「なんだよ。由祐子かよ。どうしたんだ?」
「どうしたじゃないわよ! あんたねぇ! ご近所にバレるようなことしないでって何回言ったらわかるのよ! あんな格好で外に出して! ご近所で噂でも立ったらどうするのよっ!! 早く家の中に入れてっ!!」
あくまで子供の心配ではなく、世間体の心配をする由祐子の言い分に一理あると、範人は重い腰を上げて、舌打ちしながらベランダから子供を回収する。
「ったく、テメーのせいで、俺が怒られただろっ!」
そのまま蹴りを一発だけ入れると、範人は不機嫌に寝室へと入った。
翌朝というにはもう遅い昼頃に範人は起き出して、ぼぉ~とスマホを眺める。
由祐子はすでに仕事に出たようで、パンと缶コーヒーだけがテーブルに置かれていた。
「へぇ、逃げ出したゾンビってこの近くじゃん。最終目撃地がカエル公園ね。ふ~ん。暇だし見に行ってみるか。ゾンビがいれば衝撃映像とか撮れるかもしれないしな」
範人は海太に服を着るよう命令し、下着姿から半袖、半ズボンへ。
たどたどしい動きにイライラしかけたものの、これからの事を考えるとニヤリと笑みが沸き上がり、多少のことには目をつむれた。
自分もそそくさとジーンズとTシャツ。上から薄手のダウンを羽織る。
「おい。準備出来たか? それなら、おじさんと一緒に公園に遊びに行くぞ」
その言葉を聞いた海太は、いままで酷い事をされていたにも関わらず、パァっと笑顔を浮かべた。
(こいつがもしゾンビに襲われたら、その映像、いくらで売れるかな? いや、待てよ……)
公園へと行く途中、範人はそんな事を考えていたが、ふとこんなガリガリじゃあダメかもしれない。ゾンビの食欲を刺激しないかもしれないと思い、コンビニへ立ち寄る。
肉まんを1つ買うと、それを海太へと差し出す。
最初こそ驚いたような表情を浮かべるが、すぐに貪るように食べはじめた。
「よしよし、しっかり食えよ」
そうして公園へと到着すると、
「おぉ! おぉ! やっぱり誰もいないなぁ。誰もいない昼間の公園ってのは、意外とホラーチックだな」
そんな感想を漏らしながら海太に自由に遊んでいいぞと促す。
公園はがらんとしており、ブランコと砂場、それに小さいカエルのすべり台があるだけで、ただでさえ少子化や安全性の確保のために遊具が少なくなり
しかし、海太にはそんなことは関係なく、周囲をきょろきょろと見回して、初めて来る公園におっかなびっくりといった感じだが、すぐに笑顔でブランコへと駆けて行った。
「さてと、あとは一服でもして、ゾンビが来るのを待ちますか」
範人は煙草を吸いながら、コンビニで買ったコーヒーを飲みながらゾンビが現れるのを待った。
煙草を1本吸い終わると、すでに暇を持て余し、こんなところまで来たのは失敗だったかと思い始めたその時、
「あー。おー。うー」
「おっ! ゾンビが来た来た来たっ! やったぜ!!」
ゾンビはかなりの体格の持ち主。だぼだぼのシャツに『HARUO』と刺繍が見えることから、最近ニュースになった野良ゾンビだと見て取れた。
範人は急いでスマホの録画機能を起動し、ゾンビが人を襲うところを撮影しようと構えた。
海太はゾンビが現れても、そもそもゾンビという存在を知らず、近所のお兄さんが来た程度の認識で、ブランコから降りると自分から、てとてととゆっりした足取りで近づいて行った。
「おおっ! いいぞ!! もっと近づけぇ!」
これは
海太はゾンビの足元まで行くと、裾を引っ張る。
「良し! そこだ。ガブッとやれ!!」
ゾンビの春雄はじぃーと海太を見つめる。
「あぁーー」
噛みつくぞっ!! そう思われたが、春雄は特に何をするでもなく、裾を引かれるがままに砂場へと向かう。
海太は春雄がついて来てくれたことが嬉しかったのか、ニコニコしながら山を作り始めた。
春雄もそれを手伝うように砂を集める。
そんなほのぼのとした光景を見せられた範人は、イライラとしてスマホの録画を止める。
「ふざけんじゃねぇぞ!! こっちはそんなもんを見にきた訳じゃねぇんだよっ!!」
不機嫌さを微塵も隠すことなく、大股で砂場へと歩いていく。
海太の背後に立ち、海太ごと砂の山を蹴り飛ばすと、荒々しく腕を掴んだ。
「ほら、行くぞっ! たくっ、時間を無駄にさせやがって」
「いやーーっ!! やぁーーっ!!」
まだまだ遊びたかったのか、海太は連れ去ろうとする手を拒んだ。
それがさらに範人を苛立たせ、
「さっさと帰るぞ!」
怒鳴りながら鉄拳制裁を加えると、
――ガブッ!
足元に激痛が走り、咄嗟に視線を落とすと、そこには先ほどまで大人しくしていたゾンビが噛り付いていた。
「あああっ!! クソッ!! こいつ。俺の足を。クソっ! 離せっ!!」
噛まれていない足で、何度か頭部を蹴りつけるが一向に外れない。
「クソっ! なんで、俺にだけっ!! そんなにエサが欲しけりゃ、こっちに噛みつきやがれ!!」
子供をまるで鈍器のように振り、ゾンビへとぶつけると口が一瞬離れる。その隙に逃げ出すが、その際に転び、背中をしたたかに打ち付ける。
「がっ! クソッ!」
そのまま這い這いで自分一人だけ逃げ出し叫んだ。
「誰か助けてくれーーっ!! 野良ゾンビが現れたぞっ!! 子供が襲われるっ!!」
騒ぎを聞きつけたサラリーマン風の男が警察に電話し、泣きじゃくる海太を抱きしめ砂場から避難させる。
「…………っ!」
彼らは襲い来るかもしれないゾンビに戦々恐々しながら身構えていたが、ゾンビはそのまま、公園から立ち去っていった。
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