第7話「ドクターZ 訪問医~高根マサエ~ その二」
マサエは部屋に被験者番号5番を取り残し、別の部屋へと移る。
その部屋の小窓からは5番のアホみたいな顔がよく見えた。
「おい! オレに何を見せようってんだ。それはベッドか? 布が掛かっていてよく分からないが、こんなもの見せてどうしようって言うんだ?」
質問に答える代わりにおもむろに布を取った。
「っ!?」
そこには黒のズボンに上半身裸のゾンビが横たわっている。
四肢に胴体、首元、口、果ては
さらには何かの機器が体のあちこちにつけられ、観測されているというのが素人でも分かる。
「被験者番号6番。一番最近の個体よ。これから記録及び実験を始めるわ」
マサエは設置してあるビデオカメラのスイッチを押すと記録映像を残し始めた。
「この個体は先のコンビニゾンビ事件のきっかけを作った犯罪者なのだけど、彼自体に早期ゾンビ化の何かがあった訳ではないようね」
様々な検査もしたのか、マサエの目の前のディスプレイには無数の数値の羅列が並ぶ。
「これはコンビニの件を実際に観察したアタシの仮説だけど、あのときの店員はなにやら強い不満や怒りを持っているようだったわ。そもそも殺されること自体が強い不満だとも取れるわね。それ以外に遠目からでは常人と変わりはなかった。
つまり普通のゾンビ化と違うのは強い意思や思いを持って、健康な脳で死んだということね。なら、その条件によってゾンビ化が早まると仮定するわ。でも、今まで早まる事例はなかったのよね。だから、それこそ自然死ではなく、強力な怨みや妬みの意思。例えば殺されたとかが必要なんじゃないかと思うわ。
この仮説を裏付ける根拠の1つとして、逆に睡眠薬を打って緩やかに、意思なく死ぬとゾンビ化が遅くなる傾向があった。事実、この彼はゾンビ化まで6日掛ったわ」
マサエはゾンビの頭部を調べつつ、満足したように頷いた。
「ど、どうやって確めたんだよ。そんなこと」
「5人目だもの」
簡素にそれだけ答える。
しかし、被験者番号5番と呼ばれていた男は自分の数字を加味し、その恐ろしい意味を理解してしまい戦慄した。
「まだ不確定な仮説段階よ。6日以上かかる法則は麻酔などによる意志薄弱なのは判明したけど、果たしてゾンビ化が早まるのが本当に意思による問題なのかは、1人2人じゃまだ不足ね。もしかしたら、頭部の外傷によるものかもしれなかったわけだしね。でも、同じような外傷を与えた6番が無事6日掛ってゾンビ化したところをみると、外傷による期日の変化は否定できそうなのよね」
表情ひとつ変えずに言い放つ。
「お、おい。もしかして、オレをその実験に使おうって訳じゃないよなぁ! 恨ませて殺すなんて正気じゃないだろ。いったい、オレは何をされるんだ? おいっ!! 答えやがれっ!!」
そんな怒号にもマサエは何の反応も示さず、無機質に続ける。
「他にもアタシの調べでゾンビについて新たに分かったことがあるわ。それは――」
それは、1つ。ゾンビの肉体は電気信号のみで動いており、心臓の動きや血流などは必要ないということ。
「今まで血液が関係すると思われていたけれど、それは関係なかったわ。脳の電気信号が全て。その証拠に全身の血を抜いてもゾンビは動き続けたわ。ついでにその血はパックに入れて保存してあるわ。あなたがゾンビ化したら、ちゃんと血をあげるわよ」
2つ。ある程度、健康な脳でなくてはゾンビ化しない。
「被験者番号3番は重度の麻薬中毒者だったわ。彼にはさらに大量のマリファナを投与して幸せに殺してあげたのだけど、ゾンビ化することはなかったわ。脳を開いた結果、ほとんどすかすかのボロボロになっていたわね。だいたい60歳までがゾンビ化するリミットというのもその辺りから来ている可能性が高いわ」
3つ、ゾンビ化は感染しない。
「よくあるゾンビは感染とかしていくようだけど、このゾンビはそういうゾンビによくあるウィルスとかじゃないわ。むしろ本来のブゥードゥー教のゾンビに近くて、脳の働き以外が止まっている。つまり魂がない状態が近いわ。もう少し科学的に言うならば、脳の電気信号のバグによるものってところね。だから感染もしないのよ。死後になるのは意思が無くなり、別の電気信号が邪魔をしなくなるせいね」
4つ。ゾンビは餓死する。
「ゾンビは脳だけがバグで電気信号を出している状態だと推測できるのだけど、電気信号を出すにもカロリーというエネルギーが必要。その為、自分に構成要素が近いものを無意識に接種しようとする。それがゾンビが人を襲う理由よ。もちろん、そのエネルギーが摂取できなければ再び死ぬのは必然ね。エネルギーが無くなると、死体に戻ったようになるわ。これは早い段階から分かっていた事実だけど、アタシはさらに先として、人間の血液が混じっていれば動物の肉でも食べ、カロリーとして使うことができるということまで見つけたわ」
「さて、この6番には、最後に蘇生できないかを見させてもらいましょう。ちょうど良く下半身不随になるよう背中を打ってくれているから、ゾンビ化した今、神経の修復が見られるかどうかからね」
マサエの実験の結果、ゾンビ化しても足は動かず、さらに理科の実験であったカエルに電流を流して無理矢理動かす方法を試みるも足には変化が見られなかった。
「なるほど。神経と電気信号が要のゾンビだけど、そこ自体に修復能力はないわけね。これなら死体になった直後に脳を焼くか神経を切断すれば安全そうね。
あとは、6番は背中以外の全てを生前と同じになるよう治療を施したわ。4番にも同じ処置をしたけれど、結果は不発。血流も全て人工的に行えるようにしたけれどダメだったわ。あとの可能性として、意思でゾンビ化するのであれば、もしかしたら自分の意思で人間に戻ることもあるかというところね」
マサエは5番の方を初めて向くと、「人間を一番人間たらしめているのは何か?」という質問を投げかける。
「に、人間? 道具を使う?」
「不正解ね。道具を使うだけなら猿なども出来るわ。人間が人間たらしめているのは言語によるコミュニケーションだとアタシは考えるわ。だから、彼が人間に戻りたいと思うように、アタシ
6番の視界に画面を設置し、そこから延々と青春ドラマを流し始めた。
「がああっ! あああっ!! あああああ~、ああいっ」
先ほどまで大人しかったゾンビは急に動き出そうと体をよじる。
しかし、がっちりと拘束された体はほとんど動けず、微かにベッドが揺れる程度だった。
「や、やめろ! やめてくれ!! オレたちみたいな何もないやつに青春ドラマなんて、そんな絶望的なこと。きっとそいつもコンビニ強盗なんてするくらいだから、何も良い事がなかったんだ。もしかしたらオレみたいに悪いことすらなかったかもしれない。ただ日々を過ごしただけなんだ。無為な、毒にも薬にもならない日を淡々と延々に過ごすんだ。そんな人生に絶望したから犯罪を犯すんだろっ!」
「それを調べるための実験じゃない? 大丈夫よ。これでダメならあなたがいるし、それでダメならまた警察無線を傍受して新たな実験体を狩るから」
そう言い残し、部屋から立ち去る。
「くそっ! 止めろ!! オレだって見たくないんだ!! こんなものっ!」
被験者番号5番もゾンビに負けずに拘束を解こうと体を動かした。
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