第5話「シュレディンガーのゾンビ その二」

「あのコンビニはどうなったんだろう?」


 孝平こうへいはそんな思いに囚われると、外を徘徊した。

 ニュースでさえ、知りたがらない孝平に直接コンビニに行く勇気はなく、ただ徘徊し、そして、ニュースなんか見ていないであろう女子高生の背後に忍び寄り、形だけでも知識欲を満たしていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、み、見える? もう少しで。あっ……」


 何人もの女性に目撃された結果。


 ――あの地区には変質者が出る。


 そんな噂が広まるのに時間は立たなかった。


 警察の見回り、興味本位のやじうまがたまに現れる。

 孝平は見つからないように、見つからないようにと考えていたが、それでもニュースが気になり、つい夜ごとに歩きスマホをする女性の背後に立った。


「はぁはぁ、あっ、ニュース……」


 ちょうどニュースサイトを見ていたマダム風の女性の後ろに立ってしまった孝平は、見たいような見たくないような葛藤に苛まれ、顔を押さえ、頭を掻きむしり、「あ、ああい」とまるでゾンビみたいな呻き声を上げてから、その場から結局立ち去った。

 去り際、孝平を見つけたマダム風の女性はなぜか笑みを浮かべたように口角が吊り上がっていた。


 ニュースで真相を知りたいのか知りたくないのか分からない曖昧な状態。そんな日々を過ごすしたその結果。当然ニュースは一切見れなかった。


「もうあのコンビニの事件から何日も経った。それなのに俺のところに警察が来る様子もない。ということはやっぱり俺は犯人じゃないんじゃないか。それこそ日本の警察も暇じゃない。たかがコンビニ強盗未遂に割く人員はいないのだろう」


 孝平はこれならもうニュースを見ても大丈夫なのではないかと考え始めていた。


「スマホでも改めて、探してみるか?」


 ふと、外の景色を眺めると、雨が間断なく降りしきる。いわゆる、暴風雨だった。

 まるで先行きを暗示するような不穏な天気に思わず孝平は言葉を口に出す。


「明日以降にするか」


 孝平は隠れるようにアパート内で丸くなった。それは暴風雨からなのか、それともニュースからなのか。


 バシバシッ! っと砂や葉、ビニール袋などがとっかえひっかえ窓へとぶつかって行く。

 そんな光景を無心で眺めていると、窓にバシンッ!! と一際大きな音を立てて新聞紙が張り付いた。


「うわっ!! ニュースがっ!!」


 恐れ、求めていたニュース記事が不意に目の前に現れ、孝平はその場から後ろに倒れ込んだ。


「あ、ああ……」


 口とは裏腹に。ここまで来ても未だ見る決心が実はついていなかった孝平だったのだが、その新聞にはデカデカと、


 ――コンビニで発生のゾンビ。死後数分か!? 


「あ、ああっ、ウソだ。ウソだと言ってくれ……」


 という見出し。

 それは孝平が人殺しだということを決定づける記事かに思えたが。


 ――死因は側頭部の傷。事故の可能性濃厚!! 早期ゾンビ化との繋がりは!?


「えっ? お、俺が突き飛ばした店員は後頭部を打ったはず!!」


 孝平は急いでその新聞を取ろうと窓を開けたが、その瞬間に風に乗って飛び去ってしまった。


「あ、ああっ!! 待って! 待ってくれ!!」


 孝平は窓から外へ身を乗り出し、必死に新聞を掴もうとしたが、無常にも新聞は風に飛ばされ、豪雨の中へ消えていく。

 希望を載せた新聞紙を追いかけ、さらに手を伸ばすと、急な浮遊感が訪れた。


「ウソだろっ!?」


 叫び声と同時に孝平は2階から落下した。

 ドシャっという音を立ててアスファルトへと落ちる。


「ガハッ!」


 思いっきり背中から落ち、血反吐を吐きながらその場から動けなくなる。


「う、ああ、あ……」


 助けを求めるように首を左右に振ると、失くしたはずのスマホが目に入る。


(こ、こんなところに……、なんで今まで気が付かなかったんだろう……)


 探せば簡単に見つかりそうな場所。

 それは孝平が無意識的に見ないようにしていたスマホだった。


「はぁ、はぁ、はぁ、誰か、たすけて……」


 散々避けて来たスマホに手を伸ばし、手元へ。

 ひび割れた画面を見ながら電源を入れようとボタンを押す。


「………………充電切れ」


 数日前のスマホはとっくに充電が切れ、物言わぬガラクタとなり果てていた。


(2階程度の高さじゃ死なないとは思うけど……。せっかく、せっかく人殺しじゃないって分かったんだ。これから真っ当な人生を生きるんだ。こんなところで、死にたくない)


 ――ボタボタビタッ。


 雨音が変わり、水がまとめて落ちるような音になった。

 

「あら、どうなさいました?」


 穏やかな女性の声。

 品の良い熟年女性という感じだ。

 その女性が傘を孝平へ掛かるように差してくれている。


「た、たす、けて……」


 孝平の声は雨音に打ち消されたのか、その女性は、まるで気にも留めず質問してくる。


「ねぇ、あなた、この辺で変質者が出るって聞いたのだけど、知っているかしら?」


「さ、さぁ。それより……」


「そう。なら、コンビニ強盗は?」


 その瞬間、孝平の心拍数は一気にあがり、息苦しさを覚える。


「はぁはぁはぁ、あ、あんた、誰だ?」


 なんとか、息も絶え絶えに質問を返すと。


「こう見えてアタシ、医者なのよ。それでね。サンプルが欲しいのよ」


「サン、プル?」


「ええ、ゾンビのサンプル。でも、健全な一般人をゾンビにするのは気が引けるのよねぇ。ほらアタシって別にシリアルキラーじゃないじゃない? それでね。犯罪者ならいいかなって思うのよ。ちょうど変質者とコンビニ強盗がこの辺でいたみたいだし探していたのよね。特にコンビニ強盗は人を殺すのも止む無しって人でしょ。突き飛ばして動かない店員を見捨てるくらいだしねぇ」


「な、なんで、それを……」


「アタシに見覚えは?」


 そう言われても孝平には、医師の女性に見覚えはなく、小さく首を振った。


「そうよね。コンビニで少し会ったくらいじゃ分からないわよね」


 二ッと女性の口元が歪む。


「あ、あのとき、の」


「それじゃあ、思い出してくれたところでイきましょうか?」


「や、やめっ!!」


 孝平の脳裏に、『失踪事件』のニュースが浮かんだが、首筋にスタンガンを当てられ、孝平の意識はそこで途切れた。そして二度と目が覚めることも、ニュースを気にすることもなかった。 



「続いてのニュースです。先日のコンビニに現れたゾンビですが、死因は側頭部の傷と判明。警察は事故、事件両方の可能性を考えて捜査しているもようです。また本件のゾンビ化が早まった理由は現在専門家により調査中とのことです。以上、ニュースをお伝えいたしました」


 ――プチッ

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