第3話「コンビニにゾンビが舞い降りた その二

 フルフェイスの強盗男は新次郎にナイフを突きつける。

 思わず両手をあげて、壁添いまで下がって距離を取るが、すぐに強盗はナイフで近くに寄るようジェスチャーし、否が応でも強盗に近くへ。


「さ、刺さないでくださいね」


「いいから、レジから金を出せ!! 早くしろっ!!」


 フルフェイスの所為でくぐもった声。だが、機械や何かで変えてあるようには思えない生声。

 新次郎は思わず監視カメラに目を向ける。

 顔は移っていないが、きっと今の警察なら声からでも犯人を捕まえてくれるんじゃないかと思い、つい、視線がそちらへ。

 そして、この映像はバックヤードからでも見られる。流石にあの繁彦でも明らかに強盗強盗した格好の強盗がカメラに写っていれば警察を呼ぶくらいはしてくれるだろうという考えもあった。


「あ、あの……、レジを開けたら、刺さないですか?」


 警察を呼ぶ時間を確保するため、新次郎は会話を試みる。試みるがパニックな状況、さらには体調の不良もあり、頭の悪いような質問をしてしまう。


「うるさい!! さっさと開けろ。刺されたくなければなっ!」


「て、店長に確認しても?」


「ダメに決まっているだろ!!」


「で、ですよね~」


 何度もバックヤードの方を新次郎は見るが、助けにきたり、警察を呼ぶような気配はなく、さらに言えば休憩から上がる気配もない。

 コミュニケーション力も腕力もない自分では、もう時間を稼ぐのは無理だと判断した新次郎は震える指先でレジを開けようとするが……。


「あ、あの、やっぱり、その、レジのお金盗られると店長が困るので、なんとかならないですか? ぼ、僕が少し出しますから」


 自分に良くしてくれる店長のためになんとかコンビニを守ろうとするのだが、非力ゆえに許してもらう方向を取る。新次郎はおもむろにポケットから財布を探すが一向に見つからない。


「あ、あれ、あれ?」


 財布の所在を少し考えて、ロッカーにしまってあることに気づく。


「それも出せ! もちろんレジの金もだ!!」


「えっと、財布はロッカーにあるみたいなんですけど……」


「ふざけんなっ!! どうせ大した額も入っていないんだろ! そっちはいいから、レジの金を早くしろっ!!」


 許してもらうどころか、さらに怒らせる結果になり、今にも泣き出しそうに顔をくしゃりと歪める。

 もうどうしようもないと観念し、レジを開けようとしたそのとき、


 ――ピンポン ピンポン


 マヌケな入店音が鳴り響くと、そこには中年女性がたたずんでいた。


(危ないっ!!)


 とっさに、コンビニの為、そして中年女性の為に、新次郎はレジ台を乗り越え、コンビニ強盗へ飛び掛かった。


「強盗です。早く逃げてっ!!」


 中年女性は、そのまま素早くその場を去る。

 それを確認した新次郎はホッと息をつくと同時に、強盗から反対に突き返された。


 ドンッ! という鈍い音を立ててレジ台に後頭部を打ち付けた新次郎はそのままずるずると倒れていく。


「てめぇ!! 何しやがる!! ぶっ殺すぞ!!」


 強盗は怒鳴り散らすが、その声になんの反応も見せない新次郎を見て不穏に思い、顔の前で手を振る。


「え? おいっ!? ウソだろ。俺は押し返しただけなのに、死、死んだのか?」


 身じろぎどころか眼球も動かない姿に強盗は途端におろおろとしだした挙句、


「お、俺は悪くない!! お前が勝手に頭をぶつけただけだ!!」


 そう言って、何も取らず、コンビニから出て行った。

 新次郎はぼんやりとした意識の中、



(は、ははっ。良かった。コンビニを守れた。お客様も……。でも、すごく気分が悪い。でも、すぐに繁彦が戻ってくるよね? でも、強盗に気づかないとかどんだけ本気で休憩してるんだか……)



(なかなか来ない。もうどれくらい時間たったかな。痛いし気持ち悪いし……)



(なんで、休憩から戻ってこないんだ……? このまま僕はあいつのサボリで死ぬの? それは、すごく、むかつく……。気分が悪い)



(もう、無理かもしれない……。なんで繫彦だけいつも……、ゆるせ、な、い……)



 そこで新次郎の意識は途切れた。

 時計の秒針がたっぷり1周。血液が全身を駆け巡る時間が経過すると、ぴくりと微かに新次郎の指先が動いた。

 そして、緩慢な動作でゆっくりと立ち上がる。


「あああああ~、ああいっ」


 ただ喉から空気が漏れ出したような声にすらなっていない声を上げ、よろよろと歩き始めた。

 血の気が引くどころか全く無く、だらしなく開いた口、開いた瞳孔。その姿から以前の面影はなく、誰がどうみてもゾンビのそれであった。

 本来ならば死後数日しないとなることがないとされているゾンビ化だったが、新次郎の怨みに応えたのか、死んで1分という短い時間でゾンビ化していた。


「ああああっ」


 よろよろと店内を徘徊、目的もなく歩くゾンビは棚の商品など関係なくボタボタと落としながらぐるりと一周すると、今度はバックヤードへ入って行く。


「――チャンネル~」


 バックヤードの休憩所に座る繁彦は最新のノイズキャンセラー付きのイヤホンをしてユーチューブで動画を見漁っていた。

 手元にはお菓子に数種類の缶の酒類まで。全てライバル店のコンビニ産であった。

 どう見てもまともにバイトをしようとしている姿ではなく、あわよくば全て新次郎に任せようという魂胆が滲み出ていた。

 その為、休憩時間がとっくに終わっていることも、コンビニ強盗が来たことにも気づかず、ましてや新次郎がゾンビになったことにも気づいておらず、スマホの画面を熱心に眺めている。


 すぐ背後にゾンビが来ていることも気づかず動画に釘付けになっている繁彦。その首元に影が落ちる。


「ああぅううい」


 新次郎は噛みついた。

 人間らしさの欠片もなく、躊躇ちゅうちょも手加減もなく、固いビーフジャーキーを喰いちぎるように。


「ぐあああっ!! いってえええええっ!」


 何が起きたのか分からない繁彦はその場から飛び退く。

 首筋からは血液がどくどくと溢れ、それをせき止めようと無意識に手が首筋へ伸びる。

 そんな中、目にしたのは、明らかにもはや人ではない新次郎が、旨そうに肉を食らう姿だった。


「お、おい、おい。なんで、お前、ゾンビになってるんだよ。ゾンビってのは死んでから4日経たないと成らないんじゃないのかよっ!! くそっ! こっちに来るんじゃねぇ!!」


 近くにあったパイプ椅子を投げつけ威嚇するが、すでに死人ゾンビと化した新次郎にはなんの意味もなく、じわりじわりと近寄って行く。


「くっ! 捕まってたまるかっ!!」


 健脚を生かし、新次郎をかわそうとしたが、多量の出血、そして、先ほどまで自分で散らかしていた飲み残しの酒類の空き缶に足を取られ、無様に転ぶ。


「ああぅううい!」


 ゾンビは繁彦に覆いかぶさると大きく口を開けた。


「お、おい。新次郎、やめろよ。お、俺たち友達だろ? なっ? 今度、いい女、紹介するからさ!」


 新次郎は一瞬動きを止める。

 まるで噛みつくのを躊躇しているように、首を右へ左へ揺らす。


「わ、わかってくれたのか……。あ、ありが――」


「がああああっ!!」


 大きく開かれた口で先ほど噛んだ方とは逆の首筋を狙う。

 動きを止めたのはただ、食べやすい位置を吟味していただけだった。


「うおっ! やめろ!! この野郎!! クソっ! ふざけんな!! 友達もいない根暗野郎が俺を食おうだなんて!! クソッ!! クソっ! くそ! く、そ……。く……」


 バタバタと出来る限りの抵抗をしていた繁彦だったが、次第に動かなくなる。

 首を抑えていた手がパタリと床に落ち、今や噛まれた衝撃でわずかに動くだけになった。


                 ※


「こちらが例の事件のあったコンビニです! あっ、今、特殊警察部隊がゾンビを捕まえて出てきました! 中はいったいどうなってしまっているのでしょう! それにどうやってコンビニにゾンビが現れる事態が起きたのでしょうか? 引き続き、事件の詳細を追っていきたいと思います」


 ――プチッ

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