コンビニに舞い降りたゾンビ

第2話「コンビニにゾンビが舞い降りた その一」

「そちらのゾンビに感染の心配はございません。それでは良い一日を!」


 ぷっとテレビの電源を落とすと、松井新次郎まつい しんじろうはのっそりとした動きでリュックを掴む。

 大学へと向かう途中、新次郎は思わず呟く。


「ふわぁあ~、ね、ねむい……」


 新次郎の目にはこれでもかというほど黒くくまが出来ており、心なしか顔も青白く、体も細い。どう見ても不健康としか思えない出で立ち。

 髪はなんとかかして清潔感はあるが、周りの大学生のようにワックスでしっかり決めているということもなく、服装もシャツにチノパンという本当に最低限不快感を与えない身だしなみという程度だ。

 

「ねむい。ねむい。ねむい。ねむい。ねむい。ねむい。ねむい。ねむい。ねむい。ねむい。ねむい。ねむい……」


 一度口をついた言葉はまるでダムが崩壊したように無意識に口から漏れ出す。


 ぼんやりと歩き、なんとか大学構内へとたどり着く。

 新次郎が通うのは3流大学で、構内もそこまで広くない。もちろん入口も短くすぐに中庭へと出る。

 構内の中庭では大学生活を満喫していますってタイプの学生がキャッチボールをしていたり、ギターの練習をしていたりするのだが、せまい構内では、常に譲り合って活動をしている。

 しかし、花の大学生たちは、それすらも楽しむかのように青春を謳歌していた。


「ははっ、僕なんかとは大違いだ」


 いったい自分と彼らは何が違うのだろうか。

 同じ年代。同じ大学にも関わらず自分はバイト漬けで寝不足の日々。

 いつも考えるが、結局答えは金を持っているかどうかだというありふれた結論に落ち着く。


「おっ! 新次郎。いいところに!!」


 背後から呼びかける声に嫌な予感を感じながら振り返る。


 そこには、金髪にピアス。服も流行りのチェスターコートにパーカー、半袖Tシャツとチノパンツを組み合わせたいかにもあか抜けたモテる大学生という出で立ちの諏訪繁彦すわ しげひこが小走りに新次郎を呼び止める。


「なぁ、今日のバイト変わってくんね? 急にどうしても外せない用事が入っちゃって」


 悪気のない笑顔で肩を叩きながら述べてくる。


「え、いや、もう僕、今日やったら12連勤なんだけど。明日もあるから13連勤になっちゃう……」


「そうなん? まぁ、それだけやってれば1日増えるのも2日増えるのも変わらないっしょ! もう店長には連絡してるからよろしく!」


「ちょっ! 待って!!」


 新次郎が呼び止めると、繁彦は途端に不機嫌な顔を隠そうともせず詰め寄る。


「はぁ? なにかあんの?」


「え、あ、いや、その、用事頑張って……」


 ぎこちない笑みで口から出た言葉は、そんな情けない言葉だった。


「おう! サンキュ」


 来たときと同じように小走りで走り去っていく繁彦。


「あっ……」


 体力が有り余っている彼に、疲労困憊、満身創痍の新次郎が追いつけるわけもなく、数歩追いかけたところで諦めて立ち止まった。


「うそでしょ」


 久々の休み、大学さえクリアすればしっかり眠れると思っていた新次郎にはまるで死刑宣告のようなお願いだった。


「ナイッ! ボール!!」


 遠くから聞こえてくるキャッチボールの楽しそうな声に、自分と彼らの違いは知り合い運の差もだなと思い直し、教室へと向かった。


                ※


「授業の内容、ほとんど分からなかった……」


 いつの間にか寝てしまった自分に肩を落とし、誰かノートを見せてくれないかなと周囲を伺うが、よくよく考えると知り合いは同じバイトの繁彦しかおらず、彼が講義を受けている可能性とちゃんとノートを取っている可能性を考えた結果、諦めるという結論に達した。


 新次郎はこういうとき、すぐに声を掛けられる性格なら良かったのにと思うが、思うだけで、実行に移すことはこれまでもなかった。たぶん、これからもないだろうと思っている。


「はぁ、次の講義に行こう」


 睡魔もあり、あまり身の入らないまま講義を終える。


「バイトか……」


 新次郎のバイト先は某有名コンビニ。青い制服が特徴的なところだ。

 自宅から一番近いコンビニという理由でバイトを始めたのだが、たまにつらい客もいるが基本的には仕事内容は問題なく、一緒に働く大人たちは皆いい人で、サボリ魔の繁彦をのぞけばそれなりに良いバイト先のはずなのだが。


「本当にあいつ、バイトする気あるのかな? 今日どころか、一昨日もその前もあいつの代わりに僕が入っているから12連勤なんておかしな仕事になっているのにっ!     どうせ外せない用事っていうのも合コンとかでしょ」


 ぶつぶつと文句を言いながら青い制服に着替えていると、


「あれ? 今日って諏訪くんじゃなかったっけ? なんで松井くんが居るんだい?」


 驚いた表情の店長が新次郎に声を掛ける。


「えっ? でも、繁彦くんは店長に連絡したって」 


「いや、来てないけど? 彼はダメだね~。それに比べて松井くんは良くやってくれて助かるよ。でも、ずっと働いてないかい? 前休んだのいつ?」


 店長はバックヤードのシフト表を確認すると、顔をしかめた。


「夜勤と準夜勤で12連勤、というか明日も夜勤あるから13連勤って、大学生がこんなに働いて大丈夫かい? 昼間は学校もあるんだろ?」


「え、ええ、まぁ、なんとか……」


 実際はあまり大丈夫ではないのだが、心配をかけさせたくなくて、つい嘘をついてしまう。

 悪いことをした訳ではないのだがバツが悪く、新次郎はそそくさとその場から立ち去りレジに入る。


「いらっしゃいませ! ありがとうございました!!」


 夜勤帯はお客さんが少ないとはいえ、昨日も夜勤、今日も夜勤、明日も夜勤では流石に精神的にも肉体的にも悲鳴をあげていた。

 準夜勤なら深夜1時に終わり、しっかりと睡眠もとれるが、夜勤で朝6時帰りだと、3時間程度しか寝れず、次の日の講義にも影響が出てしまっていた。


「頑張れ、新次郎。学費と生活費の為だ。むしろ夜勤でお金がもらえるなら良しだ。そう思うんだ」


 誰もいない店内でそう呟きながら清掃作業を行う。

 モップで床を拭く単純作業は今の新次郎には眠気との戦いになる為、なかなかのキツイ仕事となっていた。


「店長、掃除終わりました」


「了解。それじゃあ、休憩に入っていいよ」


 新次郎は礼を言って、バックヤードへ入る。

 深夜の時間帯の為、ガッツリと食べることはしないが、軽くパンをつまむ。

 残りの時間は仮眠に当てようとスマホのアラームをセットすると、


「ごめん、松井くん、ちょっとお客さんが多く来ちゃったから、レジお願い」


 店長からの呼び出しに、眠い目をこすりながら応対する。

 酒を大量に買い求めるお客の対応を店長がしている後ろには、弁当を買う男や炭酸飲料を買う女性客が並ぶ。


「お待ちのお客さま、こちらへどうぞ」


 新次郎はいつもなら、これくらい店長一人で片付けるのに、なんでめちゃくちゃ眠い今日に限って呼び出すんだと不思議に思うの半分、怒り半分の不機嫌な表情を見せたが、接客に入ると営業スマイルで不機嫌など微塵も感じさせずレジ打ちを済ませた。


「ありがとうございました!」


 改めて休憩に入ろうとすると、


「松井くん、休憩、今から1時間でいいから。ゆっくり休んで」


 慣れないウインクをする店長。

 もしかしたら、レジを任せたのは少し多く休憩を取らせようという店長の気遣いだったのではと気づき、少しでも怒っていた自分を恥じて俯きながらも、深々と一礼してからバックヤードで仮眠に入った。


 なんとか朝6時までのバイトを終えると、次のシフトのバイトと交代し、帰路についた。

 少しでも多く眠ろうと、玄関を開けると、そのままベッドへダイブし即座に夢の世界へ。


 翌日の講義は言うまでもなく散々だった。

 連日の睡眠不足で提出物を家へ忘れたり、厳しい教授の授業で寝てしまい怒られたり。


 メンタルもやられ、眠気もあり、まるでゾンビのように重い足取りで中庭を歩いていると、


「あっ! 危ないっ!!」


 そんな声が新次郎の耳に入ると同時に側頭部にボールが直撃した。


「あがっ!? な、なにが」


 突然の衝撃に新次郎は周囲を見回すと、足元に野球ボールが落ちている。


「ボール?」


 拾いながら呟くと、視界がぐにゃりと歪み、ぼぉーっとする。


「すみません。大丈夫ですか?」


 中庭でキャッチボールをしていた大学を謳歌している大学生が駆け寄って心配そうに声をかける。

 文句を言うよりも、あまりの不幸な出来事に言葉をなくした新次郎はただただ、拾ったボールを返して、その場を後にした。


「くそっ! 全部繁彦のせいだ!」


 本人には直接言う勇気もないため、食堂できつねうどんを荒々しくすすりながら呟く。

 

「そういえば、今日の夜勤は繁彦とだったな」


 ただでさえ大変な夜勤、それがあの繁彦と、というだけでゲッソリとする。

 急に食欲が無くなり、うどんも半分くらい残して次の講義へ向かった。


 なんとか、講義を全て終えるが、新次郎の試練はまだ続き、バイト先のコンビニに着いたはいいが、相方の繁彦の姿はまだなかった。


「遅刻してきたら、一人か。いや、最悪遅刻ならいいけど、無断欠勤とかされると困るな」


 しかし、その心配は杞憂に終わった。


「おっ! 新次郎じゃん。よろしくっ!!」


 時間ギリギリに来た繁彦は、ありえない速さで青い制服に着替え、時間ピッタリにタイムカードを押すという技を新次郎に披露しつつ、レジへと入った。


 大して客もいない時間帯に飽きたのか、繁彦は雑誌コーナーへ行くと週刊誌を読みだした。


(まじかっ!! まだバイト始まって1時間も経ってないのに堂々とさぼりっ!?)


 怒りで血圧が上がったせいか、新次郎の視界がぐにゃりと揺れる。


「うぷっ」


(なんだ、これ、気持ち悪い。なんだか吐き気もする気がするし。いや、でも繁彦はさぼっているし、僕がなんとか……)


 だが、新次郎の顔はみるみる血の気が引き青ざめていく。

 意を決した新次郎は注意を促しつつ、少し早いが休憩を取らせてもらおうと思い話しかける。


「その、あまり、店員が立ち読みはよくないんじゃ」


 気持ち悪さと恐怖を我慢し頑張って注意してみるものの、


「客もいないし、封をしていない雑誌を読んでも誰も困らないだろ。それに客が来たらちゃんとするし。新次郎が黙っていれば誰も損しないことだろ。だいたいテメーよりオレの方がいつも仕事してんだよ。なんで同じ時間でオレの半分くらいしか仕事ができないんだ、このグズが! オレからしたらむしろお前の方がさぼっているんだけど」


「た、たしかに繁彦くんの方が仕事早いけど」


「なら、感謝こそあれ、文句はないよなぁ! あ~、気分悪い、気分悪いからオレ、先に休憩はいるわ!」


 確かに、いつも繁彦の仕事は早く、さらに今日みたいに雑誌を読んでいてもお客が来るときにはちゃんと読むのを止めて、まるで雑誌コーナーを整理しているように振る舞う為、他のバイト仲間もそれ以上何か追及する事も出来ていなかった。


 さっさとバックヤードに消えて休憩を取る繁彦を見送りながら、新次郎はさらに襲い掛かった頭痛に顔をしかめた。


 重い体を引きずるように歩き、なんとかレジに戻ると深いため息を吐いた。


 店長のように見ている人は見ているが、それ以外からは評判の良い繁彦の要領の良さに嫉妬のようなドス黒い感情を抱きつつも、自分には出来ない芸当だと諦めていた。


「はぁぁぁっ」


 誰もいなくなった店内に再び深いため息が木霊する。

 それから1時間たっぷりと独りで接客をこなす。

 気分はすこぶる優れないが、もう少しで休憩できるからと自身を奮い立たせ、なんとか頑張っていた。

 そんなとき、入店音と共に黒ずくめの服にバイクのフルフェイスヘルメットを被った男が入ると叫んだ。


「強盗だ。金を出せっ!!」

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