このゾンビに感染の心配はございません。以上、ゾンビニュースでした。

タカナシ

第1話「おはようございます」

 最初にその事件が起きたのは、アメリカのイリノイ州だった。

 腹部の刺し傷から、何かいざこざがあったのかと目された男は静かに人気のない路地裏で息を引き取った。

 その数日後、その男は血の気のない真っ青な顔、おぼつかない足取りで街中を闊歩し、そして――。


 付近の住民に噛みついた。


 警察が出動し、男を取り押さえるまでに3人が噛まれた。

 足には数発の銃弾を受けたが、男は痛みを感じる素振りもなかったという。

 その後、男の腹部の傷と銃撃された足を治療するため、病院に運ばれると不可解な出来事が起きた。


 その男には脈はおろか、心臓の鼓動もなく、脳だけが僅かに動いているだけだった。

 普通の人間ならば確実に死亡判定を出されているところ、実際には動き噛みついていたのだった。


 このニュースは即座に世界中に拡散されると同時に、全世界の特に発展途上国で同様の事例が多発していた。

 イリノイ州の男はただ、最初にメディアに乗ったというだけだった。

 この件で真っ先に青ざめたのはアメリカ。次いで日本だった。

 彼らはこの状態をよく知っていたからだ。

 誰もが脳裏をよぎった。


 ゾンビ


 という言葉が。


 噛まれた人物は即座に特別施設に収容されたが、1週間たってもゾンビ化する兆候は誰にも見られず、また科学者たちの研究により感染の心配は無いと判断されたのだった。


 イリノイ州の男はその後、食事を一切口にせず、そのまま身体機能を停止した。


 それが2年前の出来事。

 ゾンビの研究は進み、さまざまな法則が明るみになり、ゾンビによる危険は限りなく低くなった。それこそ、風邪と大差ないほどに。

 現在分かっている法則は以下の3つ。

・ゾンビ化するのは6歳以上60歳以下の人間のみ。(※動物はならない)

・ゾンビ化するのは基本死後、4~6日の間。(※死亡7日以降のゾンビ化は数件あり)

・餓死または頭部に著しい破損がある死体はゾンビ化しない。

 

 皆が法則を受け入れ対処し、そうしてゾンビは日常となっていった。


「でも~、火葬が主な日本ではゾンビ化の心配もほぼないのに、一人暮らしのお宅に死んでないか3日毎に市の職員が伺う必要があるんですか~?」


 朝の情報番組でこれまでのゾンビ化の経緯を丁寧に説明しつつ、その後ポッと出のアイドルだか女優だか分からない女性タレントがコメンテーターに質問を投げかける。


「確かにその通りです。ただ、現状では60歳以下の独居の方に限りますし、そこまでの負担は掛かっていないようです。まぁ、それだけ遊んでいる職員が多かったということじゃないですかね。ただ、今後死後4~6日という法則が崩れた場合危険度は増しますので、もっとしっかりと対処をした方がいいと思います。それこそ独居どっきょを無くす方法の模索を――」


 コメンテーターはくどくどと説明を行う。後半は独居を良しとする政府や親、子供に対しての文句を述べて物議をかもしたり、生活保護者を非難したり、過激なゾンビ退治法を提示したり視聴者を沸かせる。

 毒舌コメンテーターのいつもの手を見せてから、アナウンサーが締めの挨拶に入った。


「それでは皆様、昨日のゾンビの件数は1件。このゾンビに感染の心配はございません。それでは良い一日を!」


 ――プチッ。

 

 テレビの電源が落とされた。

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