ラストバトル?-1


 あたしは男爵の元にたどり着くと、目を回している男爵に回復護符を貼り付け、男爵の回復を待つ。


 どうやら他にも理由はありそうだったけど、裕太の言葉通りこれ以上戦力を減らすわけにもいかない。実際戦力不足は明白なのだ。早く男爵には復活してもらわないと。


 あたしは視界不良の中、アストールに向かっていく裕太と雫に目を向けながら、イライラと男爵のつるっ禿をぺしぺし叩く。


 雫は何やってんのよ……あんたの役目はみんなのフォローだって、さっき言ったでしょ……。


「んったく……何やってんのよ!」


 裕太を無視してアストールに向かっていく雫の戦い方にイライラして、あたしはついに声を張り上げ拳を地面に叩きつける。



 ガツッ―



「ウゴッ……」


「ああぁぁ! いいい今のナシ! ちょいとイライラして小突いたダケだって! 男爵ぅ……あんた鳩尾に一撃喰らっただけでダウンする程ヤワじゃないでしょおぉぉぉ……早く起きてよぉぉぉ……」


 うわ……禿オヤジがヨダレ垂らして白目剥いとる……キモッ……じゃなくて、こりゃ意識が更なる深みに潜って行っちゃったわ……あたしのバカ……。


 その時、突如として一帯に霊気が満ち溢れ、アストールの頭上に五芒星とフィギアスケーターの様にクルクル回転している複数の独鈷杵どっこしょうが現れた。


 光の焔を纒った独鈷杵どっこしょうがアストールに降り注ぐ。


 逃避行ラブデートしに行った筈の仁藤と駒野の二人が、いつの間にかコッソリ戻ってきていたらしい。


 仁藤永遠の二等賞はともかく薫ちゃんの退魔術はアストールへかなりのダメージを与えただろう。


 男爵は起きないし、このまま置いて行っちゃおうか?


 ペシペシと禿頭を叩いてそんな不届きなことを考えていると、視線の先で信じられない展開が繰り広げられる。


 アストールに突っ込んでいった雫の身代わりに、裕太が奴の一撃をその身に受けたのだ!


「ゆ……裕太!!」


 ゴフリと吐血するその様に、あたしの全身からザザーッと血の気が引いていく。


 駆け寄りたいのに膝に力が入らず立ち上がることすらできない。


 全ての音が消えて、サーッと夜中のテレビの砂嵐のように耳鳴りがなっている。


 全身が震え出し、ガチガチと奥歯がなる。


「ぅた……ゅぅ…た……」


 声を張り上げて、裕太の無事を確かめたいのに、舌が凍り付いてしまったかのように言葉が上手く出て来ない。


 裕太……裕太……今行くから……絶対貴方を死なせないから!


 あたしは何とか気力を振り絞る。


「裕太ぁぁぁぁぁ!!」


「来るな! ……ゴフッ……」


 無理矢理立ち上がり駆け出そうとした所で、裕太にそう制される。


 裕太の眼がギラリと光り「攻撃だ!」と掠れた絶叫が上がると同時に、周囲から光の触手が現れアストールを拘束する。


 すると、今度はあたしの中に裕太の霊気が流れ込み、あたしの中の何かが裕太の方へと流れて行った。


 今のは?!


 さっきとは別の意味で膝から力が抜けていく。妖気を無理矢理引き出されるあの感じだ。


 身体から妖気が奪われていく形だったが、アストールにやられたアレとは決定的に違う事がある。


 それは、妖気が奪われていくと同時にあたしの中にある裕太の霊気があたしを守ってくれている感覚。


 これは……


 すると今度は裕太の身体から黒い炎が噴き出した。


「きゃ! ダ、ダメ裕太! 今のアンタにそれ・・は無理よ!!」


 あれはあたしの呪火だ……あたしの妖気を依り代に、裕太は呪火を召喚したんだ!


 でもあれは、あたしの怨念があって初めて制御できる特殊な妖術だ。人間で且つ他人の情念を理解出来ない裕太じゃ逆に呪火に焼き殺される可能性だってある。


 でもそれは裕太も分かっているのだろう、一気に勝負を決めるつもりのようだ。


 ここに来て、あたしは裕太の狙いを理解した。視界の片隅で1つの気配が揺らいだからだ。


 裕太……あんたって、一体何手まで先を読んでるのよ……。


 裕太は能力ちからを振り絞って呪火を制御し、全てを成し遂げた。


 アストールはそれをも耐えきったけど、もう次の一手・・・・は防げない。防げない状況を裕太が作り出した。


 そして、アストールの背後から、人知れず手下A・・・が現れて、アストールにトドメを刺したのだった。





「ウグッ……ハッ?! 何故ワシはこんな所で寝ておるのだ?!」


 唐突に目を覚ました男爵に、あたしは苦笑しながら肩を竦める。


「おい、ちょっと待て。確かワシはお前さんに理不尽にも殴られたのではなかったか?」


「チッ……覚えてやがったか……」


「『チッ』とはなんだ『チッ』とは……全く……む? どうやら向こうは決着がついたようだの。お主の所為で、最期にアストールと拳を交わす機会を逸してしまったてはないか……」


 男爵の台詞にあたしはガックリ肩を落とす。


 んったくこの脳筋禿オヤジバトルジャンキーは……


「ムッ! いかん!」


 男爵の焦った様子に顔を上げると、塵となって消えていくアストールとグラリと身体が揺らいでいる裕太が目に入った。


「裕太? 裕太!」


 慌てて駆け寄った時には、裕太は既に虫の息……どうしよ………………どうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよぉぉぉぉぉ!!!


「裕太裕太裕太ぁぁぁぁぁ!! 死んじゃ嫌ぁぁぁぁぁ!!」


「ま、待て猫女! まだ死んではおらん! だからそんなに揺するな! それじゃ助かるもんも助からんぞ!」


 滝のように流れ落ちる涙と鼻水を拭って啜って男爵を見上げるあたし。


「本当? ホントに助かるの?」


「今なら何とかなるだろう……この場はワシに任せておけ」


 そう言うと、男爵は裕太の服をはだけて、傷口に手を当てる。


「お願い男爵……裕太を助けて……」


 身体の震えが止まらない。奥歯がガチガチとなり膝がガクガクと震えていて立っていることもままならない。裕太はあたしの全てだ……裕太いない世界なんてあり得ない。


「任せておけ」


 力強くそう頷くと、男爵は自らの気と大地の精気をブレンドした特殊なを裕太の傷口に流し込み始めた。


「もし……もし失敗したら………………あんたを殺してあたしも死ぬわ」


 マジっすよ?


「……殺されるのは御免被る。必ず助けてやるから黙ってみておれ」


 その言葉にあたしは無言で頷くと、裕太を挟んで男爵と向かい合わせの位置に座り込み、じっと裕太の回復を待ったのだった。


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