ラストバトル-8 裕太
「痛っ! いきなり何するん……あ……」
「ゴフッ……」
口から吐き出される血液の量に、我ながら背筋が凍る。
雫ちゃんは俺の様子を見て、流石に息を呑んで口を噤んだ。
あの時、アストールが仕掛けた攻撃は、手のひらから触手状の物を伸ばして地中を通して対象を串刺しにするといったものだった。
それに気付いたのは雫ちゃんを突き飛ばした後で、彼女を突き飛ばした瞬間に地面から突き出してきた触手を見て、これは避けられないと、それをこの身に受ける覚悟を決めた。
触手は俺の左胸に突き刺さり、肺を突き抜け背中から飛び出している。辛うじて心臓は避けることが出来たが、肺への傷は明らかに致命傷だ。
時間がない。早く奴を倒して治癒を始めなければ確実に命に関わる。
「こんな結末とはな……残念だがここまでのようだ……他の者では私の命を奪う事など出来はしまい」
そう聞こえてきたのは、地中から触手を引き出しながら立ち上がる、心底残念そうなアストールの声。
「力のない者を庇って自らの命を縮めるとは……君は、人としてはともかく戦士としては失格だな。そのまま何も出来ずに朽ち果てるがいい」
「…………」
嘲るように……そして少し寂しそうにそう言いはなったアストールを、俺は無言で睨み付ける。
「裕太ぁぁぁぁぁ!!」
「来るな! ……ゴフッ……」
駆け寄ろうとしているミーコさんをそう征す。
アストールの身体からは、あちこちから煙が立ち上り、受けた傷の治癒に魔力の殆どをつぎ込んでいるのが見て取れる……
ここだ……
俺は触手を右手で握り締めてアストールに向かって口を開いた。
「俺はこれを待っていた……」
「何?」
「魔力がオーバーヒートしかかってるこの状態で……この至近距離で……しかも
「この状況で何を言ってる?」
「だから……
「っ!!」
俺の言葉は言霊となって、仕込んだ符呪魔術の発動キーになった。地中から触手状の光の束が伸びて行き、アストールを捕縛していく。
「我身に潜みし
「なっ!」
「きゃ! ダ、ダメ裕太! 今のアンタに
俺の詠唱に応じて溢れ出した呪火がこの身を包む。
それに驚いたアストールとミーコさんが何かを言ってる気がするが、それに構っている余裕はない。
ングッ……こんなにキツいもんなの? ミーコさんよくこんな妖術使いこなしてたな……。
俺は、自分自身に特殊な符呪魔術を施している。それは、ある特定の人物の体液を体内に入れることで、その相手の能力を借り受ける事が出来る、と云った術だ。
さっき、ミーコさんとキスしたときに、彼女の唾液が俺の中へと入ってきた。俺はこれを使ってこの術を発動させたのだ。
ただ俺は、この呪火を制御する自信はなかったので、確実に奴に当てられる状況が来るのを戦いながら見極めていたのだ。
「どうも長くは保ちそうにないみたいだね……こうなったら……根性見せたる! 出し惜しみせずに一気に行ったるわ!」
「グァ……さ、させるかぁぁぁぁぁ!!」
触手から呪火が伝わり、それに焼かれた痛みに顔を歪めつつも、アストールは全身の
しかし、その触手が俺の肉体を貫く前に、俺は呪火を爆発させた!
「ハァァァァァ!!」
ブォァァァァァ―
「グァァァァァァ!!」
呪火は俺を貫いてる触手を伝ってアストールに向かって伸びていくと、奴を包み込んで激しく燃え上がる。
クッ……ここが限界か……
「ハァハァハァハァ……うらぁぁぁぁぁ!」
ブォォォォォ―
「ガァァァァァ!!」
制御できる限界を悟ると、俺は最後の一撃をアストールに放ち、呪火を収めてその場に膝を突いた。
俺を貫いていた触手は、呪火に舐められ炭化して塵になっていたが、アストール自身までには致命傷を与えてはいない。
光の触手の拘束も流石に解けている。
「ハァハァハァ……まさかこんな奥の手を隠していたとはな……だが耐えきったぞ! 貴様は危険だ……今ここで死んでもらう!」
そう言い放ち、手のひらを俺に向けてくるアストール。手のひらにある
「さらばだ!」
「あんたがな……」
「
ドスッ―
「っ!! ガハッ…………」
アストールの放った触手は、俺の元に届く前に空中でピタリと止まり、そのまま力無く地面へと落ちていった。
そしてアストールは……その胸に大きな空洞が刻まれ、もう力が入らないのだろう、ドサッと膝を突いて崩れ落ち、唖然と自分の胸に出来たが空洞を見下ろしていた。
「こ、これは……風……」
膝を突いたまま後ろを振り返り、自分にトドメの一撃を入れた人物を視界に入れる。
「き、貴様は……堤下!」
「深葉夜姫の仇っす……」
堤下は、何時になく真面目な顔でそう告げる。
「ハァハァハァ……深葉夜? ……そうかあの磯姫……クックックッ……まさか貴様にやられるとはな堤下……水無月君、これは君の差し金かね?」
アストールは、向き直ってそう俺に問いかけてくる。胸の傷は致命傷な筈なのに、未だ命を繋ぎ止めているのだから大した生命力だ。
「……ああ。あんたのあの黒い闇の波にやられた堤下に式神を飛ばした時に、式神を通して堤下に伝えておいたんだ」
「フフ……やられたよ……堤下の事は完全に頭から離れていた……」
ここでとうとうアストールの肉体が、指先から塵となって崩れ始める。魔族に限らず、妖怪と呼ばれる存在は、その生を終えるとき例外なく塵となって消えるのだ。
「それが狙いだ。あんたに止めを刺すには、その有り余る魔力を防御に回させない必要があった。だから出来るだけ魔力を削いでオーバーヒートさせて、その上で更に不意打ちで防御する暇もないように攻撃させたんだ。それを成功させるには、それなりに策略を巡らす必要があったんでね」
一度意識から外れた存在を再び意識に浮かび上がらせるのは、思いの外難しい。俺は『途中経過はどうあれ、最終的にアストールの魔力がオーバーヒートした状態を作り出すから、お前は背後から止めを刺せ。それまでは死んだ振りしとけ』と堤下に伝えておいたのだ。
更に言うなら、雪女を援護して術を使わせ、冷気や雪煙りなんかで視界不良にさせたのも、堤下から意識を逸らさせる為だった。
アストールの身体の崩壊はどんどん進み、腕はなくなり身体のあちこちから煙が立ち上るかのように崩れていっている。
「その止め役に堤下を選んだその戦略眼に敬服するよ……仁藤と駒野が途中で出てくることは予想していたが、止めには伊集院が来ると思っていた」
「男爵が警戒されていることは分かっていた。白蘭や雪女じゃ妖力不足だ。堤下ならあんたに気付かれずに背後を取れるし、魔力による防御障壁が無ければあんたに止めを刺せると踏んだんだ」
「そして私は見事してやられた、という訳か……フフ……思い返せばつまらぬ人生だったが、最後の最後に楽しめた……君には感謝するよ……」
「別に感謝される謂われはないね。俺はミーコさんの為に戦っていただけだ」
視界が霞む……マズい……そろそろ俺も限界だ……。
「女の為か……今も昔もその心理は不変だな……だがそれもまた良し。いずれにしろ私が君に感謝しているという事実は変わらない……クックックッ……ファッハッハッ………」
哄笑を上げながら崩れていくアストール。ついには、頭部まで崩壊は進み、謀略のアモンの使い魔たるアストールは、一握の塵となってこの世から姿を消したのだった。
そして……それを確認したところで俺の意識も、俺の手を放れて深い闇の底へと落ちていく……。
ミーコさん泣かないで……
俺は絶対、君を残して死んだりしないから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます