ラストバトル-6 ミーコ
アストールに止めを刺そうとしたその瞬間、あたしの呪火は掻き消され、喉元から妖気が何かに急激に吸い上げられていく感覚に襲われた。
急激な妖気の減退は、あたしの身体から力を奪い、四肢を萎えさせ、
例えるならば、自分という存在が急速に無へと帰させられるかのような錯覚を心に植え付けられたのだ。
立っていることもままならず、あたしはその場に崩れ落ちる。
喉元をかきむしるが、それはいたずらに肌に傷を作るだけであたしの中の恐怖を取り除く事には何の役にも立ってはくれない。
「く………は…………」
目尻から流れ落ちる涙に構っている余裕もなく悶えるあたしを、突然軽い浮遊感が包み込む。
次の瞬間、恐怖で黒く覆われていたあたしの視界が開け、妖気の減退も幾分治まっていた。
「ハァハァハァハァハァ……」
荒く乱れた息を整えながら、なんとか上体を起こすと、あたしの視覚がアストールと裕太が戦っているを捉えた。
あたしは、どうやら裕太に何かしらの方法で助けられたらしい。
しかし、さっきまであたしの心を覆い尽くしていた恐怖感が正常な思考を巡らすのを妨げ、どうやって助けてくれたのかまでは思いを至らすことが出来ないでいた。
あたしは考えるのを諦め、取りあえずは立ち上がる。膝に力が入らず気を抜けばカクンと崩れ落ちそうになる。産まれたての子鹿状態だ。
目を瞑り、大きく息を吐いて心を鎮める。
そうか……今のは呪いだ。
正直、妖気を制御される呪いを受けた事は、自分自身の不注意が原因だった事もあったし、まぁしょうがないかと肩を竦めて済ましていた。まさか二段階で呪いが発動するとは思わなかったよ。
高位の魔族は他の種族を見下す傾向があるので、こんな回りくどい方法でかけた呪いに、ここまでの効力を付与するなんて思ってなかった。
未だ呪いは、その効力を発揮し続け、あたしの妖気を吸い続けている。
ただ、身体への脱力感と精神への恐怖感を引き起こしてはいたが、おそらくはアストールからの距離が離れたためだろう、その効力は明らかに弱まっていっている。この分だと、後数分で元の状態に戻るだろう。
でも、もう一度同じ状況に陥ったとしたら、今度は意識を繋ぎ止めておく自信はない。
このままじゃ、足手まといになっちゃう……。
そう思ったあたしは、近くにいた男爵に、もしかしたら知っているかもしれないと、この呪詛の外し方を知ってないかを訊ねてみることにした。こいつ、無駄に知識が豊富だし。
「う~む……ないこともないの」
一瞬考え込んだ後、男爵はそう答えた。
マジかい。このおっさんなんでもありだな。
「知ってるんなら教えて! このままじゃ、足手まといになっちゃう!」
「うむ……接吻だ」
「はぁ?」
「だから接吻だ。他者の影響を受けていない異性からの接吻……っておい! 待たんか! 全部聞くのだ!」
男爵が何か後ろで騒いでいるが、あたしはそれには構わず裕太に向かってダッシュする。
「裕太ぁぁぁぁぁ!!」
あたしはふと気付くと、呼び掛けに気付き振り向いてくる裕太の唇に自分の唇を押しつけ、そのまま地面に押し倒してしまったていた。
溜まってたし、しゃーないんやー
「……ん」
あたしは裕太を地面に押し倒すと、久し振りの感触に思わず裕太の閉じた唇を押し開いて舌をねじ込んでしまっていた……しゃーないんじゃー……一月ぶりなんじゃー……ぐふぇふぇふぇふぇ……
裕太もその気になったのか、すぐさま舌を絡めて応えてくれる。
「……ん………んぁ…んん…………」
あたしと裕太の間には、我知らず漏れ出すあたしの艶の混じった甘い吐息と、ネチネチとした舌と舌が絡み合う湿った音が響きわたる。
身体の芯が熱を帯び、全身の毛が逆立ち、己の中から滲み出る雫に自分の興奮を自覚させられたところで、あたしはハッと我に返った。
……やべ…………このまましちゃいたいんですけど。
今がそんな状況ではないことは百も承知であるけれど、ここ一ヶ月の禁欲生活が思った以上にあたしを追いつめていた事を今ここに自覚してしまったわけでして……と自分に言い訳してみたりしてみる。
…………アカン……どうしたって邪魔入るわ。
あたしは内心がっくりと肩を落としながらも、己の欲望を振り切る為に、ガバッと勢い良く身体を起こして裕太の唇から自分の唇を断腸の思いで引き離す。
あたしの唾液と裕太の唾液が糸を引いて繋がっている事に赤面しつつも、キスの効果を確認するため、自分を苦しめている元凶(呪詛)に意識を向ける。
……あれ? …………あれれ?!
「な、
涙を流して訴えるあたしを、隣に追いついて来た男爵は、呆れた視線で冷たく見下ろす。
「だから最後まで話を聞けと言っておるだろう。ただ異性と接吻を交わせば良いというわけではないのだ」
「うう……恥を忍んで人前でキスまでしたのに……」
「ワシには喜々として接吻を交わしているようにしか見えなかったがの」
だって一ヶ月振りだったんだもん……だなんて口に出したら、更なるツッコミが入るのは目に見えていたのでここはグッと堪える。
「……で? どうやれば解呪できるの?」
「何故それほどまでに偉そうなのだ? 全く……対象者の肉体に他者の霊気や妖気が混じっていてはダメなのだ。連れ合いとまぐわっている事が常だったお主達では、あの呪いは解呪出来ぬ。解呪するには……」
「要するに、相手が童貞じゃないとダメって訳?」
「正確には十年以上女性との交わりがない者である事だ」
十年以上……そりゃ裕太じゃ無理な話しだ。
何故か白目を剥いて伸びてる裕太を見ながらため息を吐く。
「ちなみに、相手が条件に満たない場合は、この様に精気吸引の効果が強く出る」
伸びてる裕太を指さしながらそう語る男爵。
道理で……実はキスした直後から生気が漲ってきてたので不思議に思っていたのだ……ん? って言うことは何かい?!
「あたしゃ解呪するまで、キスもエッチもお預けなんか?!」
最重大なことに気付いたあたしは、そう男爵に詰め寄った。
そんなの酷い!
「……心配するとこずれとらんか?」
「あたしにとっては大問題なの! 死活問題じゃい!」
どうしようどうしようどうしよぉぉぉ! そんなんやだよぉ! これが終わったら心行くまで裕太とイチャイチャしたいのにぃぃぃぃぃ!!
「う~んとえ~と裕太はだめだしあれじゃ仁藤だってだめだろうし……というかそんな事したら薫ちゃんに悪いか……手下Aはさっき童貞捨てたばっかだし雫や白蘭は女の子だし……どうすりゃいいんだぁぁぁぁぁ!!」
あたふたと右往左往しながら対応策を捻りだそうとするあたしだったが、対応策は一向に浮かんで来てはくれはしない。
そこで己の顔を指差す男爵の姿に気付いた。
「ワシがおるわい。ワシは妻に操を立てておっての。妻が行方不明になってからはずっと独り身で過ごして来て居るのだ。ワシとしても妻以外の者との接吻など御免被るところだが、今回はやむを得まい。さっさと済ませて解呪するぞ」
あ……あ…………あ、あああ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!! 目を瞑って唇を突き出してくる男爵の顔がぁぁぁぁぁ!! キモいぃぃぃぃぃ!!!
「ウニャァァァァァ!!」
「うごぉぉぉ!
あまりのキモさに我知らず右ストレートを突き出してしまった……すんまそん。
そして哀れな男爵は水を切って跳ねとんでいく飛び石の如く、小気味良いリズムで地面を滑り跳んで行く……マジ、すんません……。
「ウグ……」
そこで意識が戻ったのか、裕太がうめき声を上げながら身を起こした。
「だ、大丈夫?!」
「だいじょばないけど大丈夫と言っておく。それより話しは聞いた。俺としても、ミーコさんと男爵のキスシーンなんぞ見たくもないから今回はしなくていい……アストールは俺が何とかする」
……そういやアストールを倒す為に解呪しようとしてたんだっけ。
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