ラストバトル-5 裕太
俺は二枚の呪符を飛ばしながらアストールの懐に飛び込んだ。
呪符は空中で呪言が描かれた鳥に似た姿の式神へと変化し、奴を取り囲むように飛び散らばる。
俺の飛び込むタイミングに合わせて拳を振るってくるアストールだったが、俺がその拳を紙一重で避け、駒のように回転しながら更に懐に飛び込むと……その動きを読んでいたかのように腹部に刻まれている一番大きな
しまった……誘い込まれた!
「くっ!」
俺は咄嗟に右膝を折って崩れるように倒れ込みながら、アストールの攻撃を避けようと試みるが、後一歩のところでその動作が間に合わないことを悟る。
アストールの腹部から、熱を帯びた衝撃波が噴き出して俺に向かって襲いかかってきた。
飛ばした式神は、実は空気の振動を生みだし、アストールの感覚を少しでも削ぐためだけに飛ばしたものなので、ここでは役に立たない。俺は、身を堅くして服の袖口に仕込まれた呪符を頼りに、ダメージを最小限に抑えようと試みる。
ブオッ―
「ガハッ……」
焼き付くような熱さのを伴った衝撃波をまともに喰らい、後ろに吹き飛ばされ地面を転がる俺。呪符は顔を中心に障壁を張り巡らしていたので、下部の肋骨と腹部に深いダメージが刻まれる。
痛ぇ……おーまいがっ……。
ミーコさんと目が合うと、呆れたような視線で返された。
『ちゃんとセオリー通り、身体の中心から障壁を張り巡らせればそこまでダメージ受けなかったのに』
そんなミーコさんの心の声が聞こえてくるようだ。
もっと俺の身体を心配してくれ、と視線に思考を乗せて送り返したんだけど、プイッとそっぽを向かれて無視されてしまった。
シクシク。
ミーコさんは呪火の鞭を振るって、接近戦を試みてる男爵のフォローをし始める。
俺も早く加わらなくちゃ……。
そう考えていると、俺の身体を白蘭のブレスが包み込む。
俺が白蘭を霊獣として従えた時に仕込んだ符呪魔術の1つ、
これは、要するに自己治癒能力を増大する霊気の奔流なので、ブレスを受けている時間が長ければ長いほど高い効果が得られる……んだけど……う……
「うわぁぁぁぁぁ! 白蘭! ブレスの威力弱めてぇぇぇぇぇ!! 吹き飛ばされるるるぅぅぅ!」
俺は白蘭のブレスの奔流に吹き飛ばされ、戦いを続けるアストールの前にたどり着く。
「「っ!!」」
吹き飛ばされ、たどり着いた先でいきなりアストールの姿が目の前に現れた事に驚いた俺と、男爵とミーコさんの攻撃をしのいで反撃の一撃を繰り出そうとしたその瞬間に俺が突然視界に現れ驚いたアストールが、互いにほんの一瞬だったけど、思考と肉体が硬直して身動き取れなくなって隙を作り出してしまう。
因みに俺は逆さまだ。アストールもさぞかし驚いてる事だろう。
ブレスに吹き飛ばされるがまま奴の目の前を通り過ぎた俺の視界の片隅に、突如視界を遮られた形になったアストールがミーコさんの鞭に顔面をバシィィィンと打ち据えられている姿が写る。
「っ!!」
声にならない悲鳴を上げながら顔を押さえて飛び退くアストール。しかし、飛び退いた先には気を右手に集めて構えを取って待ちかまえている男爵の姿が!
「虎咆!」
強烈な気の篭った右ストレートがアストールに襲いかかる! 男爵の拳は奴の防護障壁にぶち当たると、激しい閃光を発してそれをぶち破り、奴の脇腹に突き刺ささった!
「グアァァァァァ!!」
響き渡るアストールの悲鳴……しまった……男爵に良いとこ取られた。
そして脇腹を抑えて悶絶するアストールの後ろには、四肢で地面を蹴って強襲しようとしていたミーコさんが、呪火を右手に集めて待ち構えている!
「ハニァァァァァ!!」
ミーコさんの拳がアストールへと襲い掛かるが、アストールは、ダメージが深いためか避けようとしない。
決まったか?!
パシュ―
勝利を確信したその瞬間、信じられないことが目の前で繰り広げられる。
ミーコさんの呪火がかき消され、彼女がそのまま崩れ落ちてしまったのだ!
「ミーコさん!」
ミーコさんは、目尻から涙を流し喉元を掻き毟りながら青い顔でガクガクと震えている。
唖然とその様子を見詰めていると、アストールがゆっくりとその身を起こした。その顔には明らかな嘲笑が浮かんでいる。
「……妖力制御の
苦々しくそう呟く男爵の声で、ようやくその存在を思い出す。
「その通り……こんな時のために、苦労して呪いをかけたのだよ」
してやったりの口調でそう語り始めるアストールに視線を向けながら、俺はミーコさん救出のための一手を奴に気取られない様に繰り出した。
「見ての通りこの呪いの効果は妖力制御だけではない。この呪いは、『限界近くまで妖気を凝縮して私に攻撃する』事で……まさに今のように、止め一撃を繰り出そうとしたその瞬間に真の効果が発動するのだよ。呪いに妖気を喰われるのだ。精神体に近い妖怪にとって、妖気の喪失はそのまま死に繋がる。これで金城嬢は我が手の内だ。残ったメンバーでどう戦うかね?」
勝ち誇ったかのようなアストールの口調。事実、今の状態ではミーコさんはもう戦力としては当てには出来ない。
その上、ミーコさんが横たわっている場所も悪い。アストールに近すぎる上に、俺と奴との対角線上にいるので、攻撃の妨げになってしまう。これじゃ俺お得意の不意打ちも威力半減だ。
不意打ちってのは、目に見える攻撃を囮にする事でその効果も増していくのであって、真正面からの攻撃が囮であることが初めからバレてたら、どんなに上手く本命の攻撃を仕掛けても、成功する確率は限りなく低くなってしまうのだ。
だけど俺はこのアドバンテージを逆手にとって、こっちに優位な状況を作らせてもらう……自分の女を痛めつけられて黙ってられるか! どんな状況であろうとミーコさんの泣き顔を見て良いのはこの俺だけなのだ!!
俺は空中で待機していた式神に意識を跳ばして命令を下す。
さっきも言ったとおり、この式神は空気を振動させる以外役に立たない。でもさ、空気を振動させるって事は、やろうと思えば『こんな』使い方も出来るんだよ?
「神気をもって魔なる威力を拒絶せよ!
「
この場には居ないはずの二人……仁藤と駒野の術の詠唱が声高々に響き渡る!
ギョッとして反射的に声が響く方に顔を向けるアストール!
俺はその瞬間、印を組んで、さっき奴の目を盗んで仕掛けた術を発動させた。
「……転移!」
俺とミーコさんの周りの影が波打ち、瞬時に俺たち二人を包み込む。この術は、術士と対象人物の位置を影を通して入れ替える術なんだけど、色々制約が多くて本来ならかなり使い勝手の悪い術なのだ。だけど俺とミーコさんは、互いの身体に互いの一部を残すことによって、呪符を使えばワンタッチで発動出来るように術を組み上げたのだ。
……まぁなんだ……要するにナニして俺の霊気の一部とミーコさんの妖気の一部を互いの体に埋め込んだって訳なんだけどね。ナニしてからの日数とか距離とかの制約があるから、実戦では大して役に立たないお遊び程度の仕掛けだったんだけど、思わぬところで役立った。
アストールは、仁藤と駒野の二人の声が、俺が式神を利用して作り出した疑似的な声だったことに気付き、慌ててこっちに向き直る。しかしその時には既に術は完成し、俺とミーコさんの位置が入れ替わっていた。
「な……」
「……
皆まで言わせず、攻撃を仕掛ける俺。
雷光を身に纏い、電光石火の速さでアストールの懐に入ると、体内の霊気を足元から螺旋状に動かしながら、先ずは片手をアストールの身体に添え穿ち、続けざまにもう一方の手を重ねて、更に打ち込んだ。
ドドシュ―
「グァ!」
霊気を伴った掌底の連撃はアストールの腹部突き抜け内部にまで衝撃を伝えるが、奴の高い防御能力と奴の強大な魔力が致命傷になることを防いでいる。
「洒落臭い!」
俺が更に追い打ちを掛けようとしたところで、アストールは瞬時に魔力を右腕に集めてそれを俺に振るってきた!
ズガァァァン―
「くっ!!」
俺は何とかそれを避けることに成功するが、拳が地面を叩き割った時に生まれた衝撃波と瓦礫の飛礫ををもろに食らって吹き飛ばされる。
空中で何とか体勢を立て直し、ズザッと地面を滑りながら叩きつけられる事はなんとか防ぐ。
飛び散った飛礫が身体あちこちに食い込んで俺に苦痛をもたらしていたが、再び白蘭の
「よくもお姉さまを!!」
その時、突如雪女の怒声が響き渡り、アストールに大量の氷塊が襲い掛かる。
「白蘭と言いましたね……あなたの妖気、少し分けて頂きます!」
雪女はそう呼びかけると、白蘭の身体に触れ、白蘭の妖気を使って一匹の氷の竜を作り出し、氷塊を弾き跳ばしているアストールに
さすがに妖怪だけあって回復が早い。
俺は雪女の早期参戦に感心しつつ、彼女の援護と今後の展開を自分に有利にする為に、一つの術を組み上げる。
「符よ……汝は異空を繋ぎし刻の扉なり……開け時空の扉よ!」
符で作り上げた扉が開き、雪女の妖気に反応してこの場に大量の冷気が送り込まれる。そして、それに気付いた雪女が、その冷気を使って更なる妖術を組み上げていった。
「雪妖と氷の化身! この場にあなた達の世界を作り上げて!」
その呼び声に応えて、雪妖達と氷の化身達が雪女を中心に渦を巻いて集まってくる。
そして瞬く間に、美しくも儚い白い雪原が俺たち目の前に広がっていった。
目の前に広がる雪原に、目を閉じて手を突く雪女。
次の瞬間、雪原のあちこちから雪竜や氷鳥、氷狼などの様々な精霊獣が雪煙りを撒き散らしながら生まれ居出てはアストールへと向かって襲い掛かっていく。しかしその殆どは、アストールの一撃に虚しく散って逝く。
「クッ……」
悔しげに眉を顰める雪女。しかし、それでもめげる事なく次々と精霊獣を作り出し、更には氷錐やブレスを放って何とかアストールに対抗しようと試みている。
その心中にあるのは、アストールに対する深い憎悪……彼女にとってはそれを晴らす為のこの戦いなのだろう。
しかし、実力差は歴然だ。雪煙りや冷気が巻き上がり視界不良になるだけで、ダメージらしいダメージを与えるには至っていない。
俺は、更に彼女を援護するため呪符を取り出し念を込めながら準備する。
「裕太ぁぁぁぁぁ!!」
すると、突然響きわたるミーコさんの呼び声。あまりの切羽詰まった叫び声に、思わず俺は振り向いた。
「っ!!!」
軽い衝撃と共に視界に飛び込んできたのは、目元を紅色染めて目を閉じているミーコさんの顔……そして唇には、そのミーコさんの柔らかな唇が押し当てられ、俺はそのまま地面に押し倒される。
何事だと混乱していると、俺の唇を割ってミーコさんの舌先が艶めかしく入り込む。俺は反射的に舌を絡めてそれに応えてしまっていた。
「……ん………んぁ…んん…………」
ミーコさんの甘い吐息とネチネチと舌が絡み合う湿った音が二人の間に響く中、俺は顔を紅く染めているミーコさんの、毛に覆われている猫耳に目を向けた。猫耳は毛が逆立っており、俺に彼女の激しい興奮を知らせてくる。
そして俺もそんなミーコさんの様子に興奮し始め…………る事も出来ずに、身体からどんどん力が抜け落ちていく事に恐れ慄き、ともすれば桃源郷の彼方へと旅立とうとする己の意識を必死に繋ぎ止めているのだった……ってミーコさんのキスはエナジードレインかい!
心の中でツッコミを入れる俺なのであった。
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