ラストバトル-4 裕太


「いつまでも弾き飛ばせるだなんて思ってんじゃないわよぉぉぉぉぉ!」


 その絶叫と共に急激にスピードが上がっていくミーコさんの攻撃を見て、この先現れる筈の決定的な隙を見逃さず捉えるため、今すぐ攻撃の準備を整える必要があることを悟る。


 俺は懐から呪符を取り出して、言霊に乗せて念を込め始める。ふと気付くと、他の仲間達も俺と同様にそれぞれ呪文を口ずさみながら攻撃体制を整えていた。


「符よ……汝は神が怒りの裁きなり……鳴り響け! 刻と空をも引き裂いて!」

「風の精霊よ……時の狭間にたゆたいし乙女達……」

「其は何ぞ……我がかいなは大地をも砕きし巨人の鉄槌なり……」

「ガルルルゥ……」

「雪妖達……私に更なる力を……」


「てやぁぁぁぁぁ!!」



 バシュ―



「グアァァァァァァ!!」


 そこで一際大きい破裂音が鳴り響き、アストールは苦痛の呻きを発しながら吹き飛んだ!


「今よ!!」


 肩で息をしながら俺達に合図を送るミーコさん……そして俺達は一斉に術を解き放つ!


「雷鳴迅!」

鎌射太刀かまいたち!」

鎚咆哮ついほうこう!」

「ワウォォォォゥゥゥゥ」

青炎の御剣あおのみつるぎ


 俺達の放った攻撃が体勢不十分なアストール目掛けて突き進む!


 アストールは、なんとか空中で体勢を整え地面に着地し、両腕をクロスして、手のひらをこちらに向けて俺達の攻撃に備えているが、あれでは完璧な防護障壁を張り巡らすことなんて出来るわけがない。


 俺は、倒すことは叶わなくとも、大ダメージを与えることを確信して、止めのための術を繰り出す準備をすぐさま開始す……な!?


 アストールの全身のが動きだし、一斉に呪文を唱えだした!


闇に潜みしダルフェダル

更なる闇よフェスダルァ

アストールアストールが名に於いてニメュア

集えジルフェル

破壊の衝動そのままにデュトィプリュ

深き絶望とディデュスァン

狂気の底よりィンサァボゥデュ

滲みいでしォウヴラュ

闇の福音ダルガズァポリュ……』


 呪文は一瞬で完成し、アストールを瞬時に『闇』が包み込む。


「「「「「っ!!!」」」」」


黒の波バュクゥエリュエ


 その言葉と共に黒い衝撃波が俺達の攻撃を吹き飛ばしながら嵐のように吹き荒れる。


 俺は攻撃用に取り出していた符を使って咄嗟に防護障壁を張り巡らせるが、完全には防ぎきれない!


「っ!!」


 大波に浚われるが如く為す術もなく吹き飛ばされ激しく地面に叩きつけられる俺。苦痛の呻きが口を吐いて出てくるが、あまりの痛みに、それを声として認識する事もままならない。しかし、俺の服に仕込まれた回復護符が働き、なんとか致命傷は避けることには成功したようだった。


 このままではアストールの追撃を受けてしまう……と、無理矢理に体を起こして奴の動向を探る。


 アストールは肩で息をしながら俺達の方を……いや、唯一自らの足で立っているミーコさんの方を見つめている。


 なんとミーコさんは今の黒い衝撃波を無傷で凌ぎきってしまったみたいだ。


 ミーコさんの身体は黒い呪火に包まれている。おそらくは、咄嗟に呪火の鞭を元に戻してそれをその身に纏ったのだろう。彼女の呪火はかなり優れた防御能力を有しているのだ。


 アストールへの牽制はミーコさんに任せて、俺は他の仲間の様子を確かめるため頭を巡らす。


 男爵と1番離れた場所にいた白蘭は、傷つきながらも何とか無事なようだ。


 男爵はこめかみ辺りから一筋の血を流し片膝を突いてはいるが意識ははっきりしているようで、アストールの方を注視して警戒を続けている。


 白蘭は身体の至る所から出血しているものの、その傷は致命傷には至ってはおらず、すでに再生を開始していた。


 問題はあとの二人だ。


 雪女は、右わき腹と左肩に自らが張り巡らせた氷壁の破片が突き刺さり、口の端から血を流して息も絶え絶えの状態だ。


 堤下に至っては、地面に大の字に転がったままぴくりとも動かない。胸は上下しているので死んでしまったわけではないようだが。


 俺は呪符を取り出して式神を作り出すと、ダメージの深い二人の元に送り出した。


 これで、完全には無理でも、ある程度ならば回復を見込めるはずだ。


 そして俺は再びアストールへと注意を向ける。


 こっちは全滅は免れたが、かなりのダメージを負ってしまった。対してアストールは既にミーコさんから受けた傷の殆どが回復してしまっている。魔力の方はどうか分からないが、肉体が完全に回復したのなら、魔力の方も直ぐに回復してしまうだろう。


 このままではマズい。作戦を立て直さないと……そう考え、思考をフル回転させる。


 俺は呼吸を整え立ち上がると、白蘭を回復要員に回すため一歩下がるように命を下し、アストールとにらみ合っているミーコさんの横へズイッと進み出る。


「傷は?」


 目でアストールを牽制しつつ、口だけでそう確認してくるミーコさん。


「死にそう」


「つまりはまだ死んでないから大丈夫ってなわけね」


「そうとも言う」


「何か作戦は?」


「術の出足が早くて間合いが広いミーコさんの女おぅ『ボゴッ』……ぃらぃ……呪火の鞭で奴の魔法詠唱を邪魔しつつ、俺と男爵で攪乱し、三人のうち隙を見つけた一人が奴に止めの一撃を繰り出すって感じ? 残った二人はそれをフォロー。白蘭は回復要員」


「つまりは行き当たりばったりで行きましょうってなわけね」


「せめて、臨機応変と言ってくれ」


「裕太にしては雑な戦略ね」


「万策尽きちゃったって感じ?」


「可愛く言ってもダメなものはダメだし」


「そこはそれ、二人の愛の力で残りはカバー」


「それでいきましょう」


「……言ってて恥ずかしくない?」


「言わせたのはあんただし!」


「そうかな?」


「そうよ! このオトボケ課長が! ……雫と手下Aは?」


「オトボケ課長とはセンスが古い……雫って雪女のこと? 彼女は重傷。堤下は気絶してる。どっちも傷は深いけど、式神送ったから命に別状はないと思う」


「そう……」


「大切な愛人が無事で何より」


「だから違うって言ってるし!」


「あ、1つだけ良い?」


「何よ」


「さっきミーコさんに殴られた所が一番痛い」


「世の中そんなもんよ」


 夫婦漫才さくせんかいぎをさらっと終えると、俺とミーコさんは二手に別れた。


 丁度、立ち上がった男爵と合わせて正三角形を描いて取り囲むと、それぞれに構えを取ってアストールと対峙する。


 アストールは既に立ち上がり、こちらの出方を窺っているようだ。迂闊に動けばミーコさんの鞭が襲い掛かる……魔法の詠唱を始めれば、その隙に無防備な肉体にミーコさんの鞭が叩きつけられるからだ。彼女の鞭は奴の魔法防壁を易々と打ち破ることができるのだ。


 そして俺はそのミーコさんの攻撃を最も効果的に使う方法を思い付いた。


 俺は目を瞑り・・・・アストールに向かって、一見すると無防備と思えるほど、ゆっくりと歩みを進め始めた。


「?」


 アストールはミーコさんに注意を向けたまま、俺に向かって片腕を持ち上げ手のひらのから何かを飛ばしてくる。


 俺はそれを目では見ぬまま、必要最小限の動きで躱してみせる。


「…………」


 ここまで伝わる奴の驚き。そしてアストールは続けざまに同じ攻撃を……今度は連続で放ってくる。


 落ち着け……身体の全てを使ってこの場の全てを感じ続けろ……勝手に自分で自分の限界を作るな……360°全ての気配を捉え続けろ。


「っ!!」


 俺は飛んでくる奴の攻撃を歩みを止めずに避け続ける。


 奴の殺気を感じ取り、奴が攻撃を仕掛ける瞬間から既に回避行動に移っているから出来る芸当だ。


 だけどこの行動、実は奴の攻撃に対しての備えじゃなかったりするんだよね。


 奴との距離が2mくらいまで来たところで、俺はようやく足を止めた。


 アストールは俺の行動に驚きながらも、余裕の笑みをその口に浮かべている。


 笑ってられるのも…………今の内だ!


 俺が軽く首を傾げると、その空いた空間を通って、黒い鞭がアストールに向かって伸びていった!


「っ!!」


 避けきれずにまともにそれを喰らうアストール!


 俺が意識を集中して備えていたのは、アンタじゃなくてミーコさんの攻撃に対してなんだよ!


 更に追い打ちをかけるように、俺が放った呪符が襲う。


「爆ーバンッー」


 呪符はアストールの腕に触れると、すぐさま激しい音と共に破裂するが、これは大きなダメージを与えるには至っていない。


 アストールは呪符には構わず俺に向かって拳を振るうが、俺はヘッドスリップでその拳を躱して懐に飛び込み、お腹あたりに呪符を貼り付け、後ろから俺目掛けて飛んできた鞭の一撃を軽くステップを踏んでひらりと避けながら身を翻す。


 鞭は俺の残像を突き抜けて、アストールの腹部に貼られた呪符を打ち据える。その瞬間、呪符は破裂音と共に爆発し、今度は奴の皮膚を黒く焦がした。


 アストールは軽くうめき声を上げるが、俺が一歩退いた隙と、ミーコさんの攻撃直後のタイムラグを利用してすぐさまを開いて呪文を唱え始めた。


「ぬん!」



 ドカッー



 しかしそれを、気配を殺して背後から仕掛けた男爵の拳が妨ぐ!


「チッ!」



ーヒュンー

ーバシッー



「グアッ!!」


 再び襲い掛かる呪火の鞭に、たまらず苦痛の声を上げるアストール。


 そして、俺は更なる追撃のため、再び奴との間合いを詰めたのだった。


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