前哨戦-4 裕太
ミーコさんの一言が、最後まで残っていたアストールの中の迷いを断ち切ってしまったようだ。よっぽど腹に据えかねたんだろうな。
そりゃ、500年もの間、
ミーコさんは、何でアストールが怒っているのかいまいちよく分かっていない様子で、その事もアイツの怒りの要因の一つとなっている。
「貴様のような下賎で下等な半妖に心を奪われるアモンの気が知れぬわ!」
「…………」
余りに低レベル且つ型に通りな発言に、呆れてしまう俺ら一同。完全にセリフが三流悪役のそれだ。怒りを覚えるどころか、逆に哀れに思えて来てしまう。まるでピエロだ。
そんな俺らの視線に気付いたのだろう、アストールは一瞬ハッとした表情を見せるが、直ぐにそれを消して口を噤み、内ポケットから小瓶のような物を取り出し、俺たちに見せつける様に掲げてみせる。
「これは、私が作った『魔性のエキス』と呼ばれている生物の属性変換薬だ。液体のまま体内に取り込めば魔族として覚醒する。藤堂と榊がどうやって魔族へと覚醒したかは……言わなくてもわかるな?
コレは空気に触れると霧状に変化する。この霧が体内に入り込むと、対象の生物を魔属性の生物へ作り替える性質がある。作り替えられた対象は、エキスの所有者に対して絶対服従の『呪』で縛られることになるのだ。
唯一の欠点は霧状にしてしまうと空気と同化し効果が薄くなり、抵抗力の強い者には効きが悪いという事だが、幸い此処は瘴気で満たされている。
その上……有難う。君達が藤堂と榊を殺してくれたおかげで、この場を魔素で満たす事も出来た!
この底なし沼で身動き取れぬままに、『魔』へと堕ちる『絶望』と『快楽』に打ち拉がれるがいい!」
アストールは告げると、その小瓶を俺達の手の届かない位置に投げ放った。俺達は底なし沼の中、突き出されている亡者達の手に絡め取られて身動きが取れない。
小瓶は弧を描いてそのまま地面へと吸い込まれていくかに見えた……が……
ヒュン―
「そう簡単に思い通りに行くと思ったら大間違いッス!」
寸前のところで堤下が風を操って小瓶を受け止める。
パリン―
「無駄な努力ご苦労だったな堤下」
一瞬の空白の後に、俺達の背後から瓶の割れる音が鳴り響き、それと共に勝ち誇った様にそう口を開くアストール。
「水無月くん……キミを見習って私も姑息な策略を巡らせてみたよ。この手の策略は姑息であれば姑息であるほど効果的であるのだな。こんなに上手く行くとは思わなかった……クックック……」
「そいつはどーも。なかなかの策略だったけど詰めが甘い。まだまだ俺の姑息さの足元にも及ばないな」
「クックック……負け惜しみも、こんな下らぬ内容ではいっそ哀れに感じるよ。君たちは、今後私の手となり足となるだ。そもそもこの場に立たざるを得なくなったこと自体がこの結末を決定付けていたのだよ! 金城嬢に呪をかけ、瘴気に満たされたこの異空間に誘い込み…………? 何だ? な、何故霧が出てこない……」
事態の不審さにようやく気付いたアストールは、焦ったように声を荒げる。
「だから言ったろ? 俺の足元にも及ばないって」
俺がやった事は単純だ。要するにこっそり式神を放ってこのエリアを隅々まで監視していただけだ。
アストールの今の一連の行動……囮の小瓶を投げ放った陰で、本物の小瓶を俺達に気付かれないように投げ放っていたのを、式神を通してしっかりと見ていた俺は、式神を飛ばして空中で小瓶をキャッチし、別の空の小瓶を投げ捨てさせたってわけだ。
「因みに割れたのは単なる元気ハツラツ飲料の空き瓶ね」
「あんた日ハムファンじゃなかったっけ?」
「日ハムファンでも好きなものは好きなの! そもそも俺はアンチではな……」
「あたしの前で少しでもあそこを讃える事を言うようなら東京湾
東京湾を埋めてどうする……と、ツッコミを入れようとしたけどなんか薄ら寒い反応が帰ってきそうなので無視を決め込む事にしよう。
「……そ、それはこっちに置いといて、まぁ常に二手、三手先を読んで手を打っとかないと、本物の策士とは呼べないぜ? それと……」
呪符をパサリと落とすと、それを中心に光状の線が伸び、魔方陣が描かれる。
「時間を掛け過ぎだよ。沼と亡者を解析する時間がたっぷりで助かったよ」
一瞬の
こうして自由を取り戻した俺達を見下ろしながら、アストールは身じろぎ一つ出来ずにいる様だ。
その顔からはさっきまで浮かべていた、相手をあざ笑うかのような嘲笑が消え、驚愕からか、ただただ唖然とした様に口をぽっかりと開け、目を見開いていて立ち尽くしている。
しかし、次の瞬間目と口を閉じると「クックックッ」と押し殺すような笑い声を上げ始めた。
「クックックッ……いや、人間もまだまだ捨てたものではないな……この私がこうも容易くしてやられるとは」
その顔に笑みを浮かべそう独りごちるアストール。その笑みは、今までのようなこちらを馬鹿にするかのような卑下た笑い方ではなく、例えるなら強者に出会えた武道家の様な凄みのある笑みだった。
しまった……追い詰めすぎたか?
俺は、こいつを怒らせて冷静な判断力を削いだ上で闘いを挑むつもりでいたのだ。
冷静に考えれば、魔力においても経験においてもアストールの方が数段上で、まともにやっても勝ち目は薄い。唯一、差しで戦っても互角な戦いを演じれそうな美依さんは、今現在妖気を抑えられているので100%の
「チッ……」
俺は舌打ちをすると懐から呪符を取り出して備える。
「フフフ……私も使い魔となる以前はそれなりに名の知れた術士であったのでな……実は戦う事は嫌いではない。魔族となり使い魔として動くようになってからは、命じられるがままにその
何やら吹っ切れたように、その表情から迷いと俺達に対する侮りが消え、自信と凄みが増していく。そして俺達は、奴の一言一言重ねる毎に膨れ上がっていく魔力に、徐々に圧倒され始めていた。
マズい……
俺が焦って行動を起こそうとしたその時だった。
「フンッ!」
男爵が集めた闘気を大地に叩きつけ、アストールに向かって衝撃波を放つ!
「ハァッ! ……フハハハ! さすがだな伊集院!」
その衝撃波を力でねじ伏せ、アストールは狂気が混じった哄笑を上げる。
「ワシの仕事は貴方の監視といざというときの当て馬ですからな。全力をもって、その任に当たらせていただきましょう」
アストールと同様に、全身に気を漲らせて相対する男爵。それにつられるように各々が戦闘の態勢を整える。
その面々を見回して、俺は心の中で舌打ちをする。
チッ……このままじゃマズい……時間を稼がないと……
しかし、俺のそんな考えをあざ笑うかのように、アストールが行動を開始する。
「ククク……クハハハハハハ! ゆくぞ! 見事、私を倒してみせねば生きて帰れることなど出来ぬと思え!!」
そのセリフと共に、再び膨れ上がる魔力。そして同時に奴の身体も異形の者へと変化していく。
「むっ!? いかん!!」
一番アストールの近くにいた男爵が、事態の深刻さを覚ったのだろう、奴に向かって肉迫していく。
そうだ……このまま奴の魔族としての本性を解放させるのはマズい。こっちは既に戦闘に耐えられないほどのダメージを負ってる奴もいるんだ!
少しでも時間を稼いであいつらを逃がさなきゃ!
「ハッ!」
俺のそんな思考と重なるように、男爵の拳がアストールに襲いかかる。
ガシッ―
しかしその拳はアストールの変化しかかってる左手にあっさり遮られる。
ヒュン―
バシッ―
「ニィィィッ!」
「付け焼き刃とは言えなかなかの連携だ」
男爵を囮に背後から襲いかかったミーコさんだったんだけど、その一撃も防がれてしまった。
「しかしその程度では……」
「
「
密着状態からの妖気と闘気の解放系攻撃! ミーコさんと男爵の捨て身の攻撃がアストールを襲う!
「クッ!」
「ぬお!?」
「ニギィィィ!!」
妖気と闘気とアストールがとっさに張り巡らした魔力障壁が反応しあい、その場に激しい爆風が吹き荒れる。ミーコさんと男爵はアストールをその場に残して吹き飛ばされた……俺が思い描いていた通りに!
「符よ! 汝は
俺の手から放たれた無数の符が、爆風で身動きの取れないアストールを取り囲むように散りばめられる。その符によって生み出された次元の裂け目から現れた光の触手が、奴を捉える事に成功したのたのだった。
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