ラストバトル-1 裕太


 アストールは、次元の裂け目から伸び出てきた光の触手に絡め取られて身動きが取れなくなっているはずなんだけど、その顔からは微塵の焦りも感じられない。


 ……保って数分か……


 一刻の猶予もないことを悟った俺は、ダメージの深い駒野と、霊気がスッカラカンの仁藤に向かって声を張り上げた。


「仁藤! 駒野を連れて早く逃げろ!」


「はぁ?! んなこと出来るか! 俺はまだ戦える!!」


 案の定、そう反論してくる仁藤。駒野も不服そうな顔をしている。


「霊気がスッカラカンでどうやって戦うの? 駒野もそんなダメージじゃ返って足手まといだよ」


「んな気遣いはいらん!」


「僕だっ…………!?」


 叫びかけた駒野がふらりとふらつき、膝を突きかけると、隣にいた仁藤が慌てて抱き止めて支えた。


「ほれ……そんなんじゃ出来るっつっても説得力無いって……サッサとこの場から離れなよ」


「……なら薫だけ逃がす」

「基!」


 サングラスを指で抑えながら一瞬考え込んだ後にそう言い放つ仁藤と、それを眼鏡越しにキッと睨む駒野。


「……納得いかないってさ。は置いてけないって言ってるぞ?」


「…………」


 仁藤は、俺の言葉に少し眉間に皺を寄せて考え込んでいる。


「ぼ、僕はそんなつもりで言ってるわけじゃ……」


 駒野が慌てて俺の言葉を否定しようとしていたが、俺はそれを無視して更に仁藤に対して言葉を重ねる。


「仁藤。アンタにとって、この戦闘は、相方を危険に晒してまで行わなきゃなんない物なの? 何が重要で何を優先させるべきだ?」


「基! 僕の事は気にせず戦って下さい! 僕は……」


「…………」


 仁藤は更に皺を深めて考え込んでいる。


「ここは俺らだけで十分だ。お前はお前の役目を果たせよ。戦うことだけが道じゃないはずだろう」


「何かよく分かんないけど兄貴の言うとおりッス! この場は俺達に任せて逃げるッス!」


 耳をそばだてていた堤下が、タイミング良くそう声を上げたことで、仁藤は考えを固めたようだった。


「……分かった。死ぬんじゃねーぞ」

「基! うわっ!」


 直ぐ様止めようとした駒野を無理矢理抱き上げ、くるりと回れ右して駆け出す仁藤。


「ち、ちょっと! 基! 降ろして……」

「……じっとしてろ……」


 真っ赤な顔で抵抗する駒野にそう声を掛けながら、仁藤は遠ざかっていく。


 駒野……もうバレバレなんだって。


「やっぱりそうだったんスね……」


 その時、隣から堤下の呟きが聞こえてきた。


「あの二人、やっぱりそんな関係だったんスね……」


 そう……駒野は駒野家の跡取りとして、男として振る舞っていたようだけど、実は……


「あの二人……ゲイだったんスね……」


 ズコ


「あぁぁぁ! け、結界がぁぁぁぁぁ!」


「勿体ないッス……二人ともモテそうなのに……」


 あ。仁藤と駒野もズッコケてる。


「でも俺は応援するッス! 二人とも周りからの偏見なんかに負けないで頑張って欲しいッスぅぇぇぇぇぇ!」



 ズッガァァァンー



 二つの巨大な岩が飛んできて堤下は慌ててそれを避けた。


 こいつは……んとに……。


「僕は……いや、なんです!」

「いい加減、気付よ……」


 こめかみに血管を浮き上がらせてそうツッコミを入れる二人。意外に元気だなぁオイ。


「エェェェェェェ! き、気付かなかったッス……」


 目を丸くして驚く堤下。


 こいつの洞察力は多分カメムシにすら劣るな。


「もうそろそろ良いかね?」


 その時、呆れたようなアストールの声が耳に届く。目を向けると既に結界は破れていたが、アストールもズッコケているので身動き取れずにいたようだ。


 恐るべし堤下栄。


「こんなんで良ければあんたにくれてやるけど?」


 堤下を指差して真顔でそう言う俺。


「遠慮しておこう。今後は出来れば部下は選びたい」


 これまた真顔で返してくるアストールに、元々あんたが選んだ部下なんじゃない?って突っ込んでやろうかと思ったけど、それでは堤下が哀れなんで止めておくことにする。


「ふぅ……それではゆくぞ?」


「一声掛けるなんてあんたも意外に優しいんだな」


 これは勿論皮肉だ。


「さっきも言ったであろう? ここからは自分の戦いの欲求を満たす為の言わば私闘だ。不意討ちや騙し討ちでお前達を倒したところで意味はない。楽しませてくれよ? この私を本気にさせたのだ……お前達にはその義務がある……」


 そう言うと、アストールは中途半端に覚醒していた魔族としての本性を再びさらけ出し始める。


 紳士然としていたアストールの風体は、ビデオテープの早送りのように急激にどんどんと様変わりしていく。


 まずは手の甲に血管浮きだし、爪が太く鋭く伸び始める。肘の辺りからは、獣の犬歯のような突起が生え出して背広の袖を突き破り、そのまま袖を切り裂いて腕が剥き出しになっていく。


 その腕全体にびくりびくりと血管が蠢き出すと、次の瞬間その蠢きが体全体へと広がっていき、着ている背広を破り裂きながら、身体の体積を急激に増加させていく。


 肌の色は灰色へと変化していき、まるで冷たい無機質な物質へと成り代わったかのようにメタルチックに光を反射している。


 女性からの支持が高かったらしい彫りの深いその顔は、目鼻の凹凸がない、まるでむきゆで卵のようなつるりとした顔へと変貌してしまっている。頭からは二本の細身の角らしき物が生えており、顔に残った口と相まって、その異様な雰囲気を倍化させていた。


 四肢も体幹も、元のサイズの3倍近くまで膨れ上がり、全身に無数の口と思わしき切れ込みを刻み、アストールは魔族としての本性の解放を完成させたのだった……って呑気に解説してるじゃないな。


 異形の姿へと変貌を果たしたアストールたけど、姿形だけではなく魔力の増加も半端じゃないな。


 正直言って逃げ出したいよ俺は。


 ふと視線を向けると、ミーコさんも俺と同じ心境だったのだろう、こめかみからたらりと汗を一滴垂らして、困った顔でこちらに顔を向けていた。


「いやぁ……ここは若い方々にお任せして、わたくし共はお暇させて頂くと致しましょうかねぇ?」


 ひきつった笑みを浮かべてそう口を開く。


「それは賛成。ではみなさんご機嫌ようさようなら」


 シュタッと片手を挙げて立ち去ろうとしたその瞬間、アストールの声がその場に響きわたる。


「フッフッフッフッフッ……この後に及んでそれ程の軽口を叩けるのだから恐れ入る。既に恐怖に取り憑かれて口も利けぬ輩も出てきておるのだがな」


 そう言われ見渡すと、雪女と堤下、そして白蘭がガタガタと身体を震わせて身動き取れずにいる。これほど魔力の差を見せつけられたのだから無理もない。


 俺とミーコさんのセリフにツッコミが入らなかったのはこのせいか。


「しかも、既に周りに符呪魔術のトラップを仕掛けているな?」


 気付いたか……目ざとい奴め。


「私が『力の解放』に費やした時間など十秒に満たない程度の時間であったはずなのだが……あの短時間でどれほどのトラップを仕掛けられたのか……それではお手並み拝見といこうか!」


 アストールがそう声を張り上げると、奴の全身至る所に切り込まれている口が一気に開き、金切り声を上げ始めた!


 これって恐怖の咆哮スクリームか?!


 俺は即座に音のパターンを分析し、式神を通じてそれを打ち消す音波を放つ。同時に本能的な恐怖に震えている白蘭に心の中で命令を下した。


『白蘭! 聖咆哮ブレスだ!』


 俺の呼びかけで、白蘭を戒めていた恐怖心が瞬時に溶け、自らの聖気が籠もった聖咆哮ブレスを上げ始めた。


 聖獣の咆哮には『魔除け』の効果があると言われている。でもそれは、一般的に言われているところの『魔』を払う能力ちからと云う訳ではない。ここで言う『魔』とは精神的な意味合いが強いのだ。俺は白蘭の聖咆哮ブレスを使って、恐怖心で身が竦んでしまっている、雪女と堤下を戦力として立ち直らせようと図っているのだ。


 因みに男爵とミーコさんは、この中にあって、平然とアストールと対峙している。


 俺の思惑通り、白蘭の聖咆哮ブレスを受けた雪女と堤下がびくりと身体を震わせ、目に光が戻り、慌てたようにそれぞれ戦闘態勢を取って構えた。これでもう大丈夫だろう。


 俺は堤下に目配せをし、それに堤下が気付くと、アストールの方に目を向け、再び目配せをする。堤下はそれに頷き、両手で印を組んで呪文を唱えだした。


「風の精霊よ! 流れ乱れて、いけとし生けるもの全てを安らぎへと導く沈黙の鐘を鳴らせ!」


 堤下の呪文の詠唱と共に広がる沈黙の波。その波が辺りを覆うと、響きわたっていた金切り声と咆哮が突如乱れて、この場を沈黙が支配する。


 それを確認し、俺はアストールに向かって走り出したのだった。


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