前哨戦-3 ミーコ


「貴様らは今の世に思うところは無いのか? 統治者に志は無く腐敗が進むばかり……守るべきはず民草は守られる事を当たり前に捉えて自らを律する事もしない……能力者は道具と捉えられ、何も知らない民草は、我々をただただ化け物と距離を置く。我々はなんの為に妖魔や犯罪者と相対しているのだ?

 何故そうなったのだ? 

 魔王達が人の世に姿を現さなくなってから500年余り……それは魔王のしもべたる我々に取っての500年と同じ物だ。人間を導く事を是とした筈の魔王達が、あの日、突然人間界から姿を消した……故に導き手を失った民草は、奢り昂ぶり腐敗に歯止めが効かなくなったのだ!

 恐らくは魔王達もこうなる事を見越していたのだろうな。人間は魔王達に見捨てられたのだ! ならば誰か力ある者が変わりを努めねばなるまい……つまりは……」


「ああ、もういいって。あまりに予想通り過ぎてつまんないよ」


 ため息を吐きながらアストールの言葉を遮る裕太。


 よかった……長々と今の話を聞かされ続けるかと思ったよ。


「何?」


 気持ちよく演説していたアストールは、裕太の横やりによって話を無理矢理中断されたので、不機嫌そうにコチラを睨む。


「だから予想通り、想像通りなんだよ。あまんまりにも予想通り過ぎて、俺、聞いてて欠伸が出ちゃった」


「そうね。要するに魔族としての能力ちからを持ったまま現し世うつしよにいるから何か勘違いしちゃったんでしょ? あんたみたいなのが、そこら中に一杯いるから魔王達は呆れちゃって人間界から身を引いたのよ。ま、見捨てられたってのは正しい表現かもね」


「……貴様……魔族が人間に比類するとでも? 侮辱する気か?」


 眉間に皺を寄せ、唸るように詰問の言葉を発するアストールを遮って、あたしは再び言葉を重ね始める。


「侮辱? 事実は事実よ? 大体今のを侮辱としか受け取れないような心が狭い奴が、魔王なんかになれるわけないじゃん。所詮は能力ちからを与えられただけの単なる使い魔だわね。考え方が、典型的な権力を握った人間の考え方と同じなのよ。それで魔王だなんて片腹痛いわ」


「貴様に魔王の何が分か……」

「あんたよりよっぽど分かってるわよ。あいつらから直に聞いた話だもん。『能力ちからを手に入れた人間程手に負えない者はない』って言ってたわよ?」


 激高しかけるアストールを三度遮って、あたしはアストールの言葉を否定する。


「いかに、我が主『謀略のアモン』様の気に入りとは言え、魔王の何たるかを半妖の貴様ごときが語るなど、許される事だとでも思っているのか!! 身の程をわきま……」

「その考え方自体が、人間の域を出ることが出来ていない一つの要因になってるって事だろ?」


 再び激高しかけるアストールの話の腰を、絶妙なタイミングで折る裕太。しかし、アストールの反応ってあんまりにも型にハマりすぎてて笑っちゃうわ。


「そう言うこと。主の名前を出さないと怒りを表現出来ないような奴が、身の程云々なんて言葉を口にして欲しくないわよね。ある意味、裕太の方が『魔王』に近い素質を持ってるわ。裕太は全ての存在に対して平等で、噂や外見なんかに惑わされずに自分の目と耳で善し悪しを判断するしね。しかもその善し悪しってのも自分の中の正義に基づくものだから、魔王達にとって何よりも重要な『個の確立』を見事に踏襲してるし。まあ裕太は人間であって魔族ではないから、どう頑張っても魔王にはなれないけど」


「なりたいとも思わんね。俺は俺だし」


「まさしく『そこ』が『個の確立』ってやつなのよ。裕太みたいに、何者の言葉にも惑わされず、自分の存在をありのまま受け入れる事が出来る懐の広さは、あんたには無い物でしょ?」


 最後の言葉はアストールへの問いかけだ。


 アストールはこの問いかけに肩を震わせ怒りをあらわにするが、あたしの言葉が図星だったのか反論はしてこない。


「その話聞いてると、魔王のイメージがガラリと変わるね。もっと残虐で冷酷非情なもんだと思ってたよ」


「そう言う一面もあるって事よ。魔王は人間にも自分達と同じ物を求めてくるからね。応えられなければ相手にもされないわ。それが、力のない人間には惑わされたり突き放されたり感じる訳よ。人間は1から10まで手取り足取り教えてあげないと『無責任だ』と考える愚か者が多いしね」


「う~ん……反論できない。確かにそう云う人間多いし。ミーコさんの言う『個の確立』がきちんと出来ている人は変人扱いされるしなぁ」


「そう言う事ね。だから魔王達は人の前から姿を消したのよ。人の世で『個』が勝つと、排除しようとするかそれに全てを委ねるかしかねないから」


 シーンと静かにあたしの言葉に聞き入る一行と、肩を震わせ顔を歪めて無言のまま怒りを露わにするアストール。


 しかし私はそれには構わず言葉を続けた。


「それでも昔は……まぁ建前なんだけど……人を導こうと試みてはいたみたいよ? 能力のある人間に自分の能力ちからの一部を貸し与えて使い魔にして、人間の指導者として育てようとするのが流行ったみたいだし」


「その通りだ……私は人間の上に立つようアモン様に選ばれたもっとも優秀な人間なのだ。だから私は人間を統べる存在としてこの世界を支配し、新たな魔王として人の世に君臨する義務がある!」


「いや、違うって」


「何がだ!」


「だから指導者を育てるってのは建前なんだって。本音はゲームを楽しみたかっただけなのよ。今で言う育成ゲームってやつ? 人物の選出に関しては、あんまり深いこだわりは無くて、ある程度の霊気と知識があれば誰でもよかったんだって。つーかむしろ、仲間内で育成能力を競い合ってたって事情もあったから、あまり能力が高すぎても拙かったんだそうよ。育てる過程を楽しみたかったら」


「なん……だと?」


「でも人間は、あんまりにも心が弱いから、その『流行』は直ぐに廃れたんだってさ。『未熟な人間に自らの能力ちからの一端でも貸し与えることは、人の成長を妨げることにも繋がる』ってね」


「バカな! そんなはずは……アモン様は私を最も優れた人間と称され直々にお声を掛けて下さって……」


「あんた、あいつのそんな言葉を信じてたの? そんなん三流セールスマンが使うセールストークみたいなもんじゃない。『君は選ばれた存在なのだ! 私に力を貸してくれたまえ!』とかね。」


「…………」


「あ、魔王達を非難するのは筋違いよ? 人間という種族を選んで能力ちからを与えたのは期待の現れでもあるから。それを裏切ったのはあんたを代表とする能力ちからを与えられた人間達。ホントは種族全体の能力の底上げを図って、自分達と対等の存在を作り上げたかっんだってさ。結局上手くいかなかったけどね」


「…………」


「もちろん違う人間もいたわ。人として魔王と対等の存在となって、魔王達の友人になりおうせた強者もいたしね。こういう人達は、魔王達に能力ちからを与えられた人たちより、自ら能力ちからの向上を図った人の方に多かったみたい。人の人生は短く儚いけど、成長するスピードの早さは他の種族に類を見ないわ。だから人の世からは手を引いたものの、個人としては結構ヒョコヒョコ顔を出したりしてるのよ」


「何だかちょっと、哀れに思えてきたね。こいつにしても、対等の存在を作り上げようとして裏切られた魔王達にしても」


「そんな事、思う必要はないわ。期待を裏切ったのはこいつなんだし。それに魔王達にしても、今では『対等の存在の探索』が密かなブームになってるって話だし、そんな事思ってたら馬鹿を見るわよ? 探索は、砂漠の中の一粒の砂金を見つけるようなもので、凄く大変なんだけどそれが楽しいって言ってたわ。魔王って暇人ばっかりなんだから。裕太なんかあいつらに見つかったら、きっと付いて離れなくなるわ……特にあの女……『魅惑のベアトリス』なんかに見つかったら何されるやら……」


「『魅惑のベアトリス』って魔王達の中で唯一の雌体で、あらゆる雄体を魅了する能力を持つ、すげー美人って評判の? そいつはちょっと……」


「『ちょっと』何?」


「じょ、冗談だって! んな顔しないで! マジで怖いから!」


 冷や汗をかいて視線を逸らす裕太。言わなくても分かってると思うけど、浮気は即処刑よ?


「もうよい……」


 その時アストールが、無表情に無機質な声を上げた。


「へ?」


「もうよいと言ったのだ。おそらく、貴様の言ったことは真実なのだろう……如何に……魔王と言う存在が如何に下らぬ存在であるのかよく分かった……ならば……」


 次第にボルテージを上げ始めるアストール。


「ならばこの私が全ての魔王を倒し、新たな魔王として君臨すればよい話だ! 貴様等を手駒にして、魔王共を全て駆逐してくれるわ!」


 怒りと魔力を爆発させ、そう言い放つアストール。


「まずは猫女! 貴様を餌にしてアモン様……いやアモンを釣りだしてくれる! 元々それを目的として力を削ぎ……」

「アモン? あのクソじじいを呼び出したいならあたしを餌なんかにする必要ないわよ? ケータイの番号押しつけられてるから、あたしが電話すれば喜んできてくれるって」


「だ……黙れぇぇぇぇぇ!!」


 あたしの親切な提案を受け、何故か怒り狂うアストール。


 そして、他のメンバーの冷たい視線があたしに突き刺さってくる……何でさ?


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