前哨戦-2 ミーコ



「雫! 目眩まし!」

「ハイ! お姉様!」


 目を爛々と輝かせ、嬉々として返事をする雪女・雫……だからそれヤメれ。


 雫は、アストール取り囲むように氷壁を張り巡らせると、更に空いた上空に何本もの氷の刃を作りだしアストールに向かって降り注がせる。


 雫の強みはこの術の発動時間の短さだ。雪妖を従え、呪文の詠唱なしでもそれなりの術を発動できるのだ。アストール相手では目眩まし程度の役にしか立たないのは事実だけど、フォロー要員としてはかなり優秀だ。しかも、何やらキャラががらりと変わってしまってからは、術の威力も上がってきたような気がする。


 でも……あたしが求めているのは、優秀な仲間であってレズっ気のある変態ではない!


 あたしは口の中で素早く呪文を唱える。


顕現せよクィンシィリョ……」


 普段のあたしなら呪文の詠唱はおまけみたいなもなんだけど、呪われて妖気を抑えこまれてしまった以上、詠唱で妖気を増幅する必要がある。それも、妖猫としての特別な言語を使った詠唱だ。


 あたしが普段使う術は、妖猫種に伝わる、とある秘術であたしの妖気に怨念を取り込んだ特別製の呪火を言霊で操るものだ。


 秘術を使う際に、あたしの思念がたっぷり詰め込まれているので、詠唱と呼べる程の呪文は必要ない。謂わば妖気と根性さえあれば扱える使い勝手の良い術なのだ。


 そしていま唱えた呪文が妖猫種の特殊言語で、これが妖気を増幅する術と成るのだ。


化大蛇ホゥディアシィユ


 右手に籠めた妖気を地面に叩きつけると、跳ね返って5匹の大蛇が生まれて大地に潜った。大蛇は、アストールがいる辺りの地面から奴を取り囲むように飛び出すと、雫の放った氷壁と氷の刃を吹き飛ばしている奴に向かって飛びかかる。


「……闇円陣ドゥリパルサァ


 こっちの攻撃を読んでいたんだろう……アストールはすかさず魔法を発動した。そして地面からにじみ出てくる亡者達。亡者達は、渦を巻ながら巨大なチャクラムとなって大蛇達に襲いかかる。


 闇のチャクラムと大蛇達は空中でぶつかり合い、互いが互いを打ち消しあって消滅してしまう。


 クソ! 遊ばれてる!


 笑みを浮かべているアストールに向かって舌打ちをするあたし。


 アストールからは、攻撃が明らかに後手に回ってるにもかかわらず、微塵も焦りを感じられない。読みが良いし、術の発動スピードの速さも相俟って、こっちの様子を窺いながらでも、後出しジャンケンの要領で勝たれちゃう。


 ……まあいいや。目的は時間稼ぎだし。


「フフ……なかなか楽しませてくれ……っ!!」


 アストールのセリフは、凍てついた、氷混じりの吐息の奔流によって遮られる。


 そのブレスを飛び上がって避けるアストール。


「……墜螺旋ついらせん!」

「チッ……闇よ……」


 かけ声と共に放たれた独鈷杵どっこしょうがアストールに襲い掛かる。


 しかしアストールは直ぐさまその対策に入っている。


「……喰らいし者ディスィトン


 呪文の完成と共に左の掌を向かってくる独鈷杵どっこしょうに向ける、奴の掌に亀裂が入り、その亀裂が生き物の口へと変化する。独鈷杵どっこしょうはその口へと吸い込まれて消えてしまった。


「あ、それ20万……」


 といつに無く悲しげな仁藤は置いといて、そのアストールの頭上の領域を、風を纏って密かに抑える一つの影。


 それと同時に五枚の聖符がアストールを取り囲む。


「……風雪崩かざなだれ!」

「聖符よ! 魔に属する者を浄化せよ!」


 まず頭上から放たれたのは強烈な風の奔流。


「ふんっ!」


 これも障壁を張って防ぐアストール。


 ホントに魔法の発動までが尋常じゃないくらい早い。


 しかし、アストールは風に圧されるままに地面まで押し戻される。


 すると「発!」との言葉と共に5枚の聖符から光が迸る。


「フフフ……」


 その光をまともに浴びるが、アストールから漏れ出てくるのは悲鳴や苦痛の叫びではなく笑い声。


「フフフ……フハハハハハ! なかなかやるな! そうでなくては私としても面白くない!! だがこの程度では私は倒れぬ!! ハァァァァァ!!」


 雄叫びと共にアストールから噴き出す魔力の奔流に、吹き飛ばされ散り散りに消え失せる聖なる光!


「気合いで吹き飛ばした?!」

「今ので何のダメージも与えられないんスか?!」

「クソっ!! 素直に倒れとけよ! 20万が無駄に……」

「ガルルル……」


 口々に驚愕を口にする一向。榊の相手をしていた仁藤、駒野、手下A、それに男爵のとこにいた白蘭の3人と1匹が不意を突いて登場してたんだけど、それでもアストールには大したダメージを与えることが出来なかったみたいだ。


「フフフ……見事、榊を倒したというわけか……そしてそっちは藤堂を倒したようだな」


 その言葉に振り向くと、裕太と男爵が歩み寄ってくるのが見える。


「お陰さんで。後はあんただけなんだけど? 素直に引いてくれたら助かるんだけどなー」


 全く期待していない表情でそうアストールに問い掛ける裕太。


「残念だが、此処までは予定通りに進んでいるのでな。敢えてその予定を組み替えてまでこの場を引く理由など見あたらないな」


 ニヤニヤと笑みを浮かべてそう答えを返すアストール。


 『予定通り』か……やっぱり今までの事は奴の手のひらの上での出来事ってわけか。


 8対1の劣勢に立たされているはずのアストールは、その場で仁王立ちのまま悠然と私達7人と1匹を眺めている。


「予定通りだと?」


「その通りだが? フフフ……何か言いたそうだな、仁藤」


「…………」


 鼻で笑いながらそう言い放たれたその言葉に、仁藤は怒りを再熱したんだろう、無言でありながらも凄まじい殺気が全身から噴き上がる。


 仲間を……鉤内、藤堂、榊の3人の死が侮辱されたと怒っているのだろう……決してお金が掛っていたらしい法具が食べられちゃった事に対してではないと思う。


 多分。


 んー……あんまり良い傾向じゃないな。戦闘ではどれだけ冷静でいられるかが生死を分けることもある。


 あたしが熱くなりやすい分、周りには冷静でいて欲しいんどけど……。


 すると、裕太がズイッと一歩足を踏み出した。


「なるほど、予定通りね。つまりミーコさんが暴走して二手に分かれてしまった事も、ミーコさんが汚吐女おとめに甘んじた事「甘んじとらんわ!!」も、ミーコさんが実は陰でこっそりWeb小説書いてるけどさっぱりPV伸びずにスマホにあたって壊しちゃった事「なんであんたその事知ってんの?!」も、あんたの手のひらの上での出来事だったわけだな? なるほど、それなら素直に感心せざるを得ないな……」


「「…………」」


「更に言わせてもらえば、ミーコさんを仲間に引き入れて膨れ上がった必要経費も、今回堤下が見事童貞を卒業したのも、みんなあんたの掌の上で踊らされてたって訳か……恐れ入ったよ!」


「「「…………」」」


 げんなりした様子のアストールに、ガックリと肩を落とすあたしと手下A。


 盛り上がりかけてた戦場の空気が一気に引いて、その場を沈黙が支配する。


「……どうするのよ、この空気……」


「いや、ちょっと冷静になってもらおうとウェットに富んだジョークを飛ばしたつもりだったんだけど……まさかここまで効果覿面とは思わなかったよ……テヘっ」


「空気読めよ……」

「一気にテンションが下がりました……」

「テンションどころか霊気も削がれた気分ッス……」

「ガウ……」


「お、俺はただ、張り詰めすぎた空気を軽くして戦いやすい環境を作ろうとしただけで……」


「こんな空気の中でどう戦えばいいのですか?」

「責任持ってお主が何とかするほか無いの」


「わ、分かったよ! どうせ俺が全部悪いんだろ?! お望み通り俺が何とかしてやるよ!!」


 半泣きになりながら懐から符を取り出す裕太。


 もう、どうにもならないと思うよ。


「ふう……茶番はここまでだ。興が削がれた。もう少し遊ぶつもりだったがこの辺で終幕としよう。お前達にはお前達の意志とは関係なく我が手駒になってもらう……この亡者共の憑り代としてな!」


 アストールがそう叫ぶと、地面から亡者共がにじみ出て来て一帯を底なし沼へと変貌させた! アストールは飛び上がって側にあった大岩の上に着地する。


 あたし達は底なし沼に足元が取られて自由に身動きを取ることができない。


「クッ……」


「『クッ』じゃねえよ! テメェのせいで事態が悪い方へと進んでるじゃねぇか!」


「いや~こんな事になるとは、このわたくしミジンコほどにも想像してはおりませんでした。あはははは……は…………」


 突き刺さる、凍てつくような氷の視線に裕太は笑いを納めざるを得ない。


 焦点の定まらない瞳をツイっと逸らしてしまった裕太に変わって、あたしは溜息をつきながら、相変わらず嘲笑を浮かべているアストールに向かって質問を投げかけた。


「で、あんたは一体何がしたいの?」


 その事はその場の全員が疑問に思っていたのだろう、一斉にアストールの方に視線を向ける。


「フフフ……そうだな。このまま何も知らずに我が手駒とするのも何やら哀れだな……良いだろう。冥土の土産に真実を伝えてやるとしようか」


 ホントは言いたくてうずうずしていたのだろう。悪役ってのは大抵そんなもんだし。


 あたしとしてはさほど興味のある話じゃない。あたしには大体奴の目的が何なのかは分かっているのだ。単に時間稼ぎのために話を振っただけだ。


「私の目的は……魔王の椅子と人間界の支配だ」


 取って置きの手札を披露するときの小悪党の様な笑みを浮かべながらそう言い放つアストール。


 その瞬間、この場を沈黙が支配したのだった。


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