前哨戦-1 ミーコ


 目の前で繰り広げられ始まった戦闘に、あたしと裕太は完全に出遅れてしまった。


 裕太は何やら仁藤達の様子に目を向けているみたいで、意識が完全に向こうに行ってしまってつまんない。


 目の前では男爵と藤堂の師弟対決が始まろうとしているけど、ムサい男同士の戦いなんてあたしは興味がない。


 さて、どうしたもんかと思案していると、あたしのプリティな瞳が視界の端でアストールに向かって駆け出し始めた雪女の姿を捉えてしまう。


 んったく……


 アストールへの復讐を果たそうというのだろう。しかし、どう贔屓目に見ても、アストールの実力の方が数段勝っている。このままでは無駄死にしてしまう可能性が高いし、またアストールの手駒にされてしまう事だって考えられる。


 隣の裕太に言葉をかけようと思って顔を向けるが、仁藤達に夢中であたしが見つめている事に気付かない。


 あたしゃちょっぴりご立腹じゃ。あたしを無視して他の奴に夢中になってるなんて……話しかけてなんかやんない!


 あたしは、アストールと戦闘を開始した雪女の手助けをするため、その場を駆け出して雪女のもとに向かった。


「雪妖達よ……わたくしに力を貸しなさい!」


 冷気をアストールに向かって放ちながら、雪女は雪妖達に命じて大量の氷柱を生み出した。


「行け」


 雪女が手を振るうと、氷柱はアストールに向かって襲いかかる。


 しかしアストールはそれを避けようともしない。アストールの面前には既に魔法障壁が張られており、冷気も氷柱も易々と防がれてしまっている。


「くっ……」


 雪女は、同姓のあたしから見ても綺麗だと思える顔に悔しさにを滲ませながら、もう一度冷気を放つ。


「時間の無駄だと思わんかね?」


 嘲りを含んだ言葉を雪女に掛けながら、手を振るって冷気を掻き消すアストール。


「なっ!?」


 自らが放った冷気が何の苦もなく掻き消された事にショックを感じたのか、雪女は青ざめた顔で動きを止まってしまう。


 アストールはその隙を見逃さず、素早く魔法を放つ。


魔槍撃マソゥリオ


「っ!!」


 呪文の詠唱も無しのいきなりの魔法の発動で無数の槍状に形成された魔力が雪女を襲う。雪女は動揺から立ち直れずに動けない。


馬鹿ぶぅあかもんが!」


 あたしは一気に妖気を爆発させて、雪女の救出に向かう。


 間に合え!


 魔力の槍が雪女に届こうかとしたその瞬間、あたしは間一髪、ラグビーのタックルばりの動きで雪女を抱き留め、その場から救い出す事に成功する。


 雪女を抱えながら2、3度グルグル地面を転がると、タイミングを見て地面を蹴って起き上がり、その勢いのままザザッと地面を滑ってやがて止まった。


「ふぅ、間に合った……」


「これはこれは金城嬢。わざわざ私の前に飛び込んでくるということは、我が軍門に下ることを決心したと考えてよろしいのだな?」


 あたしを嘲る様にそう言い放つアストール。挑発しているのは明らだったので、あたしはその言葉を無視して、地面に降ろした雪女に小声で話しかける。もちろんアストールから目は離さない。


「死にたいの? あんたじゃあいつにかなわないのは、妖気の差を見れば分かるでしょ?」


「……」


 あたしの言葉に押し黙り、悔しそうに顔を歪める雪女。


「あんた達に何があったのかは知らないけど、あたし達の足を引っ張るような事は控えなさい」


「……わたくしが命と引き替えにしてでも、あいつと刺し違えて見せ……」

「無理よ」


「っ!!」


「あいつとあんたとでは、それくらい差があるわ」


「し、しかし……」


「少し冷静になりなさい。あたしの知ってる雪女は、どんな時でも何事に対しても憎たらしくなるくらい冷静に対処できる連中だったはずよ。あんたは精神的にムラがありすぎる」


「……はっきり仰るんですね……」


 あたしの言葉に苦笑を返しながらそう口を開く雪女。


「当たり前よ。今は戦闘中。生き抜きたければ……復讐を果たしたいって言うのであれば、もっと考えて行動しなさい。あんたの実力ではアストールは倒せない。なら倒せそうな連中をフォローして間接的に復讐を果たせばいいでしょ」


「……ハァ……どうやらそれしかないようですね。畏まりましたわたくしはフォローに回ります」


 雪女は一つため息を吐くと、あたしの提案を了承する。


「あんた名前は? ちなみに私は金城美依子よ」


「ありません。名を付けられる前にアストールに捕まってしまいましたので……」


「そう言えば雪女は成人する時に名前を与えられるんだったわね……いいわ。あたしが今、付けてあげる。あなたの名前はしずくよ。不満はあるでしょうが今はそれで我慢して」


「不満なんて有りませんわ。お名前ありがたく頂戴致します」


「ご相談はすみましたでしょうか?」


 嘲笑を浮かべ、こちらを小馬鹿にした様な丁寧な口調でそう声をかけてくるアストール。


 あたし達二人は立ち上がり、時間稼ぎの戦いをするため、そのアストールと対峙する。


 アストールに向かって一歩足を進めて立ち止まり、斜め後ろに位置取っている雫にまた小声で話し掛けた。


「言っとくけど、今はあたしでもあいつを倒すのは無理。今やるべき事は……」


「時間稼ぎで御座いますね?」


「そう言うこと」


 そう言って頷くと、あたしは一気にアストールに向かって駆け出した。


 さっき雫に仕掛けた様子から見て、アストールクラスになると簡単な魔法なら呪文の詠唱も必要ないらしい。ベースが人間だから魔力を引き出すのに何か鍵が必要かなぁと思っていたんだけど……やりにくい相手だけど今はやるしかない。


 あたしはアストールに突っ込む振りをして、面前でスピードを上げて後ろに回り込む。



 ヒュン―

 ガツッ―



 右手の伸ばした爪を振るうが、魔法障壁に遮られてアストールまで届かない。しかしその瞬間、私は更なる妖気を右腕へと流し込む。


「う……ニァァァ!!」

「チッ……」


 気合いを一線すると、あたしの右腕は肘から下だけ獣のそれへと変化し、アストールの魔法障壁を空間ごと切り裂いた。


 アストールは慌てて斜め後ろへと飛び退く。


 爪から放たれた一撃は、地面に文字通り深い爪跡を残している。


 アストールは着地すると、やや忌々しげに口を開いた。


「半獣人化……良いのですかな?さっきはそれで痛い目を見たのでしょう?」


「心配はご無用よ。死に掛けたおかげで、今の自分の限界はしっかりと把握させてもらったから。部分的になら大した妖気を消費しないで変化できる事も分かったし」


「それはそれは。さすがは百戦錬磨の金城嬢。戦いの最中でも、あらゆるところに活路を見いだして、最大限の成果を生みだしていくその能力ちから……我が主、アモンが欲しがるのも肯ける。しかも、我が呪いで妖気を抑えられた上でこの威力」


「お世話はいらない。どのみち、当たらなければ意味がないから。それに大して魔力を込めてもいない障壁を切り裂いたところで何の自慢にもならないしね」


 あたしの言葉に、雫がアストールの向こうで息を呑むのが分かる。そう、アストールはまだその強大な魔力の片鱗しか見せていないのだ。


「フフフ……それに気付く君も大したものだ……益々、我が麾下へと招き入れたいと思う気持ちが強まったよ」


「招き入れたい? 従わせたいの間違いでしょ? そのすました顔の下で打算と裏切りを企てるような危険人物の下になんか、頭を下げて頼まれたって付きたくないわ」


 軽口を叩きながら間合いを図る。


「そいつは残念……それでは当初の予定通り無理矢理麾下へと加えさせてもらうとしよう!」


 その言葉をきっかけに、いきなり膨れ上がるアストールの妖気。


青炎柩あおひつぎ!」


 突如として青い炎に包まれるアストール。


 雫が隙を見て仕掛けたのだ。


 ナイスタイミング雫!


「ふん!」



 ガシッ―



 しかしアストールは足で地面を踏みつけるだけで冷気を掻き消してしまう。


 今のが足止めにもなんないなんて……なんて能力ちからなの?!


魔槍撃マソゥリオ


 歯軋りしているあたし達に、アストールが無数の魔力の槍を放つ。


「チッ!」


 身を捻り、爪を振るってその全てをかわすと、アストールに向かって駆け出した。雫は氷壁でなんとかその攻撃を凌いでいるが、あんまり長くは保ちそうにはない。


「ハァッ!」


 あたしは変化している右腕を、アストールの頭上に振りかざす。


「テヤァァァ!!」



 ガシッ―



 しかし今度は、左手を翳してその攻撃を受け止めるアストール。


「クッ……」


「直線的な攻撃では、素早い君を捉えるのは難しいようだな」


 アストールは、余裕綽々よゆうしゃくしゃくでそう言うと、魔力を溜めていた右手を私に向かって突きだしてきた。


裂破レゥピオン


 放たれた一撃は、今までのような魔力を凝縮して刃状に形成したものではなく、範囲の広い衝撃破だった。


 あたしはとっさに後ろに飛び退き、その魔法をかわそうと試みるが、広範囲に渡る衝撃波は完全にはかわしきれない。


 仕方が無いので両手を目の前で交差させて防御する。



 ザシュ―



「クッ……」


 身体のあちこちが浅く切り裂かれ、その傷から血がじわりとにじみ出てくる。でも、このままやられっぱなしじゃ女が廃る!


 あたしは着地と同時に、妖気を込めた右手を振う。


「ハニャァァァ!」


 あたしの放った一撃は空間を引き裂き、アストールに向かって伸びていく。



 ザシュ―



 アストールの身体が空間の裂け目に引き裂かれる……が……これは影! 後ろに奴の気配!!


「っ!!」

衝破シャゥリオン


 今度は振動弾?! まともに喰らったらやばい!!


 あたしは振り向き様、右手に込めた妖気を振動弾に叩き付けて相殺を図る。



 バシュ―



 あたしとアストールの丁度真ん中で二つの魔力塊はぶち当たり破裂すると、爆風が周囲に飛び散っていく。


「ウニィィィ……」

「グッ……」


 相殺は出来なかったが、こちらに到達する前にその振動弾を破裂させる事が出来たので何とかまともに喰らわずにすんだ。しかし、爆風の煽りを喰らってお互い吹き飛ばされる。


「いっっったぁぁぁい!!」


 転がりながらも何とか体勢を立て直すとそう叫びながら、アストールに意識を向ける。


「捕らえました!!」


 聞こえて来たのは雫の声。


 あたしは「顕現せよクィンシィリョ」と呟き妖気を増幅しながらアストールの気配がする方に身体を向ける。


 アストールは雫が生み出した氷にの蔦に絡め取られていた。


化猫ホゥマォ!」


 私は、一定の妖気を極限まで凝縮し化け猫の姿をした疑似生命体を作り出すと、身動きの取れないアストールに向かってそれを撃ち放つ。


 化け猫はアストールに向かって一直線に飛びかかる。


「アストールが名において、化け猫よ我が元へ降れ」


 アストールが呪文を唱え終わると、奴の目の前に魔方陣が描き出される。化け猫はその魔方陣に吸い込まれ……次の瞬間そのままあたしの元へと飛んでくる!!


「ダァァァ! 何やっとるかこの根性なしが!!」


 あたしは間一髪でそれを避けると、間髪入れずにアストールの元へとダッシュする。奴が氷の蔦を魔法で溶かして雫に攻撃を仕掛けようとしてるのが見えたからだ。


裂破レゥピオン

「キャッ!」


 雫は何とか氷壁を作り出すも、それはアストールの放った魔法に打ち砕かれてしまう。


「止めだ! 魔槍マソゥリ……」

「あたしの雫に何するかキィィィック!!」


 あたしの絶叫に気付いたアストールは、舌打ちしながら障壁を張り巡らせる。


「ハニャァァァ!!」



 バチッ―



 蹴りはその障壁に防がれるが、足に込めていた妖気が障壁を相殺する。


「よっしゃ! バイバイキ~ン」


 あたしは着地と同時に身を翻す。その直後にあたしの後を追ってきていた化け猫がアストールに襲いかかる。


「ハァァァァァ!!」


 アストールは気合いの雄叫びを上げると、化け猫をその右腕を叩きつけて粉砕しやがった! 化け猫はその衝撃で粉々に砕けて散ってしまう。


 その間に回り込んで雫の元まで何とかたどり着く。二手に別れると、弱い雫を狙われたらフォロー仕切れないことに気付いたからだ。


「雫、大丈夫?」


 そう雫に声を掛けるが、彼女は何やら唖然とした感じでぶつぶつと呟いている。


「雫?」


「……あ、あたしの…………あたしの雫……あたしの…………あたしの……あたしの……あたしの雫…………」


 ……? なんだ?


「雫?! しっかりしなさい! まだ戦闘は続いているのよ!」


 雫は、あたしの呼び掛けに、ハッと気付いて顔を上げると、頬を紅潮させながら勢い良く返事を返してきた。


「ハイ! お姉様!」


 お、お姉様ぁ?! な、何か異様に瞳がキラキラしてるんですけど……。


 あたしは背筋に寒気を感じながらも何とか雫から視線を引き剥がし、アストールへと意識を向ける。


 化け猫を粉砕した右腕に視線を向けるが、見たところ傷を負った様子はない。


「なかなかやるな……しかしその程度では私は倒せない……」


 口を歪めて笑みを浮かべ、そう口を開くアストール。


 確かに奴の言うとおりだ。このままでは倒す事はおろか、傷つけることさえかなわない。これ程までに高い能力を持っていたとは予想外だ。やっぱり一番の得策は、他のメンバーが集まってくるのを待つことだろう。


 あたしは他のメンバーが駆けつけてくるまで、どんな事をしてでも持ちこたえてやると心に誓ったのだった…………雫、その視線ウザいからやめれ。



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