急展開-6 裕太



 アストールがいる高台を見上げると、ミーコさんと雪女が苦戦しているのが目に入る。


 まずいな……ミーコさん無茶しなきゃいいけど……。


 心の中に不安が広がる。今は自分の役目を分かっているだろうから無茶はしないだろうが、あのミーコさんがずっと冷静に戦い続ける事なんて出来るわけがない。熱くなってくれば、また無理矢理、獣人化する事だって考えられる。


 こりゃこっちもあんまり悠長に戦ってるわけにはいかないな。


 俺は藤堂に向き直ると、一旦目を瞑って大きく息を吐き出した。肺の中の空気を出し尽くし、鼻から息を吸い込みながらゆっくりと瞼を開く。


「さすがだな。一瞬にして心を鎮めたか」


 感心したようにそう口を開く男爵。


「……これ以上、戦いを長引かせるわけにはいかない。楽しんでる男爵には悪いけど、一気にケリを着けさせてもらう」


「かまわぬよ。元々ワシはあやつ……アストールの監視と、いざという時、あやつに相対するために伊集院家の宗家より依頼を受けて組織に入ったのだからな。目的を履き違えるほどには耄碌しとらんつもりだ」


 なら、相手に塩を送ってないでさっさと倒せよ……というツッコミはグッと呑み込んで、俺は藤堂を見据えたまま男爵に頷きを返す。


 俺は、懐から何枚かの符を取り出し地面に投げ放つ。


 こちらの様子を窺っていた藤堂は、その様子を見て、対抗する為だろう拳をブンっと振り挙げる。


「ハァッッッ!!」



 ズガァァァン―



 振り降ろされた拳は、地面に叩き付けられ、再び波紋を産みだし広がっていく。


 波紋が俺たちに届こうかというところで俺が放った符が反応し、奴が作り出した波紋を呑み込みながら、瓦礫で出来た針状の柱を林立させる。


 ふと見ると、男爵は既にその場にはいない。あの体で音もなく、気配を全く感じさせないで動けるんだから恐れ入る。


 バリケードとなった柱の垣根を飛び越えて、藤堂が襲いかかってくる!


 藤堂が振り降ろしてくる右ストレートをひらりと避ける俺。


 どう考えてもこの右拳を受け止めるわけには行かない。当たったら死ぬ。絶対。


 右ストレートは文字通り地面に


「っ!?」


 動揺を隠せない藤堂。本来なら、クレーターを穿つか大地の精霊を揺り動かしているはずの右ストレートがたいした抵抗もなく地面に突き刺さってしまったのだから無理もない。


 俺は大地の精霊を操る符を使って、自分の足下に穴を穿って薄い瓦礫で蓋をしていたのだ。パンチやキックなどの打撃系攻撃は、インパクトの瞬間にその威力が最大限に引き出される。だから奴の拳が叩きつけるだろう場所に穴を開けて、奴のパンチの威力を削ごうとしたわけだ。


 策は見事にハマり、藤堂の動揺を誘うことに成功した。


 次の一手は精神的な防御の垣根が低い方が効果的だ。


「符よ……汝は言霊を運びし聖霊の下僕なり……我は大地を眠りに誘わん」


 ぐらりと揺らぐ藤堂の巨体。今奴は、強烈な睡魔と戦っているだろう。そしてそれは、奴が纏っている黒いオーラへの支配力の低下を意味する。


「今だ男爵!!」


 俺の呼びかけに瞬時に覚醒する藤堂。しかし、黒いオーラへの支配力まではそんな直ぐには回復しない。



 ドジュッ―



 藤堂の心臓付近より突き出てくる一つの拳。


「グガ……」


 苦痛に呻く藤堂。


「すまぬな藤堂。我らは先に進まねばならぬでな……秘技・地神咆哮!!」


 男爵の右腕に込められた、恐ろしい程に凝縮された霊気が、その右腕を中心に螺旋状に激しく吹き出した!


「グゥォォォォォ……」


 男爵が放った一撃は、藤堂を胸から上と腰から下の二つのパーツへと切り離し、魔族といえども命をつなぎ止めておくのは難しい程までに、ダメージを与えた。


 そのまま地面に崩れ落ちる藤堂。


 驚いたことにまだ完全には息絶えてはいなかった。しかしそれは、『まだ』死んではいないといった状態であるにすぎないのは火を見るより明らかだった。


「藤堂……お主程の漢が何故、魔族の口車に乗ったのだ……」


 それは問いかけと言うよりは独白に近かったが、驚いたことに瀕死の藤堂は薄く目を開いて、その問いかけに答え始めた。


「私はあなたに追いつきたかった。いくら努力を重ねても、あなたの背中すら見ることがかなわなかった自分が許せなかった。その上、下の世代は確実に私を追い越す勢いだ。私は益々自分の能力(ちから)の無さが許せなくなって来ていたのです」


 藤堂は一度そこで目を瞑り、一息入れて再び口を開いた。俺と男爵は口を挟まずじっと藤堂の言葉に耳を傾ける。


「そんな中、恐らくそんな私の心の弱さを見抜いたのでしょうな。アストール様が私に能力ちからを授けるとおっしゃったのです。愚かにも私はその誘いに乗ってしまった。まぁ、後悔はしていませんがね……一時的にしろ、私はあなた方と互角に渡り合えたのですからな」


 そう言って満足げに微笑む藤堂。しかしそこで、ふと疑問が浮かんだかのような表情を浮かべ、俺の方へと顔を向ける。


「水無月殿……あなたはどうやって私に眠りの魔法を仕掛けたのだ? 魔族となった私には、人が唱えた眠りの魔法など効かぬと聞かされていたのだが……」


「俺は眠りの魔法なんて唱えちゃいない。単に大地の精霊に命令しただけさ……『眠れ』ってね」


「何と……」


 驚きの表情を浮かべる藤堂。


「あんたは大地の精霊と無意識の内に共振出来ると聞いた。魔族となったからにはその共振は益々強くなっていたはずだ。だから大地の精霊に眠りを促せば、あんたにも眠気が襲うと踏んだんだ。俺としては一瞬でもあんたの集中力を削げれば良かったんだけどね。そうすりゃあんたの黒いオーラを操る能力ちからが弱まるだろうから」


 藤堂の表情が驚きから自嘲、そしてある種の清々しさを漂わせる表情へと切り替わる。


「そうか……結局『強さ』とは心の強さであるべきだったのだな。自分自身の能力ちからの強さが仇となったというわけか……いや、感服した。それに止めは師匠……あなたに刺してもらえたのですから私としては本望です」


 そこまで言い終えると、藤堂の体は先から砂の様に崩れだし始めた。


「さあ、あなた方は私などに構っていられる余裕などは無いはずでしょう。早く行くべき所へ行って下さい」


「うむ」


 そう言うと男爵はくるりと後ろを振り返り走り出した。その後ろ姿には僅かな迷いも見あたらない。


「さぁ水無月殿、あなたもです。アストール様の目的は猫女殿にあるようです。それ以上の事は私では分かりかねますが……」


「ああ、それだけで十分だ。じゃあな……」


 そう言って振り返って走りだそうとしたところで、藤堂が再び口を開いた。ただそれは、俺に対しての言葉だったわけではなく、独白……いや懺悔に近いものだった。


「鉤内……お前を死なせてしまったことが……唯一の心残りだ…………お前は……あの世で…………俺を……笑っているのだろうな………」


 それを最後に藤堂の気配は消え失せる。俺は振り返らずに走り出した。


 男爵に追いつくと、鉤内と藤堂の事を尋ねた。


「あの二人は親友同士でな。藤堂がワシの弟子となる前からの知り合いらしい。何か言っておったのか?」


「鉤内を死なせてしまったことが唯一の心残りだって言ってたよ」


「そうか」


 それっきり口を噤む男爵。しかし、その顔には、些かの迷いも憤怒もない。


 そんな、迷い無く走り続ける男爵を俺は強いと思ったのだった。


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