急展開-5 裕太



 堤下の風が駒野の聖符に力を注ぎ込み、榊の肉体が徐々に崩壊していくのが見える。


 向こうは何とか榊を退けたようだ。


「ふむ。見事だ。あらつらも腕を上げた様だの」


「うわっ! ビックリした!」


 突然耳元でそう声が聞こえたので驚いた。可愛い女の子の声ならともかく、野太いおっさんの声が耳元でしたら、誰だって驚くだろう。


「お主一人でサボるとはどういう了見だ?」


 その声に周りを見渡すと、ミーコさんと雪女の2人がアストールと対峙しているのが見える。


 藤堂の方は、白蘭が付かず離れずブレスで牽制しながら足止めをしていた。


「いつの間に……」


「お主がボーッと駒野達の戦いに見とれとる間に、雪女がアストールに向かっていっておったのでな、猫女は手助けするために行ったのであろう。お主の霊獣は榊の足止めをした後はワシと藤堂に当たっておった」


「別に見とれてたわけじゃないけどね。男爵なら『あの』クラスの魔族なら一人でも何とかなるんじゃないかと思ったし」


「馬鹿言え、生まれたばかりとは言っても魔族は魔族だぞ? しかも藤堂は儂のかつての弟子の一人でな。なかなか決め手に欠けておったところに、暇そうなお主の顔が目に入ったのだ」


「だから別に暇してた訳じゃ……疲れてたから少し体力回復してたんだよ」


「なら、もうある程度は回復したであろう。手伝え。今の猫女と雪女では、アストールを倒すことは叶わん。せいぜい足止めが良いとこだろう」


 その意見には同感だ。


 俺は男爵に頷いて返すと、呪符を取り出し霊気を込める。


「符よ……天と地を繋ぐ金色の橋の力を我が元へ……雷霆らいてい!」


 白蘭のブレスを受け止め、足を止めていた藤堂に向けて雷撃を放つ。


 雷撃は藤堂の手前の地面に突き刺さり、視界を眩ますように粉塵を巻き上がらせる。


「白蘭は下がれ! 俺は右、男爵は左ね」


「うむ。了解した」


 俺たちは、そう言葉を交わすと、視界不良で身動きが取れずに慎重になっている藤堂に向かって駆けていく。


「符よ……汝はすべてを包みし暗闇の精霊なり……闇霞やみがすみ


 俺は粉塵の中に飛び込むと、符にそう呼び掛け、視界ゼロの暗闇を喚びだして周囲を包み込んだ。


「っ!!」


 突然視界がゼロになったためだろう、藤堂から動揺した気配が感じられる。


「ぬおぉぉぉ! 何だこれは!」


(あんたが動揺してどうする!)


 男爵の叫び声に心の中でツッコミを入れる俺。口に出したらせっかく視界をゼロにして相手の動揺を誘った意味がない。


 見たところ、魔族になりたての藤堂は、突然膨れ上がった自らの魔力に振り回されている状態だ。気配を読み取るような繊細な作業は出来ないはず。


 俺はその弱点を突くため、暗闇に紛れて奴の隙をうかがう為に闇と同化するように気配を消す。


 暗闇の中では役には立たない視覚を閉じて、藤堂の気配を探る事に集中する。もちろん、自分の気配は絶った上でだ。殺気を抑え心に平静を保ち、足音はおろか呼吸音さえ抑えて暗闇に同化する。


「おお! これは水無月、お主の術か?! 一寸先は闇とはこのことだのう! あはははは……うおっと! 今のは藤堂か? なかなか鋭い突きを打てるようになったではないか! だが当たらねば全くの無意味である! きちんと気配を読むのだな! あはははは!」


「アホかあんたは! せっかくのお膳立てが……うわっ!」


 しまった……思わず口に出してツッコミを入れてしまった。平静が崩れて藤堂に一撃を見舞われた。その一撃を何とかかわし、もう一度闇に同化する。


 危ない危ない……俺としたことが、自分を見失いそうになってしまった。


「これしきのことで気が乱れるとはまだまたじゃな。あっはっはっはっ!」


 そう男爵の声が耳に届くが、今度は無視して藤堂に意識を集中する。


「なかなかやるのう。このワシでも僅かな気配しか感じぬぞ?」


 つーか分かるんかい! そうツッコミたいのグッとこらえて藤堂の気配を探る。


「お主、今ワシが本当にお主の気配を察しておるのか疑っておるな? なめるでない。ワシには藤堂の後ろ3メートルで呪符を構えているお主の姿がハッキリと……」


「っ!!」



 ブンー



「うわっ! あ、あんたどっちの味方だ! 味方の居場所を敵に教えてどうする!」


 藤堂のオーラを間一髪避けながら、我慢できずにツッコミを入れる。


「これぞまさしく『油断大敵』というやつじゃな。常日頃から油断なく周りに目を配っておればどんな状況に陥っても平静を保っていられるものだぞ?」


 ……無視だ無視!


「ふっふっふ……水無月、お主まだ気が乱れておるぞ? まだまだ修行不足じゃな。あはははは!」


 無……視…………


「そもそも最近の若い者は地道な努力を怠りすぎる! だからいざという時になって、このようにいつもの能力ちからが出てこんのだよ」


 …………無………………


「その上、色事にかまけて修行を怠り、挙げ句の果てには……」


「だぁぁぁ! うるさい! さっぱり集中できん……」



 ズガァァァァンー



 へ?! この気配は藤堂?! 男爵の気配が感じないけどまさか……



 バキッー



「グァァァァァ!」


「なっ!?」


 い、一体何があったんだ?!


 時間が切れて暗闇が薄れ始め、やがて風に散って視界が戻る。


 その瞬間、目に映ったのは、クレーターの真ん中であらぬ方向に曲がった腕を抑えて膝を付いている巨人の姿。


「だ、男爵は?」


「ここじゃよ」


「うおっ! いつの間に……」


 真横から聞こえる男爵の声に驚き、思わず仰け反ってしまう俺。


「声はすれども気配はあらじ。これぞまさしく伊集院流特殊技能が一つ『遠距離腹話術』。奴が放った一撃は、ワシのおった場所とは全く別な場所を穿っていたという訳よ。後は、がら空きの奴の右腕に蹴りを放ったというわけだ。闇に紛れて奴を迎え撃つアイディア自体はよいが、全く気配が無くなれば、奴は溢れんばかりの魔力を解放して、その状況を打開しようと考えた筈だ。そうなれば、逆に暗闇が我々の仇となる確率が高くなったであろう。詰めが甘いの」


「さいでっか」


 でも、悔しいが男爵の言う通りだ。


「そして藤堂。お主もまだまだだ。お主、自分の能力ちからの本質と言うものを忘れてしまったのか? 魔族と化したとは言え、能力ちからの本質と言うものは早々変わるものではない。お主の能力ちからの最大の特徴とは何だ? 棍棒を振り回すパワーか? 魔族としての高い魔力か? 違うであろう? お主の能力ちからの最も優れているところは、精霊使いでもないのに大地の精霊と『共振』出来るところであろう。それを忘れて、ただただ高い魔力とパワーのみで押してくるとはどういう了見じゃ?」


 わざわざ敵にアドバイスを送んなくても……そう思ったが、思いの外真剣な男爵の姿に、俺は出かかった言葉を呑み込んで、口を噤んでしまう。


 藤堂は男爵の言葉を聞いて、雷に打たれたかのように立ち尽くす。そしてゆっくりと目を閉じると大きく息を吐き出した。


「お覚悟を……」


 藤堂は、聞き取り辛いくぐもった声でそう言うと、俺たちに向かって駆けだしてくる。


 巨人と化した藤堂の周りを漂っていた黒いオーラが奴の右腕に収束していき、それまでややそのオーラに振り回されてた感があった奴の心に、静かな森の中にでもいるかのような平静さが戻って行く。


「男爵が余計な事言うから……」


「何を言う。より強者と戦うことこそが、修道家たる我々の望みではないか」


「俺は修道家じゃないわい! 俺は符呪士! しかもモグリの!」


「ふっふっふっ……これを機に修道家に転身すれば良いではないか。お主はなかなか見所があるぞ? なんならわしがお主の師となってしんぜよう」


「却下」


「そう結論を急ぐでない。この戦いの後、二人で酒でも飲み交わしながらゆっくり話し合おうではないか」


「何が悲しゅうておっさんと二人でデートせにゃならんのだ」


「ワシも男とでぇとは御免被る。お主の欠点は、その、何でもかんでも色恋沙汰にうつつを抜かそうと言う腑抜けた根性だな。このわしがその曲がった根性叩き直してくれよう」


「間に合ってます」


「にべも無いのう」


 男爵とのムサい会話は置いといて、俺は藤堂の動向に注意を向ける。今の奴の攻撃をまともに喰らうわけにはいかない。そう思わせるほどの雰囲気を奴から感じ取る事ができる。


 来る!


 藤堂が一気に間合いを詰めてくる。


 合氣で絡め取って霊気を叩き込んでやる。


 藤堂の攻撃は確かに強力だけど、スピードはそれ程ない。寸前でかわしてカウンターを決め……


「っ!!」


 一瞬背筋にゾクリと寒気が走り、俺は反射的に後ろに飛び退いた。


 藤堂の右腕は地面を穿ち、穿たれた地面は……拳を中心にうねり始め波紋となって周囲に広がった!


「くっ!!」


 俺は波紋が俺のところまで来る前に飛び上がり、もう一度空中へと逃れるが、まさにその瞬間、波紋が瓦礫の錐となって地面から飛び出してくる!


「だぁぁぁぁぁ!」


 俺は式神のベスを足場に体を捻ってなんとか串刺しにされるのを逃れた。


 しかし、無数の錐の上に着地したので体勢が崩れて尻餅をついてしまう。


 やべっ……藤堂は既に飛び上がって俺の頭上で拳を構えている!


 俺は符を地面に貼り付けて急いで念を込めた。


 間に合え!!


「砂礫槍!!」


 お返しとばかりに地面から突き上がる砂礫で出来た錐。念が荒かったせいで槍と言うには気恥ずかしい出来だけど、奴の攻撃を逃れるだけならこれで十分だろう。


 案の定、空中にいた藤堂はその錐を避けることが出来ず、どてっ腹にまともに喰らって吹き飛ばされる。


 俺はその間に立ち上がり、錐の林から何とか逃げ出すことに成功した。


 藤堂は空中でなんとか体勢を建て直して地面に綺麗に着地する。でかい図体な割に身軽なやつ。


「ハッ!」


 その瞬間を狙ったかのように、男爵の拳が藤堂を襲う!



 ガシッ―



「なんと!?」


 男爵の拳は藤堂の体まで届かない。よく見ると全身にオーラが薄い膜となって貼り付いて、男爵の拳侵攻を防いでいる。


 藤堂は男爵を振り払うかのように拳を振るうが、男爵はその拳を綺麗に受け流し、藤堂が体勢を崩したところを手首の捻りと足払いだけで投げ飛ばした! すげー!


 デカい身体の自重に、投げ飛ばされた勢いをプラスされて、頭から地面に叩きつけられる藤堂。しかし、奴は何事も無かったかのようにムックリと起き上がった。


「うっそ~……」

「むむ……」


 その様子を半ば呆れたように眺める俺達。


「どうやら、物理的な打撃のみでは奴にダメージを与えることは出来ないようだな」


「魔族だけに魔法も効きづらい……黒いオーラの使い方も覚えた……しかも、大地の精霊を呪文も無しで操るときたもんだ……んったく、男爵がわざわざやり辛い相手にするから……」


「あいやすまん。これほどまでとは思わなんだ。がははは」


 笑い事じゃない。俺はチラリとミーコさん達の方に視線を向ける。


 くそっ……今行くからもう少し持ちこたえてくれよ……。


 視線の先ではミーコさん達がアストール相手に苦戦を強いられていたのであった。



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