急展開-4 手下A


「グァァァァァ……」


 駒野さんと仁藤さんの聖焔符は、確実に榊の身体を浄化しているッスが、倒すまでには至っていないッス。仁藤さんはガス欠寸前ッスし、駒野さんはかなりのダメージがあるッスから威力が落ちてると思われるッス。


「グ……ガァァァァァ!」


 すると榊が、苦悶を振り払うように強烈な咆哮を上げ、それと呼応して榊を中心にその空間が震え出したッス。


「俺ハ……負ケネェ……」


 魔族へと変化していた榊の姿が、更に人間ひとから離れていったッス。


 榊は獣のそれと化した右腕を突き出すと、可視出来るくらい濃縮された魔力を込めながらグッと握り込んだッス。


 すると空間に無数の歪みが発生したッス。


「喰ラエ」


 歪みが榊の魔力を取り込み、瘴気混じりの塊になって引き寄せられていったッス。


「神気をもって魔なる威力を拒絶せよ! 絶檻ぜっかん!」

オン! 比和土生金ひわどしょうごん!」


 榊が引き寄せた塊と、仁藤さんが法術で補強した駒野さんの結界が、ぶつかりあって激しい衝撃が撒き散らされるッス!


「基! 一旦下がって!」

「くっ……」


 金剛杵ヴァジュラを手にひとり榊に張り付いていた仁藤さんは、そのひと声で金剛杵ヴァジュラから手を離して無念そうに飛び退いたッス。


「ハァハァ……グッ……」


 自由を得た榊が、お腹に刺さった金剛杵ヴァジュラを引き抜こうと手をかけるッスが、まるで金剛杵ヴァジュラ自体に意思があるかのように、しっかりと突き刺さって抜けないッス!


「そいつは霊層森林の奥に生えてる神木の灰と、人の精神波を増幅する麻利砂鉄を混ぜ込んで、経験豊富な法力僧が霊気をしこたま籠めて作った特別製だ。俺との精神感応が途切れねぇ限り、魔族になったテメェじゃ絶対抜けねぇよ」


「グガ……オメェ……」


「……高そうな法具ッスね」

「高ぇよ! これの所為で貯金の半分が……って、んな時に何言わせやがる」


「確か基の貯金額が……」

「そこ! 何バラそうとしてやがんだ」


「オメーミタイナ恵マレテル奴二……」

「法具はどれも高ぇんだよ! 報酬の半分以上が法具代に消えちまうんだ! 俺は常に金欠だ! 恵まれてなんかねぇよ!」


「だから最近、銀座や六本木じゃなくて渋谷や有楽町なんですね。僕は別にどこでも良いですし、なんなら割り勘でも良いんですが……」


「……」


「そう言えば、前はよく奢ってくれてたッスけど、最近ご無沙汰ッスね」


「……何で俺がテメェに奢ってやらなきゃなんねぇんだ?」


「何で急に真顔っスか?! 本気で疑問に思われると滅茶苦茶悲しくなるんスが?! だいたい駒野さんには奢ってるみたいなのに、なんで俺にはそんな対応ッスか?!」


「…………そそそそれはああああれだあれ……」

「……」


「あれ?」


「そのなんだ……って、今そんな事言ってる場合じゃねぇだろ!」

「……」


「後輩を蔑ろにしてると祟られるッスよ?」


「……ん? 別にテメェに祟られた所で問題ねぇな」

「……そうですね。堤下君に祟られた所で所詮は堤下君ですし」


「なんでまたそこで急に我に返って冷静になるッスか?! こんな扱いなんか釈然としないッス!」


「「だって堤下だし」」


「……堤下オメー……」


「ななな何スか?! 何で敵になったお前にまで憐れまれた視線向けられなきゃなんないんスか?! いったい何なんスか?!」


「んで、どーするよ榊。このまま殺り合うならテメェに勝ち目はねーぞ」


「無視ッスか?! 放置プレイッスか?!」


「俺ハ生マレモ育チモ恵マレテル、オメェ等ミタイナ奴等ニ負ケル訳ニハ行カネェンダ! オメェ等ハ全員殺ス!」


「いや、お前もなんで俺を放置するッスか?!」


「「「五月蝿い!」」」


「……シクシクシクッス……」


「……テメェが俺や薫に突っかかって来やがってたのは、その辺が原因か……良いぜ? 来いよ。気の済むまで相手してやるよ」


「基は高名な一族の中でも特に霊力が低く、法力は一般の僧達と比べても貧弱だったと聞いてます。なので子供の頃から蔑ろにされて育ったそうです。遠縁の寺院に謂わば捨てられ、それからは母方の性を名乗り、修行の成果があって法力僧として大成してからも実家との関係は険悪で未だに和解していないです。なので家柄はともかく、金銭的にも霊能力者としての才能という面でも決して恵まれてはいないですし、ここまでのし上がれたのは基の努力の賜物以外の何物でもないですよ。見た目があれなので誤解されがちですが」


 なんかアンダーリム型の高そうな眼鏡をスチャッと抑えつつ、知的に語る駒野さんッスが、なんであんなに自慢気に語ってるんスかね?


「だからあんなに見た目と性格がねじれ曲がっちゃったんスね? 両親が教師でグレちゃった中学生みたいッスね」


「うるせーぞそこ! プライバシーって言葉を知らねーのかテメェ等は……」


「仁藤……オメェ……」


「テメェも、んな目で見んじゃねーよ! 殺り合うんだろ?! さっさと来やがれ」


 グラサンを抑えて耳まで真っ赤に染め上げる仁藤さんに、生温い視線を浴びせつつ、俺達はそれぞれ構えたッス。


「……ソウカ……モウ言葉ハ要ラナイ。俺ハオ前達ヲ倒ス……イヤ……超エル」


 榊は、何か吹っ切れたかのようにスッと顔を上げると、そう宣言して構えたッス。


 途端に集まり出す魔力に、空間が悲鳴を上げはじめたッス。


「俺モ初メテ試ス能力ちからダ……受ケテミヤガレ!」


 その瞬間、榊の姿がゲームのキャラクターが瞬間移動する時みたいに歪み、キィィィンと微かな電子音を残して消え失せたッス。


「んがぁ!」


 全身に切り傷を負い、膝を突く仁藤さん。


 いつの間に仁藤さんの背後に? どうやって……物体引寄アポーツの応用ッスか?


 仁藤さんにかなりのダメージを与えた榊だったッスが、深手を負ってるアイツには、かなり負担のかかる行動だったみたいッス。


 目に見えてアイツの魔力が揺らいでるッス。


 しかし、それでも榊は顔を上げ、不敵に笑みを浮べながら次の行動に移ったッス。


「ハァァァァァ!」


 再び魔力が高まり、その姿が歪んだッスが、同時に仁藤さんと駒野さんがそれを阻む手を打ったッス。


絶華ぜっか!」

かん!」


 駒野さんの術が空間を移動する榊を引き戻し、仁藤さんの法術が受け止めたッス。


「ガ……」

「符よ! 魔祓いの理をもって、闇に沈みし者共を引き裂け! 塵符!」


「堤下! ボーッとしてないで手伝いやがれ!」


「は、はいッス! 風の精霊よ……魔を浄化せし聖霊達の導き手となれ……聖風旋陣!」


 詠唱に応えて、風の精霊達が榊を取り囲むように渦を巻き、駒野さんの聖符に力を注ぐッス。


「グガッ……グァァァァァ!!」


 聖符が放つ浄化の力に、徐々に魔力を削がれる榊。その身体は指先からボロボロと崩れ始めているッス。


「グ……オレハ……オレハァァァァァ!!」


「はぁはぁはぁ……あの世で鉤内さんにきちんと詫びなさい、榊………」


「クソッ……オメェ等……俺ハ……俺ハ死ヌノカ…………届カネェノカ俺ジャ……魔族ニ仲間ヲ……魂マデヲモ売ッタノニ!!」


「……魔族の能力ちからの所為で細かい制御が出来てねぇ。テメェの売りはあのスピードを物体引寄アポーツまで制御して攻撃を組立ててみせる瞬発力と対応力の高さだろうが……」


「ただ速いだけなら幾らでも対応の仕様がありますし、魔力のゴリ押しも僕相手には通用しません。能力ちからに溺れず、速さと魔力をいつものように制御されてたら危なかったです」


「俺ハ……俺ハ…………」


 榊は唖然としたように自分の姿に視線を落としたッス。


「さよならッス、榊……貸した3万は、次に会えた時までの貸しにしとくッスよ」


 決まったッスね、俺のセリフ……ってあれ? 何キョトンとしてるんスか?


「…………フ……クク……クハハハハハハハ…………ナラ俺ハオメート呑ンダ時ニ立テ替エテヤッタ10万、次会ッタ時ニ取リ立テテヤラー……」


「えっ?! ちょっと待つッス! あれは奢りって……あ! そこで消えるなッス! このまま訂正されなかったら俺の好感度が……待つッスよ……榊! 待つッスよぉぉぉぉぉ!!!」


 エコーがかった俺の絶叫が飛び散るのと同じタイミングで、全身が浄化され崩れ落ちる榊……。


「「堤下ぁ……」」


「え? ちちちち違うッスよ?! あれは榊が奢りだって……ほほほほホントにアイツが奢りだって……」


「「……」」


「そんな目で見ないで欲しいッスゥゥゥ!」


 シクシクシク……あ、崩れ落ちる俺の横で、駒野さんの身体がよろめいたッス。


 駒野さんは力尽きたかの様にそのまま崩れ落ちたッスが、仁藤さんが抱き止め、そっと地面に座らせたッス。


「はぁはぁはぁ……基………有難う…………」


「はん……生きてるんならさっさと来やがれ…………」


 相変わらず口調はチャラいッスが、そっぽを向いてツンデレる様子を見せる仁藤さんに笑みを零す駒野さん。


 なんスかね……なんなんスかねこの二人……元々仲良かったッスが、雰囲気が友人同士ってよりも……ハッ!? まままままさか……いやでも……で……あああああああああ! 俺しーらない! 俺知らないッス! 俺何も見なかったッス! 何も聞かなかったッスゥゥゥゥゥ!!!


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