急展開-3 裕太
俺が指をさした先には、ゲロまみれではあるが、黒い大きめのビー玉くらいのガラス玉が落ちている。
「な……に?」
処理落ちしたパソコンの如く唖然とそれを見つめるアストール。
「うちのミーコさんがゲロまみれにして悪いが、あの球体にアストラルデーモンを封印させてもらった」
「ゲロって言わないでよー」
「磯姫にアストラルデーモン……敵が……つーか、あんたが他人を乗っ取る術に長けているのは分かっていたからな。それに備えて先手を取らせてもらったのさ。大事な部下をミーコさんのゲロまみれにしてしまった事は素直に謝ゴブフッ……」
優雅に頭下げた俺の後頭部にミーコさんの踵を落としが突き刺さり、俺は不本意ながら地面とキスをする。
「ゲロって言うなって言ってんでしょ! 大体なんで謝るの?! あたしだって……あたしだって女の子なんだから気を使え!!」
涙目でそう訴えるミーコさんは取りあえず無視して俺はむっくり起き上がりる。
「いつの間にアストラルデーモンを封じれる程の仕掛けを……」
「どうせあんたのことだ。俺らのことはアストラルデーモンを介して監視してたんだろ? なら俺らがコーヒー飲んでたのは知ってるよな? あん時だよ。あのコーヒーは体の中の異物を封じ込める特殊な液体で入れたものでね……誰が狙われてもいいようにって意味と、あの場で既に取り憑かれてないかを確認するために全員に飲ませたんだ……堤下、大丈夫だよ。ある程度時間が経てば排泄物と一緒に外に出るから人体には影響はないって」
最後のは、俺の説明を聞いてお腹をさすって心配そうな顔を見せた堤下に言った言葉だ。
試すような事して堤下と仁藤には悪いとは思ったが、用意周到をモットーとしている俺としてはやむを得ない処置だったと理解してもらおう。
「あーっと違うッス……俺は単にもらいゲロしそうだゲロ……じゃなくてしそうなだけッス……」
「あっそう」
だから顔が真っ青なのか。
「大体テメェが単なる親切心でコーヒー出しただなんて思っちゃいねーよ」
こちらは仁藤。
「とまぁ、そんなとこだ。悪いね、ぬか喜びさせちゃって」
「……」
さすがに挑発には乗ってこないか。
「ま、あのミーコさんのゲロにまみれてるガラス玉を破壊しない限り、アストラルデーモンは復活しないからそのつもりで……」
「そいつは良いこと聞いたぜ……」
そのセリフに振り向くと、魔族としての本性を現している榊が、汚物に足を踏み入れて、カラス玉に向かって鉤爪らしき物を振り上げているところだった。
「油断大敵だな!」
そう叫んで鉤爪を振り下ろす榊。
パキン―
「あはははは! これでアストラルデーモンはふっか……」
「エンガチョエンガチョォ! 榊のエンガチョォ……ウゴッ……」
「あんたは小学生かい! しかもゲロゲロしつこい! その上表現が古すぎるわぁぁぁ!!」
再び踵落としに見舞われる俺。
「ごれ、本気で
「自業自得!! ……単純馬鹿ね、榊。裕太がおちょくってることに気付かなかったの?」
そう魔族と化した榊に呆れた視線を向けるミーコさん。出来れば俺の頭を踏みつけてる足をどけてから話をして欲しいんだけど。
「何だと?」
「ほら、見てごらん。あんたらの仲間がどうなったかをね」
その言葉につられ、榊は自らが破壊したガラス玉……アストラルデーモン本体に目を向ける。
「なっ!?」
視線の先では既に地面に染み込む液体と化したアストラルデーモンの死骸。
「最期の刻がゲロの中とは同情を禁じえないけど……ま、俺としては自分で止めを刺す手間が省けて良かったよ。いくら俺でもゲロ塗れの物体に触りたくないもウギョォォォ! ギブアップミーコ! ギブアァァァップ!」
「し・つ・こ・いっつーの!!」
「踵でグリグリ止めてー! グリグリ止めてー!」
「き、貴様ぁぁぁ!!」
榊は怒り狂っているけどこれは予定通り。頭に血を昇らした相手ほど楽な相手はいない。
俺は内心ほくそ笑みながら、榊を封じるための符を用意する。
「狼狽えるな! それがこやつの手だ!! まともに取り合うな!!」
響きわたる怒声に、身を震わせる榊。
チェッ……あと少しだったのに。
「どうせ、そのアストラルデーモンはもう役にはたたん。冷静に戦えば、総合力では我々が上だ。先の二人は既に霊気が尽きかけている。雪女は大した戦力にはならん。それに猫女は……我が魔術によって妖気を封じてある。アストラルデーモンの魔力無くしては、大した戦力にはなりはしないのだ……」
と嘲り混じりの笑みを浮かべながらそう嘯くアストール。
「そうみたいだね。呪術だよね、これ。獣系妖怪の野生の勘を掻い潜って呪術を組み立てるの大変だったんじゃない? 空腹で思考力低下したミーコさんを
「……」
「あんたさー、仮にも自分の彼女が呪い掛けられたんだから、もっとこう、怒ったり嘆いたりしてくれても
「だって、今回この状況になってんのは、ミーコさんの自業自得でしょ。自分の行いが招いた結果なんだからこれを教訓に、今後は場当たり的なヒステリーは控えて……」
「ヒステリーちゃうわ! 嫉妬に狂った女の情念じゃい!!」
「つまりは自業自得である自覚はあるって事ね」
「……さーせん。許してつかーさい」
そんな俺達のやり取りを見て、アストールは軽蔑を隠そうともせず肩を竦めた。
「つまらんな。君はもっと思慮の深い人間であったと思っていたのだが。自分の置かれた状況や相手の力量も把握できんような者をこれ以上相手にしても時間の無駄だ」
「そいつはどーも。どんな時でも笑顔を忘れず、
「フフ……君と一緒にしないで欲しいものだな。君と私とでは背負っているものが違うのだよ。1%でも勝つ確率が上がるのであれば、多少の苦労は買って出るのが上に立つものの責務というものだ」
「それって実に人間的な考えだよね? つーか中間管理職的な思考っていうの? 魔族ってのは己の存在意義を誇示するために、他者を圧倒しようとする姿勢こそが魔族の魔族たる所以なんじゃなかったっけ?」
「そうね。高位の魔族ってのは、揃いも揃って自己顕示欲の塊よ。こっそり敵の足元に穴空けるような事はしないで、真正面から叩き潰そうとするのが奴ら。それが出来るだけの
「その所為で今困ってんだから、無い胸張らないでもらえるかな?」
「ああああありますぅぅぅ! ちゃんと胸ありますぅぅぅ!!」
「ああ、2ヶ月前にオーダーし……」
「……さーせん。もう口挟みません。許してつかーさい」
「もう良い」
「へ? 何?」
「もう良いと言ったのだ」
「だから何が?」
「これ以上、出来の悪いコント染みたやり取りを見せられて無駄に時間を消費されては敵わん。所詮、貴様らは半人前の霊能力者と中途半端に力を持った半妖だ。強者たる我々魔族の価値観など分かろう筈もない」
「まぁ確かに魔族達の価値観なんて分からんね。俺人間だし。でもあんたの事はよーく分かるよ」
「ほほう? 何がどう分かったと言うのだね? 大方、自分と同じ人間だ……とでも言うつもりか? 下らん。実に下らんな」
「いや、人間云々って話じゃなくてさ、あんた自身の考えてる事がよく分かるって話。要するに100%なミーコさんと戦って勝つ自信が無かったって事でしょ?」
「……やはり聞くだけ無駄だったようだな。警戒していたのは事実だが、それはいらぬ心配だったようだ。君は私を怒らせたいのだろ? 無駄だよ。君の見え透いた思惑に私が乗るとでも思ったのかい? もうこれ以上、策も無いのであれば、この辺で幕引きと行こう。榊! 先ずは数を減らせ! 後ろをチョロチョロされるのは迷惑だ!!」
その言葉に2人の魔族はすぐさま反応し、榊は仁藤達三人の方に向かって駆けていき、藤堂は俺とミーコさんの2人と仁藤達を遮るように立ちはだかった。
「いや、俺としてはもう目的は達したよ。十分『時間稼ぎ』させてもらったから」
次の瞬間二つのことが同時に起きた。榊の突進は一つの人影に遮られ、藤堂の元には地を這う衝撃波が襲いかかったのだ!
「「っ!!」」
驚く2人。藤堂は間一髪退いて衝撃波をやり過ごすが、榊は人影の放った聖符に動きを封じられた上に全身を氷の蔦に絡め取られている。
「き、貴様等……」
「
そう言いながら現れたのはハゲおやじ……じゃなくて男爵。
「伊集院……それに……」
「駒野さん! 生きてたんスね!!」
アストールの言葉を遮り声を上げる堤下。
その言葉通り榊の突進を聖符で受け止めたのは駒野だったのだ。そして氷の蔦で榊を絡め取ったのが白蘭と言うわけだ。
俺は別にただミーコさんの復活を眺めていたわけじゃない。白蘭を通して男爵をこちらに誘導していたのだ。んで、茶番を演じつつ時間稼ぎをしてたのだ。
突然の2人と一匹の登場に、驚きを隠せずにその場で固まっていた一同だったが(俺とミーコさんを除いてだが)その中でただ一人、驚愕を乗り越え直ぐさま行動を起こした人間がいた。
ザシュ―
「ウガァァァァァ!」
「隙だらけなんだよ……」
榊の腹部を貫き背中から突き出ているのは、
「今だ薫! やれ!! ……話は後で聞かせてもらうからな」
「分かってます……聖符よ……魔なる威力を退けよ……金色の焔となりて天へと昇る螺旋を描け! 聖焔符!」
聖符は仁藤の
「ガァァァァァ!」
榊は苦痛の叫びを上げるが、白蘭の蔦と駒野の聖符が、榊が逃げ出す事を許さない!
コォォォォォ―
その時、藤堂が咆哮を上げ、奴を包んでいた黒いオーラを駒野達に向かって解き放った!
しかし、それに気付いた男爵がそのオーラの行く手を遮る!
「ふん!」
男爵は、右腕に闘気を溜め込んで、それでオーラを叩き落とそうとその剛腕を振るう!
おっさん、そりゃいくら何でも無茶じゃねーですか?
「うりゃぁぁぁぁぁ!」
ドッガァァァン―
「……うっそ~ん……」
俺の心配をよそに男爵は藤堂のオーラを見事叩き落とした。
人の身で、魔族の魔力を素手で叩き落とす奴がいるとは思わなかったよ。
呆れ顔の俺をよそに戦闘は続くのだった。
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