急展開-2 手下A


「アストール様ここは我々にお任せを……」


 不適な笑みを浮かべ、前に進み出る榊と藤堂さんの二人。


 榊はその小柄な身体とアポーツ系の超能力を生かしたスピード主体の退魔刀使いで、豹の様なしなやかな動きと、常人離れした反射神経で相手を翻弄する攻撃を得意としてるッス。


 藤堂さんは、逆に二メートルを越える巨体を生かしたパワー主体の棍棒使いで、その一撃は時には大地の精霊をも揺り動かすほどの破壊力を秘めているッス。


 二人とも気のいい奴らだったはずッス。


 榊は、確かに長い物に巻かれるタイプだったッスけど、根は正義感の強い好漢な奴だったッス。年が近いからよく一緒に連んで遊び回っていたッスよ……そう言えばあいつに貸した三万円、まだ返してもらってないッス。


 藤堂さんは、その厳つい顔と巨体から発せられる威圧感とは裏腹に非常に温厚で、いつもワイワイ騒いでいる他のメンバーを後ろからにっこり笑って見ているような縁の下の力持ち的な人ッス。まぁその笑顔はマフィアのボスみたいな凄みがあったッスけど。戦いの際には常に周りに気を使い、メンバーの危機には決まって手を差し伸べてくれるので、仲間から厚い信頼を寄せられていたッス。女にフラれて落ち込む俺を慰めてくれたのは、後にも先にも藤堂さんだけだったッス……。


 そんな二人を相手にしなくちゃいけないなんて……一体、二人に何があったんスか!? 二人の変貌ぶりを実際にこの目にした今でも、全くもって信じられないッス……。


「おまえ等一体そいつに何を吹き込まれた? 魔族との取引には常にリスクが付きまとうんだぞ? このままここを出てもおまえ等が無事である保証がどこにある?!」


 仁藤さんが持つ金剛杵ヴァジュラが、言葉が紡がれる毎に薄く光り、法力が籠められて行くのが分かるッス。


「吹き込まれたとは人聞きの悪い。俺たちは自らの意志でアストール様の力になる事を決めたんだ。おまえ等もこっちに来ればいい! アストール様の能力ちからを見ればきっとおまえ等も俺の気持ちが理解できる! 今からでも遅くない! アストール様に頭を下げるんだ!!」


「それが本当なら何故、鉤内のおっさんと薫がそこにいない! 何故殺す必要がある!! 二人がそこにいないことが、おまえ等の立場を明確に示しているんだよ……」


「はん! あの二人はアストール様の能力ちからを理解できなかった愚か者共さ!! お前もその仲間入りをしたいってのならもう止めはしない……あいつ等と同じように、この俺がこの退魔刀をその体に突き刺してやる!」


「っ!!! てめぇか……てめぇが二人を……薫を殺ったのか!!」


「そうさ! どんなに努力しても追いつけなかったあの二人を、この俺がこの能力ちからを使って追い詰めてやったのさ! 二人とも手も足も出せずに死んでいったよ! この俺相手にだぜ? あははははは!」


「なんて事を……お前はそこまで腐ってしまったんスか? 何がお前をそうさせたんスか? そいつッスか? やっぱりそいつが……アストールがお前を狂わせたんスか!!」


 俺は覚悟を決めたッス。お前達をこんなにしたそいつを、そして……深葉夜姫をあんな風に使い捨てたアストールをこの手で倒すッス!!


「集え聖霊よ! 天地を守護せし精霊達を統べし者よ! 我と結びし血の盟約の元、我が手となり足となれ! 真風身護流壁!!」


 俺の詠唱の元、逆巻き集う聖霊達!


「へぇ……お前も敵に回るのか? いいぜ? まとめて相手してやるよ!!」

「……」


 その顔に嘲笑を浮かべる榊に、無言で棍棒をかつぎ上げる藤堂さん。


 そしてアストールは、そんな二人の後ろですかした顔で余裕ぶっこいて立ってるッス!


「テメェ等はこの俺が殺す!」

「仇を……仇を討たせてもらうッス!」

「わたくしも手伝わせて頂きますわ」


 激昂して叫ぶ仁藤さんと、その瞳に殺気を込めてアストールを睨み付けてる雪女さん。


 俺たちは、三者三様に魔に堕ちた三人を討つため、霊気と妖気を高めていったッス。


オン……法術……月焔つきほむら


 アストール達3人の足元から吹き上がる霞掛かった法力の奔流!


「ふん!」


 しかし、直ぐさま藤堂さんが、持っていた棍棒を叩きつけてかき消したッス! 棍棒がそのまま地面に叩きつけられ、粉塵が巻き上がるッス!


 遮られる視界の隅で僅かに空気が揺らぎ、そこから突き出されるキラリと光る刃。その刃は一直線に仁藤さんに向かっていったッス!


「死ね!」

「……深淵しんえん


 粉塵に紛れて突っ込んできた榊に対し、それを読んでいたかの様に仁藤さんは結界術を展開したッス!


「なっ!?」


 唐突に身体を結界術で押さえ付けられ足を止める榊。


 しかし、ほぼ同時に藤堂さんの棍棒が仁藤さんに襲いかかっていたッス! 仁藤さんへの集中攻撃ッスか?!


「ハァッ!」


 仁藤さんは、振り降ろされる棍棒にに対し、気合一線、金剛杵ヴァジュラをクルリと回転させ、それを根元から切って落としてしまったッス!


 振り降ろした棍棒が、大した抵抗もなく根元から切って落とされてしまった所為で藤堂さんはバランスを崩し、榊は結界術に抑え込まれ足を止めされてるッス……どちらもほんの一瞬の出来事だったッスが、戦闘においてはどう考えたって致命的な隙だったッス!


「氷柱陣……」

風薙かざなぎ!」


 雪女さんの氷の柱が藤堂さんの体を貫き、俺の風の刃が榊の両腕を切り落としたっす!


「くっ!」

「がぁぁぁぁぁ!」


 響きわたる二人の悲鳴。


「止めだ!」


 金剛杵ヴァジュラを地面に突き刺し、法力を練り上げていた仁藤さんが術を解き放ったッス!


「……法術……咎人焔とがびとほむら


 黄金の輝きを放つ焔が地面から噴き上がり、2人を包み込んだッス!


「アストール……次はテメェだ!」


「ほほう……なかなかやるではないか。貴様がここまでやるとは正直思ってもいなかった」


 その顔に嘲笑を張り付けたまま、そう嘯くアストール。


「余裕かましてられるのも今のう……」


「法力僧! 避けなさい!」


「なっ?! くっ!!」


 雪女さんの警告に、とっさに横に転がり身をかわす仁藤さん。


 その仁藤さんの横を一匹の獣の様な何かが通り過ぎていったッス!


 更に、仁藤さんは転がる勢いを利用して立ち上がり、後方に跳び退いたッス!



 ズガァァァン―



 響きわたる炸裂音。地面には、その音を生みだしクレーターを穿った巨大な拳が突き刺さっていたッス。


「上位魔族たるこの我々に、貴様等ごときの魔法や妖術が本当に利くとでも思っていたのかね?」


「くっ!!」


 血が流れ落ちるわき腹を抑え、悔しそうにアストールを睨み付ける仁藤さん。倒したと思った二人は、魔族としての本体を晒しだし、悠然とこちらの出方を伺っているッス。


 一人は全身に無数の刃物を纏う大型の、鬣のある豹の様な姿……もう一人はオーガの様な巨体で、黒いオーラを纏ったまがまがしい姿をしているッス。


「まだだ! テメェ等の思い通りになってたまるか!!」


「いやいや……私の思惑は既に達せられたようだ。貴様等の今までの行動は、正しく無駄な足掻きだった訳だな」


 そう言って俺ら三人の後方を指さすアストール。その顔はすでに嘲笑を越えて侮蔑すら浮かんでいるッス。


「……くそ!」


 そう吐き捨てる仁藤さん。


 アストールの指した先には、魔族の証である紅の瞳を光らせた、猫女の金城美依さんが、立ち上がっていたのだったッス。


「クックック……猫女が我らが軍門に下り、これで我が目的の半分は達せられた……猫女よ! 汝が能力(ちから)をもって我に仇なす者どもを殺せ!」


 そう金城さんに命令を下すアストール。俺たちは、迫り来る金城さんの攻撃に備えてそれぞれ身構えたッス!


 ……あれ? 迫り来てないッスね。


 金城さんはアストールの命令に従う様子もなく、肩を回したり首を鳴らしたりと、自分の身体のチェックに余念がないッス。


「……猫女よ! いや、アストラルデーモンよ! 汝が主が命であるぞ! 今すぐこやつらを地獄の底へと送り込むのだ!」


 少し苛ただし気に再び声を上げるアストール。


「……」


 でも、やっぱり何事も無かったかのように、屈伸や伸脚を始める金城さん。それが済むと今度は両方の手のひらをじっと見つめ始めたッス。そして突然、顔だけ後ろを振り向くとそっちに向かって大声を上げたッス。


「ねぇ裕太! ウェットティッシュかおしぼり持ってない?」


「声でかいってミーコさん」


 あ、そう言えば兄貴もいたんスよね。


 この緊迫した空気を全く気にもとめず、金城さんは兄貴からおしぼりを受け取ると、手に付いた血痕を拭き落とし始めたッス。


「ミーコさん、顔にも付いてる」


 兄貴の指摘に、金城さんはまるでおっさんの如く、おしぼりで顔を拭き始めたッス。どうでもいいけど何で兄貴はおしぼりなんか持ってるんスかね?


「落ちた?」


「どれ……」


 金城さんからおしぼりを受け取ると、兄貴は彼女の顔に残っていた血痕を綺麗に拭き上げていったッス。


 気持ちよさそうにそれに身をゆだねている金城さん。


 ……あっ!


 い、今戦闘中っすよ! こんなほんわかした空気を作り出してどうするつもりッスか?!


 アストールは命令を下した時の、片腕を腰に当て、もう一方の腕で俺たちの方を指差した体勢のまま、何やら唖然とした様子で固まっていたッス。榊と藤堂さんは、どうしたものかと手を出し倦ねているッス。


 ハッと我に返ったアストールは、怒りに顔を紅く染めたッス。


「何をしているアストラルデーモン! さっさと私の命令に従わぬか!」


「うっさい! 血が乾くとガビガビになって気持ち悪い……うっ……」


 怒鳴り返したと思ったら、突然両手で口を押さえて後ろを向いてしゃがみ込んだッス。


「うぉえぇぇぇ……」


「……さ、さすがは汚吐女おとめ金城さんッス……汚物を吐き散らかせたら右に出るものはいないッス!」


「黙れ手下A! ……くそぉ……あたし一応女の子なんだけど……一度ならず二度までもこんな事させやがってぇ……もっとなんか方法はなかったの?」


「二度? 今回以外でも汚吐女おとめでクラッシュしたの?」


「あ、あわわわ……そ、それはこっちの都合というか……勘違い? えへ」


「ま、いいけど。大方、野良猫とサンマを取り合って、それに当たったか何かしたんでしょ」


「な、なななななな何で裕太がその事知ってんのよぉぉぉぉぉ! さ、さては男爵、喋ったわねぇぇぇぇぇ!」


「……冗談だったんだけど……」


「へっ?!」


「そっか……男爵の名前が出てくるあたり、今回組織加入の事情ってその辺に関わりがあるって事なのかな?」


「うごっ……き、聞かなかったことにしてやって下さい……」


 涙をチョチョ切らせせる金城さんに、からかう種が増えて上機嫌な兄貴。ホント、この二人は仲良いッスねぇ。


「貴様等ぁぁぁぁぁ!!」


「ああ、忘れてた」

「まだいたんだ?」


 二人のあんまりと言えばあんまりの反応に、身体を震わせて怒りを表すアストール。


「クッ……アストラルデーモン! 何故私に従わぬ! 私は貴様の主だぞ! 魔族の誇りを忘れたか!!」


「アストラルデーモン? 奴ならほらそこに……」


「うぅ……出来ればあんまり見てほしくないんだけど……」


 兄貴が指をさしたその先には、金城さんが吐き散らした汚物が……ウプッ……もらいゲロしそうッス……。


 そして、その汚物の中には黒いガラス玉が転がっていたのだったッス。


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