急展開-1 手下A


「ふぅ~……これで最後ッス〜」


 石人形の最後の一体を破壊し終えると、ようやく一息吐くことができたッス。


 あの紋様付き石人形を倒すには、多量の霊気を一気に放出する術よりも、細やかな操作性を求められる術を使わなくちゃなんなかったッス。かなり高いレベルの集中力が必要だったんで、精神的な疲労が普段とは段違だんちだったッス。


 特別手当が欲しいところッスね……兄貴が確約した合コンの為には、軍資金が必要ッス!


 横を見ると仁藤さんも疲労困憊って感じッス。法術は燃費悪いッスからね〜。


「大丈夫ッスか、仁藤さん?」


「ダメ……さすがにバテた……」


 だらしなく胡座をかき、項垂れてそう応えた仁藤さんだったッス。


「逃げなさい猫女! 『アイツ』の本当の狙いは貴女よ!!」


 突然鳴り響いたその声に慌てて目を向けると、さっきまでアストラルデーモンに取り憑かれていた雪女さんが正気を取り戻し、何事が叫んでいたッス。


「チッ、次から次へと……」


 仁藤さんは、グラサンを中指でシュっと抑えて持ち上げて、舌打ちしながらそう呟くと、立ち上がって走り出したッス。あの人見た目とは裏腹に熱血ッスからね。本人に言うと殴られるんで、口に出しては言わないッスけど。


 だいたい格好つけ過ぎッスよ。中指でグラサンの鼻受け抑えるってどこのホストかって……って、よく見ると金城さんの周りを黒い靄が取り囲んでいるッス! こんな事してる場合じゃなかったッス!!


 俺も急いで走り出すと、先行していた仁藤さんに問い掛けたッス。


「仁藤さん……あの黒靄、何スか?」


「多分、アストラルデーモンの本体だ。弱った猫女に取り憑く気なんだ。……ったく……水無月の野郎は何で防ごうともしない!」


 仁藤さんの言葉通り、兄貴はただ唖然と、目の前で起こっている出来事を眺めているだけに見えるッス。


 あの兄貴が指くわえて見てるだけッスか?! 信じられないッス!!


「符呪士! 唖然としてないで防ぎなさい! 取り憑かれたらもう祓う事は出来ないわ! 取り返しがつかなくなる前に猫女を助けるのよ!」


 雪女さんのその叫びにも、兄貴は何の反応も見せないっす! どうしたっすか兄貴は!?


オン……」


 すると仁藤さんは、独鈷鈴どっこりんを取り出し念を込めたッス。


「大地漂いて水止まう……土剋水どこくすい!」



 キンー



 水気を纏う黒靄に対して、土気を込めた仁藤さんの独鈷鈴が放たれたッスが、それは黒靄に至る前に何かに弾かれてしまったッス。


 なら、俺の風で吹き飛ばすッス!


「風の精霊よ……怒り狂いて激しく舞踊るッス! 竜颪たつおろし!」


 空いた上方からの打ち下ろしの竜巻が、黒靄目掛けて降りて来たッスが……


「これも弾かれたッス!」


「おい水無月、何呆けてやがる! テメーの女のことだろうが! 早く自分で何とかしやがれ!!」


 兄貴はそんな仁藤さんの呼びかけに応じる気配もなく、何やら唇を噛んで厳しい表情でじっとその様子を見つめてるッス。まさか兄貴でもどうしようもないんすか?!


 仁藤さんもその様子に気付いて、「チッ」と舌を打ちながら、グラサン抑えてそっぽを向いたッス。


 俺と仁藤さんの二人は、それでも何とかしようとまた呪文を唱え始めたッス。


 その時……


「いかんな二人とも……水無月君は手出しできないんじゃない。和えて手を出さないでいるのんだ。その意を汲んでやらねば」


 そんな聞き覚えがある声が響いてきたッス。


「リーダー?」


 そう……登場したのは、我が組織のリーダーの……リーダーの……あれ? 名前何て言うんだったっけ? と、とにかくリーダーその人だったッス。


 意を汲む……と、言葉づらは良いッスけど、何やら含みのある言い方ッスね。


 表情は兄貴と金城さんの二人を痛ましそうに見てるように見えるのに、声色からそれとは全く正反対の印象を受けるッス。


 そう感じたのは俺だけじゃなかったらしく、仁藤さんも怪訝な顔でリーダーを見てるッス。


「金城くんの身体を見たまえ。その傷では既に回復は見込めないのだよ。故に水無月くんは、アストラルデーモンを金城くんに取り憑かせ、それにより生き長らえさせる道を選んだのだ。アストラルデーモンの魔力が金城くん本来の治癒力を引き出すことを期待してな」


 なるほどそうだったんスか。でもさっき雪女さんが「取り憑かれたらもう祓えない」って……。


「水無月くんは金城くんが回復さえしてしまえば、二人で協力してアストラルデーモンを追い出せると思っているのだろうな……クックック……」


 そこで表情が一変したッス。兄貴達を痛ましそうに見つめていた善人面から、嘲りを隠そうともしない悪人面へと早変わりッス。人の仮面が剥がれる様ってのを、ここまで明確に見たのは初めてッス。


「愚かな選択だ! 人や半妖に悪魔が祓えると、本気で思っているのかね?」


 その言葉に、脳裏をよぎった確かな予感。


 仁藤さんは、見た目は歌舞伎町のホストそのものッスが、れっきとした法力僧ッス。の悪意に敏感で、法力僧としての矜持もきっちり持ち合わせてるッス。


 そして俺は風使い……聖霊の声を聞き、吹き移ろう風の精霊として使役する聖霊使いの末裔……だから俺も……仁藤さんと同じッス。


 だから……分かってしまったッス。根本的な所で俺達とリーダーは相容れない事を……


 俺が口を開こうとすると、それより先に仁藤さんが声を押し殺すように抗議の声を上げたっす。


「そりゃねぇだろリーダー……仮にも仲間だろ? そんな言葉で自分を汚してる場合じゃねぇだろ……」


「自分を汚す? 何故だね? たかだか半妖一匹ともぐりの符呪士一人のことだろう? 仲間だの何だの相変わらず青臭いことを口にする……そんなだからお前はいつまで経っても一流にはなれんのだよ」


 嘲るようにそう語るリーダーに、愕然とするよりも、やっぱりと納得してしまうッス。


「あなたにとってはそうでしょうね……」


 後ろから、うそら寒い声でそう口を開く雪女さん。


「あなたなら……この事の全てを画策したあなたなら、そう思うのは当然でしょうね! 岸本謙二郎! いいえ……23人の魔王が一人、謀略のアモンの使い魔『アストール』!!」


「っ!!」


 アストール……アストールだって!! リーダーがッスか?! そんな馬鹿な!!


「ほほう、やる気かね? 君の力が私に通じないのは、既に分かっている事であろう? それでも向かってくると言うのかね?」


「あなたに跪くなんて二度とごめんだわ……例え刺し違えてでも……あなたを殺す!!」


 雪女さんはそう叫ぶと、全身から冷気を発して臨戦態勢をとったッス。


「お前達はどうするかね?」


 そんな雪女さんを意に介した様子もなく、リーダーは俺達にも声を掛けてきたッス。


「このまま我が敵となるもよし。もしこちら側に来るというのであれば、更なる能力ちからと魔力を与えてやろう……この者達のようにな」


 そんなリーダーの言葉と共に現れたのは、見覚えのある二人だったッス。


「榊……藤堂のおっさん……」


 呻くようにそう呟く仁藤さん。二人は……二人から感じる気配は、明らかに人間とは別物になっていたッス。


「お前等……」


「仁藤、堤下……素晴らしいぞこの力は……お前達も来いよ! アストール様に忠誠を誓えば……この力を手に入れれば、あらゆる富や名声を手に入れることだって簡単に出来るぞ!!」


 そう叫ぶ榊の瞳は、紅い妖しげな光を発しているッス。藤堂さんは何も言わないっすけど、笑みを浮かべ少し上気させたその顔と、榊と同じ紅い瞳を見れば何を考えているかは一目瞭然だったッス。


 しかし、仁藤さんはそんな榊の言葉には何も応えず、視線を再びリーダーの方に戻したッス。


「おい、リーダー……鉤内のおっさんと、駒野は……薫はどうした」


「ふふ……言わねば分からぬか? この場に居ないことが何よりの答えになっているとは思わんか? あの二人は愚かにも私の言葉に耳を貸さず、この私に正義が何たるかなどと下らない口上を突き付けた上に、更には無謀にも私に向かって牙を剥いたのだ! 今頃あの世で己の行いを悔いているだろうよ!」


 リーダー……いやアストールがそう口にした途端、仁藤さんから凄まじい殺気が吹き出してきたっす! その殺気は大地と呼応してるかと錯覚するほど激しい物だったっす!!


「殺す!!」


 そう言い放ちながら仁藤さんが懐から取り出したのは、なんの装飾も無い一本の棒。


オン!」


 その1本の棒は、仁藤さんが法力を込めたその瞬間、ザワッと空気を震わせ、その姿を金剛杵ヴァジュラへと一変させたッス。


 しかも、ただの金剛杵ヴァジュラじゃないッス。金剛杵ヴァジュラよりも柄も刃も長く、法具と言うより武具……双頭槍に近いッス。


「ほほう……お前にここまでの能力ちからがあるとは少し見くびっていた様だな。よかろう。命がいらないと言うのであれば、お望み通り、あの世の二人の元へ送ってやろうではないか!」


「ほざけ!!」


 こうして戦いの火蓋は切って落とされたのだったッス。


 でもこの一連の騒ぎの中、兄貴はその騒ぎには目もくれず、じっと金城さんの様子を見つめていたのだったッス。


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