攻め来る罠にご用心-6 裕太


ほむら溜まりて波に漂ふことなかれ……しわ寄ろあいて眞中まなかへまゐりゃんせ』


 鉤内のおっちゃんが、鞠つきをするように右手のひらを下に向け、再度ほのおを生み出すと、そのほのおは線香花火のような儚げな焔玉となって膨らみ、ポトンと地面に落下する。


 落ちた焔玉はブワリと広がり、雪女を含めた敵全てを呑み込むと、それぞれを中心に焔の柱が立ち昇った。


 立ち昇った焔の柱は煙のように立ち消えて、その場に残ったのは俺達と雪女、それにゴーレム達だ。白狼達は今の一撃を受けて全て消滅したように見えた。


 しかし……


「……? ……っ!!」


 なんと砕けたはずの白狼が、次の瞬間巻き戻しのフィルムを見てるがごとく元の姿に再生を果たしたのだ。


 おっちゃんは、慌てたように再度焔玉を放ち、今度は足止めするように焔の渦でそれぞれをその場で釘付けにする。


「身体が氷の粒子で出来てるみたいだな。生命体ではなくて思念体に近いのであろう」


「なるほど……思念体だけに死ねんたーいいご身分ね」


「…………雪女を直接狙うか、元になってる召喚陣を打ち消せば良いのかな?」


「ちょ……」


「そうだな。ただ、これだけの物量を相手にしながらゆっくり召喚陣の解析などはしてられんだろうから、魔力の供給源となってる雪女ごと消してしまった方が楽であろうな」


「……」


「アストラルデーモンらしき存在に憑依されてる雪女って、倒すの大変そうだね」


「……」


「と言うか、雪女は操られてるだけッスよね? 倒してしまって良いんスか? 可哀想ッス……」


「……誰かツッコんでよぅ……」


「堤下……気持ちは分からねぇでもねーが、戦いの最中に相手に同情してたら死ぬぞ。先ずは自分と仲間の安全だけを考えやがれ」


「……こういうのってさー……」


「……そうッスね……俺も風使いの端くれッスから実戦とあらば手を抜く事はしないッス」


「……スルーされるのが1番キツイんですが……」


「あんまり強力な術を使うと洞窟が崩れる恐れもある。そこを考慮に入れて戦うように。鉤内は引き続きあの思念体……便宜上、思念獣と呼称するが、あれの足止めと滅失をし続けろ。ゴーレムは伊集院が引き付け、他で雪女に当たれ」


「コクコク」

「心得た」

「「「「「了解」」」」」

「……シクシクシク……」


 しかし、それぞれが動こうとしたその瞬間、今度は焔に拘束されていた雪女が強引に動いた。


 雪女が右手を振るい、冷気が放たれると、地面からシャキンシャキンと氷柱つららが生えいづる。


「鉤内さん!」


「っ!!」


 逃げ遅れたおっちゃんの身体を、氷柱つららが何本も突き刺さる。


 しかし、おっちゃんの身体は水面の波紋のように波を打っただけで傷を負ってはいない。いつの間にか、身体を煙化する妖術を使っていたようだ。


 ついでに本性も現している。


 おっちゃんの本性は焔と煙を纏う坊さんだ。人間としての姿は、個性の無いヨレヨレの研究者といった風体だったが、それがボロボロの法衣と袈裟を身に纏った、肋が浮いた痩せた坊さんに変わっている。背丈は縮み、ぬらりひょんの様に歪な形の坊主頭が特徴だ。


 本人はこの本性が好きでは無いみたいどけどね。


 おっちゃんが、敵を拘束しつつできる範囲で思念獣を滅し続けているが焼け石に水状態だ。


 他のメンバーは雪女の元へと向おうとしているが、次から次へと再生し召喚され続ける思念獣の対処をしながら、雪女が放つ氷柱やゴーレムの攻撃に対処するので、なかなか思うように進まない。


「こうなったらあれしかないわ!」


「何だ?」


 どうやら立ち直ったらしいミーコさんが突然声を上げると、胡散臭気に視線を向ける仁藤及び他多数。俺は慣れてるから特に反応は返さない。


「皆の物、聞けぇぇぇい!」


 その視線を無視してミーコさんは声を張り上げる。どうせろくな話ではないだろう。


「皆、コアを狙って攻撃するのじゃ!」


「思念獣だっつってるだろーが! コアじゃなく召喚陣をぐがっぁぁぁぉぁ!」


 皆んなの気持ちを代弁して即ツッコミを入れる仁藤の後頭部に、ミーコさんの跳び膝蹴りが炸裂する。


「未熟者っ! あたしがコアつったらコアなのよ! そんな事だからあんたはいつまで経っても一流になれないの!!」


 後頭部を押さえながら恨まし気な視線を、何故か俺の方に向けながら立ち上がる仁藤。


 え? 俺のせい?


 ミーコさんに見えないように、自分を指さし首を傾げるジェスチャーを見せるが、皆んなでコクコクと頷いている。


 解せぬ。まぁ一応彼氏だし、確かに他の人じゃ対処できないだろうから俺が付き合うしかないか。この三文芝居に。


「じゃあどおすればいいの、ミーコさん?」


「よくぞ聞いてくれた我が下僕よ!」


「……」


「答えは至って単純! それは……」


「それは?」


「心の目を開くのだぁぁぁ!!」


 うん。無理。


「鉤内のおっちゃんの妖気が尽きる前に、決めちまおう。仁藤が、足止めされた思念獣を、雪女ごと巻き込んで結界で閉じ込めて、俺がそこに通り道を作るから、皆んなで雪女に攻撃って事でおけ?」


了解らじゃー


 疲れたようにそう返事をするご一行。


「聞けっ!」


「鉤内さんの焔があるッスから、俺の風はいまいち反応が鈍いッス。俺はサポートに回るッス」


「あたしの話を聞けって!!」


「ゴーレムの方はワシに任せておけ」


「だから心の目を開いて……」


「それじゃ仁藤、やっちゃっ……」


「聞けって言ってんでしょうがこらぁぁぁぁぁ!!」


「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「……悪は滅びたわ……」


「……誰が悪やねん」


「見ておれ皆の衆! このワシがやりようを!! しからば道は開かれん!!」


 ミーコさんは芝居がかった口調でそう声を上げると、全身に妖気を漲らせ両手を上に突き上げて、更なる口上を響かせる。


「燃え上がれ我が妖気……噴き上がれ我が怒り! 死神の鎌と化し全てをなぎ払え!! そして……作者の都合で今すぐ開け我が心眼しんがぁぁぁぁぁん!! うりゃぁぁぁぁぁ魔迅鎌まじんれぇぇぇぇぇん!!!」


 三日月状に形成されたミーコさんの妖気が、敵に襲いかかる。思念獣が冷気の咆哮で応戦するが、魔迅鎌はその全てをなぎ払いながら、遂には思念獣を切り裂く事に成功した……が、すぐ元に戻る。


「……と、この様に無闇に術を放っても体力を消費するだけだから止めましょ……ちょ、ちょっとたんま、たんまぁ!!」


 一斉に大小様々な岩やナイフやカツラやスリッパなどのがらくたの数々がミーコさんを襲う。


「ったく……一瞬でも期待した俺が憎いぜ……」


 苦々しく呟いた榊のその台詞は、その場の全ての人間の気持ちの代弁だろう。


「ふふ…ふふふふ……ふふふふふふぁふぁふぁふぁふぁふぁぁぁぁぁ!!」


 ミーコさんは、がらくたの下から地獄の鬼女もかくやという不気味な笑い声を響かせて這いだして来ると、妖気を爆発させ、がらくたを勢い良く吹き飛ばしながら立ち上がった。


 やべっ。目が据わってる。


「全員退ひ……」


「最早、うぬ等が人権など無いと思えぇぇぇぇぇ!」


 そう叫ぶと、ミーコさんは素早く印を組み呪文の詠唱を始める。


「月よ! 闇よ! 世界を創りし永久とこしえの古き神々の眷族よ! 堕ちよ! 闇に潜みしことわりが如く!!」


「符よ! 汝は風を遮る虚無の壁なり……」


 俺は慌てて結界を張る為符を取り出したが、他の奴らは唖然とミーコさんのやる事を見つめているだけだ。世話が焼ける奴らだ。


「降魔・魔迅月光!!」


「次元壁!!」


 建物の天井を塵にしながらおりてくる闇の塊を、俺の放った何枚もの符が受け止める。


「弾けろ!」


 俺の一声に、飛び散った符の内の何枚かが閃光を発しながら弾け飛ぶ。


 閃光は闇の塊を切り裂き、闇の塊はその威力を分散させ次元の壁を滑って敵の方へと落ちていく。


「全員離れろ!!」


 俺の呼び掛けに、ハッと我に返った一行は、敵の群から慌てて跳び退き離れていく。


「猫女! 味方を叩きのめしてどうする!?」「悪魔ってあいつの事じゃねぇのか?」「これって冗談じゃないんですか?! 本気なんですかぁぁぁぁぁ!」「あんた恋人なんだからなんとかせぇぇぇぇぇ!」


 口々に不平不満を口走りながら退避する一行。


 いちいちごもっともです。でもワタクシはこの件に関しては完全に無力です。ワタクシに出来るのはただ嵐が過ぎ去るのをじっと待つことだけなのです。許してとは口が裂けても言えませんが、出来ればそっとしておいて欲しいです。



 ズガガァァァァァン--



 激しい音と土煙と共に、一応敵の方に降り注ぐ闇の塊。思念獣達はその殆どが闇の塊の餌食となって塵と化していったが、雪女は降り注がれる寸前に、魔方陣と共に消えていったのを、俺のこの目で確認した。


 轟音と土煙が収まるとその場に静寂が訪れ……あ!


「ふっ! どんなもんよ! 私の手に掛かれば……あれ?」



「アホォォォォォ!! 洞窟ん中で何つー術を……」


「しゃべってる暇があったら早く逃げろ! 床が崩れるぞ!」


「だ、ダメだ間に合わない! うわぁぁぁぁぁ!」


 衝撃に耐えられず崩れ落ちる床。思念獣に近いエリアで戦っていた人間は、その崩落に巻き込まれてしまう。


 あ、サポートに回るっつって一歩下がった堤下も巻き込まれてる。不憫な奴。


 こうして俺とミーコさん以下若干名が、地下の深い闇へと吸い込まれていったのだった……。


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