攻め来る罠にご用心-5 裕太
堤下が一度立ち止まり、小広間に視線を向けているのを背後に感じつつ、俺は先に進む他のメンバーの後を追った。
隠し通路は大人ふたりがギリギリ並んで歩ける程度の広さで、やや下り坂になっている。
こんな場所でインディなジョーンズさんばりの罠が発動して、大岩転がしならぬ大岩転がりに遭遇したら……男爵が拳一閃で破壊しそうだな。さっさと追い付こう。その方が安全だ。
先頭の火前坊のおっさんが所々に鬼火を置いていってるお陰で通路は明るい。足元も問題ない。
火前坊ってのは、大昔に焚死往生を願って焼身自殺した僧侶の成れの果てで、煙と炎を操る妖怪だって話だ。操るどころか自身を煙に変化させる術を扱える奴もいるらしい。鉤内のおっさんが、そこまで出来るかは分からないけど。
一行はそれほど進んでなかったらしく、すぐ追いつく事が出来た。
俺は、傍らを歩く白蘭を撫でながら、最後尾の岸本に声を掛ける。
「この先はどうなってんの?」
「調査出来たのは先程の隠し通路の入口の所までだ。この先は分からぬ。ただ、おそらくはそれほど広くは無いと思う」
「その根拠は?」
「この洞窟は異空間の中心にある。異空間の大きさを測れば……」
「中心部のおおよその場所を予想できるって訳か」
「そういう事だな」
「ところで……」
そう言って俺が通路の奥に視線を向けると、隣の岸本も眉を顰めて奥を注視する。そちらから漂う異様な空気を感じての事だ。
「……うむ」
「やっぱりこの『冷気』、奥からだよね? これって……」
「そうだな。これは明らかに魔法や妖術の類だ。自然現象ではあるまい」
「だよねー。自然現象の冷気を澄んだ青だとすると、これは澱んだ深い闇を思わせる黒い冷気だ」
白蘭を撫でながらそう話していると、話を聞いていたらしいミーコさんが顔だけ振り向いて口を開いた。
「どうするの? このまま特攻? あたしは寒いの苦手だから行かないからね」
「まぁ、ミーコさん、本性猫だしね。しかもだいぶお年を召していらっしゃるから寒さにも弱いでしょうよ」
「……コロスワヨ……」
「な、なんだ?! いきなり凄まじい殺気が……」
「な?! 挟まれた?! チッ、後ろの連中は何してんだよ!!」
「クっ……これだけの殺気を放つ存在……きっと高位の魔族か古種の妖怪です!!」
「……命を懸ける覚悟は出来ております……」
「俺はこんな所で死ねねぇ……死んでたまるかってんだ!!」
「コクコク」
「……さすがだね。手練の能力者達が皆んなミーコさんにビビってるよ」
「これでこそ、スカウトしたかいがあったというものだな」
「ガウ」
「ななななんスか今の?! ドライアイスでも圧し付けられたような冷え冷えとした殺気があっちまで漂って来たったッス!!」
「……」
プクウッと可愛く膨れてるミーコさんを見やりつつ、俺と岸本は互いに肩を竦め合って、前方のメンバーに問題ない事を伝えて先へと促した。
「まぁ、一番前は鉤内だ。どんな事態が起こっても対処できるだろう」
「なら結構……ミーコさん、そんなにむくれないでよ。これあげるから」
「……何これ?」
「霊気や妖気を通すとほんのり温かくなる護符。名付けて
「……相変わらずの残念なネーミンスセンスと無駄に高度な術式ね。ただ温めるだけの日常使い用の護符って実は、高威力の攻撃用呪符とか高耐性の防御用護符より難度高い気がするんだけど」
「
「それなら普通に市販のホッカイロを買った方が安上がりだったんじゃない?」
「安上がりだけどホッカイロの場合は貼っ付けてある場所しか温かくないでしょ。これは体全体が温まるんだよ。術式の中身は企業秘密だけど。あ、その護符はポケットにでも入れときゃ良いから」
「あ、そう。……なんつーか、その情熱を他の事に向けたら、成績も就職先も苦労しないと思うんどけど」
「俺、興味のある事しか続かない質なんだ」
「知ってる。だから余計に惜しいと思ったのよ」
そう言いながら、ミーコさんはポケットに護符を突っ込み妖気をゆっくり通す。
「うわっ?! 何これ?! ホッカイロみたいにそこしか温まらいのかと思ったらエアコンみたいにあたしの周りが全体的に温まったんだけど!」
「フフフ……そこがカイロが
「よく分かんないけど凄いことは分かったわ」
「なんか、あっさり流してるッスけど、そんな術式初めて聞いたッスよ?! 兄貴が新しく作った術式って事ッスか?!」
「もしかしたら探したらどっかにあるかも知んないけど、見た事はないね」
「……兄貴?」
「俺と水無月の兄貴は男同士のかたーい絆で結ばれたッスよ!」
「どうせただの合コンの頭数でしょ」
「頭数じゃないッス!
「コイツ、合コンの時は必ずあたしに声かけてから行くからね……あたしに嫉妬させる為だけに……寧ろあたしを嫉妬させる為に合コンセッティングしやがるのよ!」
「ミーコさん、毎回必ず美味しい反応返してくれるからねー」
「ねっ! 分った?! コイツはこういう奴なのよ! いちいち反応してたらコイツの思うつぼなのよぉぉぉぉぉ……」
と涙を滲ませドカドカと足音を立てながら走り去るミーコさん。
「なるほどッス……」
「な? こっちに嫉妬の炎を向けながら悶え苦しむ、あーゆう様子を見つめると、なんかこう……嗜虐心が唆られるっての? 俺がミーコさんにぞっこんなのはミーコさん自身も分かってるから、合コンを開くのもミーコさんの気を引く為だって知ってるし、だから怒りつつも嬉しくて、でも喜ぶのは悔しくて、かと言って合コン止めろって言うと更に俺が喜んで合コン開くの知ってるから言えなくて……って感じで揺れに揺れるミーコさんの心のうちが丸見えで楽しい」
「……鬼ッスね」
ゲンナリとした様子の堤下に、俺は肩を竦めて返す。理解してもらおうとは思わない。
さて、と先に進もうと歩き出した所で突然白蘭が走り出した。
「白蘭?!」
白蘭は音も立てずに疾走すると、先頭の鉤内のおっちゃんの脇を通り抜けて一行の先頭に立ち、隠し通路の終点の先の部屋へと踏み入り、その口から咆哮と共に吹雪を吐き出した。
部屋の奥の方からも同様に吹雪が吹き付けてきて、白蘭の吹雪がそれを受け止める。
あ! 白蘭が圧されてる!
その事に気付いた駒野が、懐の符を放って白蘭を援護する。
「我らを仇なし威力を散らしめよ!」
印を結ぶと符が発動し、取りあえず冷気は相殺された。
部屋へと雪崩れ込んだ俺たちの前に現れたのは、白髪に青白い肌、それに赤みがかった瞳をした一人の和服美人。それとその背後に2体のゴーレム。
「雪……女?」
仁藤の反応が些か疑問口調であるのも無理はない。
姿格好が雪女であることは間違いないのだが、その気配は明らかに魔族のもの。そして雪女のトレードマークであるはずのサファイアを思わせる青みがかった瞳が、魔族の特徴である紅く妖しげなルビーの輝きへと変化している。
「まさか……アストラルデーモン?!」
「アストラルデーモンってーと……魔族の使い魔的な奴だっけ? 高位の魔族が呼び出す精神体の下位悪魔で、
「そうね。大抵は自我の少ない動物や抵抗力の低い人間なんかが触媒とされるんだけど……」
「妖怪が触媒になったアストラルデーモンなんて聞いた事ねぇな」
「かなり高位の魔族に呼び出されたか、もしかしたら高位魔族そのものが、あの雪女に憑依したのかも知れぬな」
そんなやり取りをしていると、急激に彼女の妖気が高まっていった。
「っ! 来るぞ!!」
『
ゴァァァァァ--
鉤内のおっちゃんが渋めの意外な美声を響かせて唱えると、ブワリと焔が渦を巻きつつ雪女に襲い掛かる。
しかし彼女は片手を掲げただけでその焔を受け止め、もう一方の手をサッと横に振るった。その瞬間部屋中に妖気が満ちて行き、無数の召喚陣が現れて更なる災厄をこの場に呼び込んだ。
「あ……白蘭がいっぱい」
「ガルルル……」
ミーコさんのその言葉通り、20体を超える白狼が所狭しと召喚される。白蘭は戸惑いのうなり声を上げている。
「そんな……詠唱も無しにこれだけの召喚を?!」
「それは多分違うな。これはおそらくこの部屋自体が召喚装置になっているんだろう。彼女の……というよりアストラルデーモンの魔力を媒介に装置を作動させたのだ」
岸本の言葉に一同はなるほどと頷くと、それぞれ戦闘態勢へと移行した。
そして戦いの火蓋は切って落とされた。
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