攻め来る罠にご用心-4 手下A
皆んなが通り抜けた隠し部屋への入口を最後尾で通り抜けようとした所で立ち止まり、この俺『堤下栄』は、誰も居なくなった小広間に視線を向けたッス。
脳裏をよぎるのは、さっきの磯姫とのやり取りッス。
"こと"そのものも刺激的だったっすが、"こと"の終わりに彼女が見せた表情と言葉が忘れられないッス。
彼女は、結局何も出来なかった俺に、少女の様なはにかんだ微笑みを浮かべ「ありがとう」と言ってくれたッス。
でも……それだけじゃなかったんス。風の精霊が俺に知らせてくれたんス。彼女の……深い悲しみと絶望……そして激しい怒りを。
もちろんその怒りは俺に向けられた感情ではなく、多分……彼女をここに縛り付けた張本人への怒りッス。
彼女はそいつを『アストール』って呼んでいたッス。
彼女は明らかに呪で縛られていたッス。その内容までは伺い知ることは出来なかったッスが、おそらく彼女は、何か自分の命より大切なものと引き換えに、自分自身がここの鍵となることを受け入れたんだと思うッス。
その呪を施した相手がおそらく『アストール』。
交わっていたとき、彼女の記憶が少し俺に流れてきてたッス。それはとても古い映像で、今よりずっと昔の話だったッスけど、とても鮮明で暖かな記憶の根粒だったッス。
そこには今と変わらぬ姿の磯姫と、彼女を妻として娶った若い男性の穏やかな日々が綴られていたッス。
……ちょっと嫉妬したッス。
彼女は旦那さんを愛し、旦那さんは彼女を愛していたッス。
それまで血と殺戮に生きてきた彼女の束の間の安息。
旦那さんは彼女の全てを知った上で、彼女を愛したってんだから、同じ男として尊敬するッス。
でもその安息は長くは続かなかったッス……。
そこから先は断片的な記憶の奔流……
どす黒い血の池に沈む旦那さん……
涙も流せずただ闇に沈む彼女……
その彼女の心の隙間に入り込むように、言葉巧みに近づく一人の男……
アストールという言葉……
そして闇……
気付くと彼女はこの暗闇の中に捕らわれるだけの存在になり果てていたッス。
彼女が塵になる間際の微笑みと『ありがとう』の言葉……それを受けたその瞬間に、俺は彼女に一つの誓いを立てたッス。
あなたの仇は俺が討つッス。
例え道化に身を落としても、それは絶対に成し遂げてみせるッス。
貴女のその怒りはこの俺、風使い堤下栄が引き受けるッス。
磯姫……いや、
貴女をそんな目に遭わせた『アストール』って奴はこの俺が必ず……。
俺は誰にも気付かれないようにそっと軽く黙祷したッス。
そして、その誓いを胸の奥に隠し、先に進むのだったッス。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます