出発は波乱万丈-2 ミーコ
そしてそれぞれが、その闇の中へと足を踏み入れたその瞬間、そこが今までいた世界とは明らかに違う世界だと確信させられる。
「うぐっ……何つう瘴気ッスか!? リーダー、ここって魔界か何かッスか?!」
あたしと同じ印象を受けたのだろう、手下Aがそう岸本に問いかける。
「魔界ではない事は前回の調査ではっきりしているが、ここまで濃度の濃い瘴気で覆われているという事は、魔界にいるのと対して変わりはないと考えた方が無難であろうな」
つまりいつ魔獣に襲われても不思議ではないって事だな。
あたしは岸本の言葉をそう解釈する。
ちなみに、勘違いしている人も多いので一応説明しておくと、魔界というのは別に魔族が住んでいる世界のことではない。魔界とは現世の負の感情のいわば掃き溜めなのだ。現世で行き場のなくなった【負】の集まりがいつしか作り上げた異空間……それが一般に魔界と呼ばれている世界なのである。
そこでは生物は全て、知性には乏しいが生命力と妖気が異常に高い非常に好戦的で激しい気性の妖魔が生を受ける。
気を抜けばあっと言う間に奴らの餌食となってしまうので常に周囲に気を配る必要があるのだ。
今あたし達が踏み入れたこの世界も、これだけの瘴気で満ち溢れているのだから、魔界となんら代わりはない。妖魔がいても不思議ではないから死にたくなければ周りに気を配るべきだろう。
一行は緊張を高めながら先を急ぐ。
「っ! 何か来るッス!!」
手下Aが声を上げる。
ザッ--
飛び込んできたのは、黒い闇で覆われた白銀色の毛並みの狼に似た妖魔。
「ガウゥゥゥ!!」
妖魔は涎を垂らし、纏った闇を触手のように蠢かせている。
「何スかこいつは?!」
次の瞬間、白銀の妖魔はあたし達に向かって飛び掛ってきた。
「散れ!!」
リーダーの一声で四方に跳び退く私達。
あっ! 裕太が跳び退いてない!
「水無月さん! 退がるッス!」
手下Aがそう叫ぶが、裕太はまるで散歩でもしているかのようにポケットに手を突っ込み、飛びかかってくる妖魔に向かって歩いて距離を詰める。
そして……
「
猫女であるあたしにしか聞こえないような小声でそう呟いた。
「ギャゥゥゥゥゥ?!」
すると妖魔は前進を阻まれ、身動き取れずにもがいている。
よく見れば、銀色の球体が妖魔を四方八方から取り囲んでおり、その球体から銀の糸が吹き出し、絡め取っているのだ。
あれは、あたしと出会った時の戦闘でも使っていた、裕太が開発した特殊合金に式神を造り出す符呪魔術を掛け合わせて作った謎物体だ。裕太はメタリックスライムベスとかなんとか訳わからん名前を付けていた。
なんでも、あの球体は裕太の思考を読み取り思うがままに動かす事ができる上に、更には見た目は硬い金属球体だが実は水銀の様な性質を持つ特殊合金を媒体にしてるので、裕太の霊気を取り込んだ糸状の金属糸まで噴出できる優れ物だったりする。
あの時に空中で物理法則から外れたような動きを見せたのは、この銀の糸を上手く使った結果だったそうだ。なんと遠隔カメラ機能まで搭載してる。
もがく妖魔に歩み寄る裕太。
いけない!!
「ダメ裕太!まだよ!!」
妖魔に纏わりついていた《闇》が裕太に向かって襲いかかる!
「裕太!!」
「
あたしの心配をよそに、裕太は呪符を取り出して妖魔を取り囲むように結界を張り巡らせる。
『闇』は、結界に阻まれ跳ね返される。
「誰か祓ってー」
緊張感の無い、間延びしたその台詞にすぐさま反応したのはイケメン薫ちゃんだった。
薫ちゃんはアンダーリムのお洒落な眼鏡の鼻受けを人差し指でクイッと持ち上げながら、1枚の呪符を取り出し投げ放った。
「符よ、魔なる威力を散らしめよ……《散》!」
呪符が裕太が張り巡らした結界をすり抜け、闇の触手に触れたその瞬間、パシュっという音と共に呪符が弾け、霊気が霧状に飛び散り、更に散った霊気が裕太の結界に反応して、中で激しく乱反射する。
霧状の霊気は反射する度に更に激しく動きが増していき、妖魔を被っている《闇》を瞬く間に祓っていく。そして最終的にはパシュンと音をたてながら闇の触手は霧散した。
剥き出しにされた狼に似た白銀の妖魔は憑き物が落ちたかのような顔でポカンとしている。
そんな妖魔に裕太が近づき、その額に呪符を当て呪言を唱える。
「我、開封者が権限において、汝が名をここに問ふ」
『
妖魔が裕太の問いに答えた瞬間、呪符に描かれている文字が光り出し、そのまま妖魔の額へとその文字が吸い込まれていく。
「我が名は《水無月裕太》。こが名において汝に命ず。汝が意志の元に汝が主の名を唱えよ」
『我が主が名は……《水無月裕太》……なり。我、主に終生の忠誠を誓わん》
裕太の名前を唱えた途端、妖魔のその眼差しから殺気が消え知性が生まれ満ちる。
それは裕太に頭を垂れる白銀の
さすが(自称)天才符呪士! ただの変態ではないぞ!
唖然とする一行を後目にあたしは裕太に向かって駆けだした。
「裕太!」
あたしは白蘭の頭を撫でている裕太の背中に抱き……殺気!!
「ガウゥ!」
ガチッ--
ひうっと呻きながら慌てて跳び退くあたし!
飛び込もうとしたあたしがいた場所には、歯を剥き出しにしてこっちを威嚇している白蘭が、殺気に満ちた眼差しをこちらに向けている。
「あ、あんた今あたしのこと噛もうとしたでしょ!」
「グルルルル……ご主人様……仇なす者……許さない……」
「仇なす!? 何言ってんの?! あたしは裕太の味方よ? 恋人よ? スタディなのよ?! 裕太の全てはあたしの物よ?あんたの入り込む隙間はこれぇっっっっぽっちも無いの!!」
「ミーコさん、霊獣相手に何むきになってんの」
「だってぇ! だってだってこいつがぁ!」
「グルルルル……お前……嫌い」
「ほらぁ! こんなこと言ってるぅ! 何とか言ってやってよ裕太ぁ!!!」
「まぁまぁ。白蘭は知性を持ったばかりでまだ混乱してるんだって。白蘭、何でもかんでも敵と認識しないようにな?あと俺のことは名前で呼ぶように」
「……御命令と……あらば……裕太……様……これは……敵…違う?」
「ああ」
「恋人だってはっきり言ったれぇ!!」
「白蘭にまだ恋人の意味が分かるわけないじゃん」
「お前……嫌い………」
「がぁぁぁぁぁ! 何かこいつムカつくわぁぁぁぁぁ!!」
叫びながらも何とか引き下がるあたし。すると入れ替わりに手下Aが目を輝かせて裕太に近づいていく。
あ! なんで手下Aには噛みつかんのかゴルァ!!
「す、すごいッスね水無月さん! 妖魔を飼い慣らすなんて!」
「別に飼い慣らした訳じゃないって。
「饕餮って……あの黒いモヤモヤのことッスか?初めて見たッス!」
「饕餮ってのは相手の恐怖の感情を読み取ってそれを具現化して姿を現すらしいよ。だからあれは饕餮本体じゃなくて、白蘭の恐怖が具現化した饕餮の
「それを瞬時に判断し、我々にすら気取らせず術を展開し、策を二重三重に張り巡らせるその手並み、感服したぞ、水無月裕太よ」
口髭を撫でながら男爵もその会話に加わる。
「ワシを含め、この場にいる誰にもこんなに簡単にその妖魔を使役するなんて器用な事は出来まい。妖魔の動きを封じ、同時に饕餮を結界で閉じ込め、駒野の術を利用してそれを増幅しつつ瞬時に祓い、その術の影響で一時的に濃度が高まった霊気を利用しつつ術を再構成して使役するとはの……」
「……いやー……俺はあの一瞬でそこまで見抜いたたあんたの眼力に恐れ入ったよ……」
そう言って肩を落とす裕太。そこに驚きの表情を貼り付けて、薫ちゃんがずいっと裕太に近付き問い掛ける。
「僕の術の性質を見越してあの結界を張ったのですか?」
「見越してって言うか……祓うんだったら霊気を使った術だろうし、霊気を感知して増幅できる術式を結界に仕込んでみたたけ」
「僕が貴方の間で術を展開するのは初めてでしたよね? 僕の霊気の性質を知ってなければあのように上手く術を展開できないと思うのですが……」
「そやつの結界の術式には分析系の術式が組み込まれておったぞ。おそらくはあの場で分析したのであろう」
「あの場で分析ですか?! そんな事が可能なのですね……僕もまだまだです」
眼鏡を抑えながら
裕太は、なんとも言えない表情で二人を見やり首をふる。
「俺としてはそんなにあっさりそこまで見抜かれた事に驚きなんだけど……」
そう言いながら、裕太はまたも肩を落とす。
男爵って空気読まないし馬鹿なんだけど、スペック高いのよね。あたしも何度も煮え湯を飲まされたわ。いろんな意味で。
「っ! ……皆、気を付けろ……来るぞ」
そう言って何かに気付いた岸本が一声上げて注意を喚起する。
いつの間にか妖魔に取り囲まれていたからだ。
あたし達は、それぞれ気を引き締め戦闘態勢を整えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます