出発は波乱万丈-1 ミーコ


「ここなの?」


 あたしは一行のリーダーである岸本にそう確認する。


 4時間ほど車を走らせて辿り着いたのは、富士の樹海を彷彿とさせる仄暗い森の奥地だった。


「そうだ。正確にはこの樹海の更なる奥に空間の歪みがあってその中だ」


「隠れ里かしら?」


 隠れ里とは、妖怪が人の目を盗んで隠れ住む妖怪だけの集落だ。能力の高い妖怪が、龍脈と呼ばれる大地の気の流れが集まるスポットを利用して異空間を作り出し、そこに結界を張って隠れ住むのだ。


 龍脈は自然が深い所に発生する事が多いので、こんな深い樹海の奥地や山奥に隠れ里がある事が多い。齢が千年級の大妖怪なんかになると、入り口を人里につなげたりもできるらしいけど。


「隠れ里の門にしては、それを作った妖怪の妖気の痕跡が無かった。おそらく何者かが作った異空間に、偶然つながった空間の亀裂だったんだろう。それを偶然通り掛かりに見付けた私が、そこに門を取り付け鍵を掛けた」


「なんでまたこんな遠い所を“偶然”通りがかったわけ?」


「……それを話す時がとうとう来たか……」


 あたしの問い掛けに、岸本は遠い目をして大きく息を吐き、意を決したように口を開いた。


「実はな……誰とは言わんが、最近甚大な被害を撒き散らしながら任務を遂行する問題エージェントがいてな。ストレス解消だとかなんとか言いながら」


「……い、命のやり取りしてる以上、たたた多少の損害は認めてもらわないと依頼を受けるエージェントも任務に二の足を踏むわよ」


「私もそう思って、初めは目を瞑っていたのだが、被害金額が雪だるま式に増えて来て、そうも言っていられなくなってきたのだ」


「あああああらやだ。その程度で目くじら立てるだなんて、器の小さい殿方もいらっしゃるのね。おほほほほ」


「マーズ幹部の間では、即刻契約を打ち切って、やむを得ない被害以外の故意的に引き起こされている破壊行為で被った被害を損害賠償としてそのエージェントに請求しようとする動きがある」


「すごく真っ当な話だね。誰かは分からんけど、そんな問題エージェントの契約、組織として直ぐ打ち切るべきだろうね。ねぇ、ミーコさんもそう思うよね?」


「……」


「全く持ってその通りだな。だが私としても雇った以上はそれに対して責任がある。ただ切り捨てるのではなくて、利用出来るのであれば利用したいと思ったわけだ」


「ほうほう。それがどうこの件に関わってくるの?」


「問題エージェントは、確かに問題だらけで我が社の不良債権と化しているのだが……」


「……」


「その能力が強大であることに疑いの余地はない」


「まぁそこに異論はないね。問題なのは性格だし」


「……」


「だから私は考えた。この強大な力を上手く利用出来ないか……と」


「ほうほうそれで?」


「問題エージェントの最大の問題点は、類稀な自己中心的思考であろう?」


「全くもってその通り。反論の余地はないね。周りの迷惑なんか全く考慮に入れないから、やればやるほど被害甚大になるのが目に見えるようだよ。ねぇミーコさん」


「……」


「で、あればもう被害が出る事を前提で仕事を振るしかない」


「なるほど……それ故の異空間」


「さよう。まだ実験段階で上手く行くとは限らぬが、異空間にゲートを設置し自在に行き来できるようになれば……」


「問題エージェントごと異空間に送り込んで、その中でストレス解消してもらう事も出来る……と」


「そういう事だな。まだ実験段階であったので、人里離れた森の奥で、龍脈が濃いスポットを探しだし、そこで異空間を作ろうと考え、この場に至ったという訳だ」


「その理屈は分かったけど……俺、そもそもは国の要人が依頼主クライアントだって聞いたんだけど? んで、俺の仕事はリーダーであるアンタの護衛だったはず」


「そうだ。この異空間を見つけたのは偶然だが、既におおまかな調査は入れてある。霊的な力場としてはかなり安定していて中身もかなり広い。問題エージェントのストレス発散場としたたけでは勿体無い……との意見が出てな。それを聞き付けた、マーズ幹部と交流が深い喜久葉勇蔵氏が、今回マーズに更なる異空間の探索とゲート設置の依頼をかけてきた……と言うのが真相だ。領土の狭い我が国にとって異空間は需要が高く金になる。マーズとしては喜久葉氏とのパイプを温めつつ、自社の不良債権解消を望めるこの依頼を何がなんでも成功させたい。よってマーズ日本支社で最も能力が高いメンバーを、最も指揮能力が高い私が率いる事になったという訳だ。その際最もネックになるのが……」


「能力はあっても何をするか分からないイレギュラーな問題エージェント」


「その問題エージェントを戦力とする為に、彼女が最も頼みとする君にも参加してもらったという事だ」


「んじゃ、俺の役目は……」


「金城嬢を上手く操縦して戦力として役立てる事だ」


「だってさ、ミーコさん」


「やかぁあしぃぃぃわぁぁぁ!!

絶対ぜぅったいあんた等の思い通りになんてなってやらないんだから!!!」


 とか言い合いしつつあたし達は樹海の奥地へと足を踏み入れた。



 んでそれから小一時間……



「ガァァァァァ! いちいち引っかかってくるんじゃないわよ小枝共ぉぉぉぉぉ!」


 あたしはもう何度目かになる爆発を起こしていた。


 だってちょっと歩く度にあたしのワンピースに小枝がガシガシ引っかかってくるんだもん!


「そんな服を着てくるからであろう。目的地は森の奥ゆえ動きやすい服装で、と出発前に言ったはずだが?」


 些かうんざりしたように男爵がそう切り替えしてくる。


「黒のワンピースに黒ブーツはあたしのトレードマークよ! 仕事の時はこれ以外の服を着るつもりはないの!」


「ならいちいち爆発するな! それにつき合う我々の身にもなってみろ……予定ではとうに着いていなくてはならないのに……」


 ぶつぶつと文句を言いながら前を向きまた歩き始める男爵。


 ふんっとそっぽを向くと裕太と目があった。こっちもジト目で睨んでるぅ!


「何よぉ……あんただってこの格好、好きなんでしょ?! エッチするときだってわざわざこの格好に着替えさせたりしたじゃないの!! このど変態が!!」


「それとこれとは別問題。俺としてはサッサと仕事を片付けたい」


 くっ……さらっと受け流しやがった……。


 後ろでは手下Aが、真っ赤な顔で何とか顔を背けてこちらを見ないようにして歩いているのが見える。


 まぁアイツはしょうがないか? だって童貞だもの。


「ここだ。止まれ」


 そんなこんなのやりとりの後、ようやく目的地に辿り着き、岸本の号令でみんな足を止めた。


 ……何もないじゃん。


「そう不満そうな顔をするな。異空間だと言ったろう?今、門を開ける」


 そう言うと両手で印を組み、呪文を唱え始めた。


《明日を紡ぎし時の聖霊よ………》


 唱えた呪文が具現化してるかのように、岸本の目の前に光の魔方陣が現れた。


《魔の王がひとり、謀略のアモンが御名においてこの地に架せられし封印を退けよ》


(アモンの名を唱えたって事は……黒魔術?)


 黒魔術とは、力ある魔の王の名のもとに、魔の王の力の一部を現し世に具現する西洋魔術だ。岸本の能力ちからがどんなものか知らなかったが、これで1つ謎が解けた。


 因みに謀略のアモンてのは、魔王と呼ぼれる存在の中でも特にクソ高い妖力を誇る妖怪バケモノで、千の魔術を操る、西洋魔術師達が神と崇める高位の西洋妖怪だ。


 あたしからしたら単なるクソ爺だけど。


 ヨーロッパを旅した時に、あのエロ爺にナンパされたことがきっかけで、魔王達の会合に連れて行かれて面通しさせられた事があり、その時、人のお尻触りまくったあげく、胸が無いだの色気が足りないだの散々文句言いやがったんだよね、あのクソ爺。勿論直後に正義の鉄槌をくれてやったけどね。


 あたしとしては、あんなエロクソ爺の能力ちからを借りなきゃならない人間達に同情しちゃう。


 そんな事を考えていたら、岸本の目の前で光っていた魔方陣がガシャンガシャンと音をたてながら解けていき、最終的にはパッと光が強まって消え失せた。


 どうやら門が開いたらしいね。


「ふう……それじゃあ探索に向かうとしよう」


 岸本は大きく息を吐いてそう一向に呼び掛けた。


 あたしと裕太はお互いこっそり目配せをして頷きあい、一行の後に続いたのだった。


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