先行きは不透明-4 裕太


「それで……結局の所どうなのだ?」


 目的地まであと僅か……と言ったところで、そう問い掛けてきたのはの運転中の男爵だ。因みに岸本は別行動で現地で落ち合う予定らしい。


「ワシが見たところ、符に霊気を通して術の方向性を決定していたように見えたが」


「……あの一回の戦闘見ただけで、そこまで見抜かれるとは思ってなかったよ」


 俺の隣でグースカ睡眠中のミーコさんでもそこまで見抜けてはいない。


「まぁ、ワシは皆に比べ経験が豊富だからの。お主のような天賦の才に溢れた若者とも、何度も相対しておるのでな」


 気負った様子もなく、サラリと言ってのける男爵。


「あの戦闘では、紙人形と分身も造っておったの。あれは式神であろう?」


「……その通り」


「見事な術式だったの。あそこまで精巧な分身は、かなり高位の符呪士でなくては造り出せぬ。但し……あれは戦闘用や偵察用に使うし式神ではあるまい」


「まぁね。あれは姿形を完全に写しとっただけのものだよ。3Dプリンターで造ったフィギアみたいなもん。材料が霊気と人間を構成する元素の集まりで、人の肉体であることは間違いないけど」


 更に言うなら、使う素材に俺のDNAを加えれば、ぱっと見俺と瓜ふたつな肉人形が出来上がるって寸法だ。


「退魔を目的にした術士にはできぬ発想だな。労力の割に実利がない。普通であれば戦闘用に造りやすい対象を選ぶか、幻術を使って敵の目を誤魔化す」


「あれはミーコさんの目を誤魔化すためだけに造った肉人形だしね。幻術だとミーコさんの目を誤魔化せない」


「そこだの。普通、術士が術を学ぶときは実戦を想定して汎用性の高いものを選ぶはずだ。お主の思考は普通の術士とは一線を画しておるようだの。それが吉と出るか凶となるかはワシには分からぬが」


 それはまぁ、俺がプロではないからだろう。俺は霊能力者ではあるけど退魔士なんかのプロじゃない。どっちかって言うと研究者(リサーチャー)だ。


「まぁ、俺の戦闘スタイルはあんな感じで式神や符術で撹乱しつつ肉弾戦に持込むって感じだから」


「猫女との戦闘を鑑みるに、肉弾戦においても一撃の破壊力を頼むのではなく虚実や搦手で裏をかく戦闘スタイルだな?」


「……なんでもお見通しだな。その通り」


「あの金城さん相手に一歩も引かない鮮やかな戦闘だったッスからね! 俺もあやかりたいッス!」


 そう答えたのは斜め前の席に座る……


「手下……Bさんだっけ?」


「Aッス……じゃなくて堤下栄ッスよぉ!」


「冗談だよ手下H」


「……シクシク……」


 涙をちょちょ切らせる堤下に肩を竦めて返した所で、俺の隣でヨダレを垂らす、ヒロインとは言い難い様相の猫耳我儘自己中妖怪さんがピクリと身動きをした。


「ぅん……ぁ……」

「っ!」


 軽く薄桃色に染まった目元を艶めかしく顰め、軽く肩を竦めて更に身じろぐと


「だ…だめよ……」

「……」


 そう呟きながら、俺の片腕をAカップの胸元に抱き寄せる。


「裕太……だ…め…それは……だめ…よ……」

「……」


 更に身悶え、俺の片腕を抱える手に力が入る。


「ぁ……ぃゃ……ぁん……そこは…ハァハァ……」

「……ゴクリ……」


 軽く火照った様子で苦しそうに身悶えし、ミーコさんは眉を顰めて舌足らずに言葉が続く。


「ら……らめ…そんなとこ……ぁ…いや!」

「っ!!」


「そこ……そこじゃないわ! 違うの! そこは……そこは……単勝と3連単流しで全買いよー!!」

「ゴンッ………」


「裕太…ムニャムニャ……」


 俺は自由な方の手でガムを取り出し、1枚咥えながら斜め前を見た後、そっと目をそらす。


「裕太…」

「……」


 窓から見える風景が、右から左へと流れて行く。


「ぁ……いれ………て……」

「っ!!」


 少し前まではチラホラと民家や小商店の看板が通りすぎていたんだけど、今は森の木々やクマ注意の看板くらいしか目に入らない。


「ここに……ここにいれて……裕太………」

「……」


 道は一応舗装されているものの、デコボコとかなりの悪路だ。


「欲しいの……裕…太……どうしても……ぁ………」

「……ゴクリ……」


 それでもあまりストレスを感じないのは、車の性能もあるが何より男爵の運転技術の賜物だろう。


「い…れて……いれて裕太………アンタのその………」

「……ハァハァ……」


 見た目はドワーフのなりそこないみたいな感じなのに、他のスペックは高いよなー男爵って。


「あんたのその諭吉さん! そいつをあたしの財布に入れてあげてぇぇぇぇぇ!!」

「ゴゴンッ………」


「裕太ぁ……」

「……」


「……お主も大変じゃの」


「もう慣れた」


 しみじみと言うのは止めてくれよ男爵。


 そんなこんなであと少しで目的地にたどり着くようだ。俺はミーコさんをそっと起こす。


「ミーコさん、もう少しで着くみたいだよ」


「……ん?……はぅ……んんー……ん?」


 Aカップを張りながら、大きく伸びをするミーコさんだったが、斜め前で不自然な格好で席に着く絶賛自己嫌悪中の堤下に視線が向いた。


「手下A……なに童貞感丸出しの哀愁醸し出すような格好で座ってんのよ」


「……放っといて欲しいッス……あと童貞って勝手に決めつけないで欲しいっす……」


 半泣きでそう返した堤下を怪訝に見やり、無言で問い掛けの視線をこちらに向けるミーコさん。上目使いにその角度で小首を傾げるだなんて随分とあざとい。


「まぁ、堤下の男としての矜持も有るだろうし黙っておこうかな?


 ミーコさんの艶めかしい表情に反応しかけてただなんて言えない。


 ミーコさんの悩ましげな声色に反応しかけてただなんて言えない。


 ミーコさんの寝言にいちいち反応して、血走った目で聞き耳を立ててただなんて言えない。


 ミーコさんの寝言を完全に誤解して、最後に落とされて心の底からガッカリした上にそんな自分に自己嫌悪しただなんて言えない。


 騙された悔しさと間抜けさかげんと自分が童貞であるこれまでの人生に絶望していただなんて言えない」


「なななななな何口走ってるんスかぁぁぁぁぁ!おおおおおお俺はべべべべ別に金城さんなんてききききききき気にしてなかったッス!」


「あれ? 俺の心の声、口から出てた?」


「アンタの心の声っていつも筒抜けだもんね」


「そうかな? 一応大学じゃ無口なクールキャラで通ってるんだけど」


全然ぜんっぜん全然ぜんっぜん無口じゃなかったッス! だいたい俺がどどどど童貞だなんてに勝手にきききき決めつけないで欲しいッス!」


「でも童貞だよね?」

「童貞に決まってるわよ」

「童貞だろうお主は」

「テメェは童貞だ。当たり前のことを言わすんじゃねぇ」

「童貞以外の何者でもないですね」

「ケッ……誰どう見ても童貞だろがお前は」

「童貞であっても堤下は堤下」

「コクリ」


「……ダァァァァァ! 皆んな……皆んなきら……」

「よし、着いたの」

「師匠、支部長はこの先の空き地で待っているそうです」

「長かったわねー」

「ミーコさんはほとんど寝てたじゃん」

「基、それ持って下さい。鈎内さんはこれです」

「おう」

「コクリ」

「あー身体痛ぇー」


「……シクシク……俺なんて…俺なんて、どうせ手下Aですよー………どうせ皆んなのいう通りのドーテーですよー……どうせ……どうせ……」


 そして、俺達は無事目的地へ到着したのだった。


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