先行きは不透明-3 裕太


「おい、テメェ、何が出来る」


 目的地への移動中、そう問い掛けてきたのは異様に悪い目付きをラウンド型のサングラスで隠した、赤毛チャラ男法力僧こと、仁藤なんちゃら君だった。そー言えば下の名前まだ聞いてないや。


「何が? 何がねー……取り敢えず運転免許は原付しか持ってないな」


「はぁ?」


「家事、料理はひと通りできるよ。ひとり暮らしが長いから。喫茶店でバイトしてたから珈琲入れるのも上手いとミーコさんのお墨付きもある」


「いや……」「そーよー。裕太の淹れてくれる珈琲は、その筋から特別仕入れてる豆と相まって、下手なやっすいコーヒーショップの何倍も美味しいのよ。明治大正の時代から珈琲を飲み続けてるあたしが保証するわ」


「そいつはどーも。齢二百を超える大妖怪さんからお褒めに預かり恐悦至極に御座います」


「……あんたまた年のこと言ったわね……」


「いや、自分で明治大正とか言っとるやん」


「ぁ……」


「年のこと言うなって言う割に、自分で墓穴掘るよねミーコさん」


「ぅ……」


「ま、そこがまた可愛いんだけど」


「……えへ……」


「んな事聞いて……」「独り身の俺の前でそんなやり取りやめて欲しいッス! ってか水無月さん、そんなセリフ、臆面もなく良く人前で言えるッスね……」


「いついかなる時でも女の子ってのは褒めて欲しいもんなんだよ」


「計算ずくの賛美かい!」


「なるほどッス……俺になかなか彼女ができないのは、褒め方悪いんッスね! 勉強になるッス!」


「いや……君がモテないのは……」

「存在そのものが残念だからよね?」


「存在そのものを否定されたッス……」


「だって手下Aだし」

「手下Aだからしょうがないわよ」


「手下A差別はやめて欲しいッス!」


「んなこたぁどうでもいいんだよ!」


 こめかみに血管を浮かせて、仁藤はそう怒鳴り上げてくる。


「俺はテメェの能力の話をしてんだ! 一緒に戦う以上ある程度知っとかねーと、背中あずけらんねぇだろうが!」


 意外に真面目だった。


「因みにあんたの能力は?」


「……そこの猫女に聞け」


「聞いたけど、分からんかった」


「はぁ?」


「法力僧で口も目付きも悪くてワルぶってるけど、根が真面目だからからかうと面白いって教えてくれた」


「「「「「「ぷッ!」」」」」」


「……」


 俺のセリフに、仁藤本人と俺達を除く車内の全員が噴き出た所を見ると、こいつの立ち位置がどんなもんかを理解出来る。


 こいつ、皆から生温かい目で見守られてんだなぁ。


「他のメンバーの情報も教えてもらったけど、時間の無駄だと気付くのに少し時間がかかったよ……」


「……チッ……」


 遠い目をして話す俺に、仁藤は舌打ちして視線を逸らす。多分ミーコさんから情報を得るって事が如何に無駄であるのか理解しているのだろう。


「……俺は法力僧だ。法力僧は退魔能力に特化してる奴と法術に特化してる奴がいるが、俺は法術の方に比重を置いてる。法具使った肉弾戦と法術を絡めた中近距離での戦闘が得意だ」


「なるほど。因みに法術ってのはどんなことが出来るの?」


「一言で言ってしまえば物理法則の具現化だ」


「物理法則の具現化?」


 との質問に答えたのは何故かミーコさん。


「簡単に言えば、テヤーって気合いで妖怪殴ってダメージ与えたり、ウリャーって念じて法具を飛ばしたりする能力よ」


「「……」」


「何よ!」


「……まぁいいや。俺は一応……符呪士?」


「なんで疑問系なんだよ!」


「裕太の術は一般的な符呪術とは違うもんね」


「……やっぱりそうなの?」


「一般的な符呪術ってのは、そこにいる駒野ちゃんが使うやつ」


 その言葉に、仁藤の隣に座っていた、スーツ姿で中性的な容貌の顔の綺麗な駒野が無言でこちらに会釈を繰れる。アンダーリム型のどこぞのブランド物の眼鏡をクイッと中指で持ち上げるその仕草がやたらと絵になっている。


「退魔の能力ちからに特化していて、妖怪や妖魔、幽魔なんかを祓うのが得意なの……何よ、そんなポカンとして」


「いや、ちゃんと説明できるんだと思って。さっき聞いた時は、能力の話しは一切なくて、秘密がどうたらとか、その秘密が明かされる時に組織がどうたらとか、要領を得ない話だったし」


「「っ!!」」


「……だっけ? 薫ちゃんは……」


「んな話はどうでもいいだろ! それよりコイツの能力の話だ!」


 焦った様子でミーコさんの言葉を遮り、仁藤は無理矢理会話の方向を元に戻した。


 ……うん、なるほど。概ね把握。


「……裕太の符呪術は、退魔の符呪術と言うより、符を使った魔術ってニアンスが強いわ。多分、退魔の家系じゃないからね」


「退魔の家系?」


「そう。退魔士は色々系統が有るんだけど、共通してるのが魔を祓うって概念よ。裕太の術にはこれが欠けてるのよ」


「ああ、何となく分かった。退魔術を個人レベルで扱う人が少なくて、宗派作って大きな組織になるのはその所為かな? もう、遺伝子レベルで魔を祓う能力が備わってて、それが退魔士の家系って事?」


「そーゆーこと。いくら一般的な意味での符呪術を再現しようとしても、退魔士の家系じゃない裕太じゃ、魔を祓うって概念をキチンと訓練しないと再現出来ないでしょうね」


「テメェは何処で符呪術を学んだんだ? それさえ聞けばあとはこっちがフォローしてやるが」


「裕太は全て独学よ」


「「「「「「っ!!」」」」」」


「んな馬鹿な……」


「嘘のようなホントの話。偶然手に入れた符を科学的に検証して、自分なりに理論を組み立てて、あとはノリとラッキーでオリジナルの符呪術を作り出したのがこの水無月裕太。信じられないって気持ちは分かるわ。あたしも未だに信じられないもの」


 自慢気に話すミーコさんに、俺はジト目で口を挟む。


「ミーコさん」


「な、何よ」


「……なんでそこをスラスラ説明しまくるの。普通、彼氏の秘密は秘匿しとくもんじゃない?」


 俺の言葉に、ミーコさんは一瞬ハッとした表情を見せるが、直ぐに口を尖らせプイっとそっぽを向く。


「良いじゃん別に。あたしだって彼氏自慢とかしたいんだもん!」


「いや、今やってんのは女の子同士の彼氏自慢大会じゃないネ。ビジネス上でのクライアントとコントラクターのお話ネ。仕事の話ネ。そんなん秘密漏らしたったら足元見られちまうやんけェェェェェ!」


ほへんなはひぃぃぃごめんなさいぃぃぃ!!」


 ミーコさんの口の端に親指を掛け、左右に思いっ切り引っ張りながらそう注意する。


 四方から生温かい視線が届くが気にしない。気にしたら負けだ。


「しょーがないからひとつだけ見せとくよ」


 そう言いながら、俺は右目を瞑ってそこにピンッと揃えた人差し指と中指を充てて唱える。


「開け我が心眼!」


 カッと左目を見開きそう唱えた俺を固唾を呑んで見守る一行。当然だが俺のこの片目を抑える所作とセリフにはなんら意味は無い。


「……今日は薄ピンクか……3ヶ月前にネットで購入した下着だよねこれ。ね、ミーコさん」


「ガァァァァァ! どこの世界に彼女の下着事情を他人に知らせる男がいるのよぉぉぉぉぉ!」


 スカートの裾を抑えて真っ赤な顔でそう怒鳴り上げるミーコさんに、俺は肩を竦めて口を開く。


「因みにAカップのミーコさんにこのブラは必要ないと思う」


 と言いつつ左手に持ったブラジャーをほいっとミーコさんに受け渡す。


 慌てて俺の黄金の左手からブラをぶん捕るミーコさん。


「だから!! どこの世界にぃぃぃぃぃ!!!」


「ココニイルヨ」


 俺のセリフにガックリ肩を落とすミーコさん。


「たまにはちゃんと彼氏自慢させてよぉ」


 搾り出すように、言い募ったミーコさんに対し、俺は無情にもこう言った。


「そう言う時間ではない」


「いや、覗きや下着ドロの時間でもない気がするっすが……」


「……千里眼に物体引寄あぽーつ……超能力者じゃねーのにどっちも俺らに術の痕跡を悟らせない程高いレベルなんだが……なんかもうどうでも良くなって来た……」


 堤下と仁藤の言葉に、俺を除く全員が肩を落として頷いた。


 よしよし。これでいくらか誤魔化せたかな?


 勿論わざとやってたんだよ今のやり取り。


 いやホント。だからミーコさん本気でいじけるの止めてくれないかな?




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