先行きは不透明-2 裕太


「ようこそ、マーズへ」


 ミーコさん達に連れられ、たどり着いた建物の一室で俺たちを出迎えたのは、高そうなスーツを嫌味なほどに格好良く着こなし、計算されたかのような洗練された動きでこちらに椅子に座るように促してくる、見るからに『紳士』といった出で立ちのおっさんだった。


 一目見て俺は悟った。


『こいつは人の良い人間を《演出》して相手に付け込むすけこまし野郎だ』


 こういった手合いは今まで腐るほど見てきた。


 俺は約10年前に両親を事故で亡くしてる。その時に得た多額の遺産をモノにしようと俺に近づいて来た奴らがそれだ。暗い話になる。この話はまた次の機会にでもするとしよう。


 俺は自分自身に注意を喚起することもしない。こういった手合いは話し合う事そのものに意味がない。どうせ本気で契約を履行するつもりはないだろう。だから契約の詳細なんかはすぐ忘れた。ただケチではないらしかったので(目的を遂げるための必要経費にはって意味だ)金はきっちり半額前金でもらうことにした。


 多分こいつは決定的な場面で、これ以上無いって場面で俺らを裏切るだろう。


「裕太……ごめんね……」


 契約と仕事の話が終わり二人きりになるとミーコさんはそう俺に話しかけて来た。いきなりの謝罪は、きっと奴と話してる間の俺の様子で俺が何を考えていたのか察しが付いたからだろう。


 俺はニッコリ笑ってこう告げる。


「貸し一個ね」


「う゛っ……」


 ひきつった顔で一歩後ろに下がるミーコさん。


「さーて何をしてもらおうかなー」


「う゛~……」


 原因が自分にあることは分かっているようで何も言えずに恨めしそうな目でこちらを見てくる。


 そんな様子のミーコさんを見てクスリと笑うと、俺は表情を改めて話を続けた。


「まぁそれも……生きて帰ってこれたらの話だ」


「……あんたは絶対死なせないわ……」


「それは寧ろ俺のセリフだって。俺よりもミーコさんの方が危険だ。絶対油断しないで」


「分かってる……あいつ……あたし達に何をさせるつもりかしら? さっきの話じゃ、どっかの擬似空間の探索って事だったけど」


「まぁこんだけ能力者を集めてるんだ、まともな場所じゃ無いだろうね」


「まぁね……ただ、探索って話しにしては一緒に行く能力者に偏りがあるのよ。探索に必要な探知系とか呪術系の能力者がほとんど居ないの」


「……とすると擬似空間の調査自体は終わってて、何らかの理由で目的地まで到達できてないってことかな?……最悪使い捨てだな」


「そんなところでしょうね。気前がいいのも私たちが死ぬ事が前提の上での話だからか」


「ありえるね。あいつみたいな奴ならそれくらい平気でやるんじゃね? とにかく注意だけは怠らないように。味方はいないと思って行動しよう」


「……そう……ね………」


 そう返事したものの、ミーコさんは少し歯切れが悪い。どんな形にしろ、一緒に仕事した奴らを疑いたくはないのだろう。


 メチャクチャな性格に見えて、実はミーコさんは情が深い。過去には沢山の裏切りにあったらしいが、いやその裏切りの数々があったからこそ、彼女は人を信じたいと心の奥底で思っているのだ。


 俺はこの先、何があってもミーコさんを守り抜く事を心に誓う。


 ただ……


「一番の問題は、俺、この手の仕事初めてだって事なんだよなー」


「そうね。忘れそうになるけど、あんたアマチュアだもんね」


「そうそう。妖怪は個人的に何人かと会ったことはあるけど、能力者とは会ったことも無かったし、一緒に戦う自信無いんだよねー」


 そう、そうなのだ。俺はあくまで天才大学生であって、この手の仕事をビジネスにした事はない。妖怪退治の現場や能力者同士の抗争を見たことも無いし、仕事として請け負ったこともないから雰囲気が分からない。


 少なくとも、他の連中と今すぐ連携を取るのは無理だろう。


「ミーコさん、他の連中の能力って分かる?」


「実際に戦ったり、一緒に仕事した事がある連中ならね。今回のメンバーだったら半分くらいかな?」


「教えてもらっても?」


「そうね。知っておいた方が良いわね」


 そう言うと、ミーコさんは顎に手を当て少し考え込むような仕草をしながら口を開いた。


「先ずは男爵ね」


「いきなり濃いね」


「しょーがないわよ。あいつが一番厄介なんだから。アイツは禿げてるけど結構強いわよ」


「禿と強さは関係なくない?」


「うっさいわね。黙って聞きなさい。アイツの実家は日本有数の修験道家で、いわゆる山伏ってやつね。使う術も豊富だけどアイツは武寄りで、いつも素手で戦ってるわ。更には意外に策士で見た目であたしを笑かして油断を誘ってくるのよ! バーコードはキツかった!」


「それ、引っ掛かるのミーコさんくらいじゃね?」


「あんたは見た事ないからそんなこと言えんの! 真剣勝負の最中に、毛先がふよふよ動くのよ! そのままたんぽぽの綿毛宜しく飛んで行くんじゃないかと気が気でなかったわ。だから剃ってやったのよ。本人も気に入ったみたいだし一石二鳥よ」


「……」


「次は手下Aね」


 え? 男爵の話しそれだけ? 能力に関して殆ど分かんなかったんだけど?! ……ってセリフを言う前に、既にミーコさんの解説は始まってる。


「アイツは風使いの末裔ね。風に乗って、ビューンって飛んでいったの見たことあるわ」


「ほうほう」


「あと、常に手下臭が滲んでるから皆から上手く使われてるわ」


「ありそうだね。俺も使いそう」


「あと、語尾が〜ッスでウザい」


「……」


「んで、次は眼つきが悪い赤髪のチャラ男」


「……」


「名前は仁藤……仁藤……何だっけ?ま、それはいいわ。アイツは実家がお寺さんで、そこで妖怪退治の法力僧やってた筈だわ」


「僧? 赤髪ロン毛で売れないホストみたいなやつが?」


「そう!」


「……」


「口が悪くてワルぶってるけど、根が真面目だからからかうと面白いわ!」


「……」


「あとは、イケメン駒野。この人はちょっと秘密があるんだけど……ふふっ……それはここでは言えないわね」


「……」


「その秘密が明かされる時、組織には衝撃が走るでしょうね!」


「……」


「次がちんちくりんの榊! こいつは何時も手下Aとつるんでて、常に小物臭が漂ってるわ! わるに染まり切れない下っ端不良ってとこかしらね!」


「……」


「あとは藤堂と鉤内のおっさんコンビだけど……」


「……」


「藤堂はマフィアばりの容貌だけと、あれで…くくく……じ、実は小動物マニアなのよ! あの容貌で!」


「……」


「鉤内は生真面目過ぎて面白味に欠けてて、存在感も薄いわ!」


「……」


「っと、そんな所かしらね、今回のメンバーは……裕太? どうしたの?」


「……」


 この人に聞いた俺が馬鹿だったとようやく気付き一つ賢くなった今日この頃だったのだった……ミーコさん、組織の仲間好きすぐるだろ……。



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