先行きは不透明-1 裕太


 俺達はひとまずリーダーのマーズ日本支社長に会うべく、アジトへと向かうことになった。



ブルルル~ブオォォォン--



 俺とミーコさん、そしてその他幾人かを乗せ、ミニバンは緩やかに動き出した。


 運転手のチョビ髭男爵は、その昔タクシーの運ちゃんをしてたのだと豪語してたんたけど、言うだけあってかなり運転が上手い。動き出しはストレスフリーで、ブレーキングとアクセルワークがほぼ完璧だ。ひとは見かけによらないねー。


 貧乏人な俺は免許そのものを持ってない。持ってるのは原付きだけで、愛車は世界で愛されるみんな大好きHO○DAのカブだ。


 因みにミーコさんは非合法の手段で免許を取ったらしいんだけど、はっきり言って超絶下手くそ。いつも『あそこにぶつけた』だの『そこでこすった』だの泣き言を言っている。急発進、急停車は当たり前で幾度となく命の危険に晒されて来たので、最近ではデートの時は専ら公共交通機関を利用する事になっている。


 ミーコさんがさっきから何か話したそうにチラチラこちらを覗ってるが、俺はあえてそれを無視している。


 他意は無い。単に、ややしょぼくれてるミーコさんを可愛いく思っただけだ。


 元々、本気で怒っていたわけじゃなく、怒ったふりをしていただけだし、ほんのちょっと悪戯心を出しただけだったんだけど、その反応があまりにも可愛いくて、ここまで塩対応で接していた。


 でも、それもそろそろ可哀想になってきたな。だいぶソワソワして来てるし。


 組織に入った経緯はともかく、この件に俺を巻き込んだ理由は明らかだ。俺に会いたい一心からだろう。自惚れではなくそう思う。それくらいには愛されてる自信はこの半年で培ってきた。


 まぁ自分から出ていった手前、何事もなかったかのように戻ってくることは、プライドが邪魔して彼女には出来なかったのだろうしね。


 俺は耳を垂らしてしょんぼりしているミーコさんの頭をくしゃくしゃと撫で回す。これは俺たち二人の暗黙の仲直りのサインの一つなのだ。


 ミーコさんは嬉しそうに笑みを浮かべると、そっと俺の右肩に頭を乗せてきた。


 ホント、ミーコさんが取る行動は、いちいち俺のツボにストライクだ。


 俺はそんな彼女の耳元に口を寄せ、そっと囁くように一つの疑問を投げかけた。


『さっきから気になってたんだけど、運転してるあのつるっ禿の髭オヤジのあの格好、何? めっちゃ悪目立ちしてたんだけど』


『男爵のこと? まだ組織と対立していた頃に、未練がましくバーコード状に残してた髪の毛をあたし自ら剃りあげて、ついでに服のコーディネートもしてやったのよ』


『コーディネートって……もっと普通の格好させてやればいいのに。あれじゃ怪しさ全開じゃね?』


『いや、それがさぁ、何着せても似合わなくって。結局あれくらいしか合う服が無かったんだよね』


『俺、あれ見てマニアかオタクか変態さんかと思ったもん』


『当たらずとも遠からずね。それにキャラの方向性に疑問を感じてブレブレになっていたという裏事情もあったのよ』


『いったい誰の頭ン中でブレブレだったんだよ……って聞いたらダメなやつ?』


『……突然チャラ男になったり、ムキマッチョゲイに変更されたくなかったらスルーするのが得策でしょうね』


『くわばらくわばら』


 そんな会話を続けていると、前に座っている奴らのうちの一人がこちらを振り向き、じっと俺たち二人を見つめている事に気が付いた。


 茶髪でチャラそうな容貌で、なかなかのイケメンの筈なのに何故か残念臭が漂ってる。ゾンビ映画なんかで自分が死んだ事に気付かず笑いながら突然ばったり倒れちゃうような役どころがピッタリの残念臭だ。結構出てくるのに名前が与えられない手下Aとかの役どころなんかもピッタリ合いそうだ。


「……何見てんのよ」


「いや~金城さんもそんな顔するんスね~意外ッス!」


「うっさいわね……あたしいつなんどきどんな顔しようがあんたには関係ないでしょ」


「いやだって、今までずっと、暗い顔してるか怖い顔してるかのどっちかだったッスから」


「へー、そんなに意外に思うぐらいミーコさん、沈んでたの?」


「沈んでるって言うより拒絶してるっていうのかなぁ……ともかく、とてもじゃないけど話しかられるような雰囲気じゃなかったッス。話し掛けたらゴルゴばりの鋭い視線で射殺されるかと思った事もあったッス」


「何なら今この場で射殺すわよ。余計なこと言ってないで前を向いてなさい手下A!」


「いくら凄んでもそんなに真っ赤な顔してちゃ台無しだってミーコさん」


「あたしゃあんたとのこの一時を邪魔されたくなくて言ってんの!」


 ツンデレよろしく赤面しつつキッと睨んでくるミーコさん、かわええのー。それより……


「それよりいくら何でも手下Aって紹介はあんまりでしょ」


「俺は大丈夫ッスよ。慣れてるッスから」


「こいつに関してはこれでいいのよ」


「いやいや、君もそんなに簡単に妥協しちゃいかんよ? 親からもらった自分の名前は大事にしなきゃ」


「い、いや、だから……」


「ミーコさんもいくら恥ずかしい過去を暴露されたからって、それじゃぁ大人気無いっしょ。齢二百歳を越える大妖怪の取る態度じゃないと思うけど~? ププッ」


「勘違いした上にレディの年をさらっとばらすな!」


「あ、金城さん! 全然二百歳に見えないから大丈夫ッスよ!」


「何が大丈夫なのよ! ずれたフォローしてんじゃないわい!!」


「あ~ら嫌だわ。ワタクシ達の若さを妬んで逆ギレですか~? 大妖怪にあるまじき行動ではなくて?おほほのほ~」


「だから勘違いしてんじゃないわよ! 人の話を聞かんかいっ!! こいつの名前は『堤下栄テシタエイ』なんだっつーの!!」


「おほほの……へ? テシタエイ?」


「正しくは『テイシタエイ』ッス。堤防の堤に下、それに栄えるで『提下栄テイシタエイ』。子供の頃からあだ名は『手下A』なんで、もう慣れっこッス」


「わかった? こいつはあたしに会う以前から手下Aと呼ばれ続けているのよ。いわば手下Aの達人……手下Aのプロなのよ!」


「いや……それはちょっと……」


「あたしの紹介文に何か文句でも?」


「ひっ! な、何でも無いッスぅぅぅ!!」


 大妖怪さんの怒りの深さを悟ったのであろう、顔面を蒼白にして慌てたように前を向く哀れな手下A。どうでも良いが、俺が最初に抱いた印象そのままの人間だったらしい。手下Aか……ここまでその役どころがピッタリな奴も珍しい。


「……ミーコさん、般若みたいな不細工な顔になってるってば」


「不細工言うなぁぁぁぁぁ!」


「着いたぞ」


 うんざりした様子の男爵がそう言うと、車はスピードを緩め、ビルの地下駐車場へと向かった。


 あ、ミーコさんがむくれてる。きっと、もっといちゃつきたかったんだろうな。

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