猫女は激怒する-7 ミーコ


 あ゛あ゛~! やべぇ! やべぇって! あれは怒ってるよ~! 絶対怒ってるって!


 でも言えないよあんなこと!


 そうなんだよぉ……言えないんだよぉ……絶対に言えないよぉ……。


 空腹の果てに野良猫から奪った秋刀魚を食べてそれにあたって死にかけたところを助けられた上、目の前の食事に釣られて奴らの仲間になったことなんて言えないよぉ。


 あれは裕太の元を離れて一週間くらいたってからのことだった……。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



(お腹空いたよぅ……)


 元々手持ちのお金がわずかだった上に、貯金も底を突いていたのであっと言う間に無一文になってしまったあたしは、そう途方にくれる。


 あそこで光来亭のディナーなんぞを食べなければ……まさか裕太の手があそこまで回ってるとは思わなかった……裕太のツケで食おうと思っていたのに。


 あれで全額使いきったあたしに残された手は、チンピラから金品巻き上げるか、他の裕太御用達のお店で裕太のツケで食べるか、裕太の元に戻るくらいしかない。でもこのまま裕太の元には戻りたくなかったし、騒ぎを起こしたり、ツケに頼りすがると足が付く。


 もう5日、水以外何も口にしていない。今はカロリー消費を抑えるために、猫の姿になってじっと公園のベンチの下で丸くなっている。時々近所の子供なんかが食べ物を持ってきたりもしていたけど、これでも一応妖怪の端くれ……人の施しなんぞ受けてたまりますかい!


 あ、ツケは裕太への攻撃になってるから施しではないのだ! けけけのけ~……はぁ。


(あぁ~お腹減ったなぁ…………ん?)


 その時、目の前を横切ったのは秋刀魚をくわえてルンルン気分で通り過ぎる一匹の猫。


(……じゅる…………ハッ!? いかんいかん! いくら何でも野良猫から横取りするってのは人として……あ、人じゃなくて妖怪か……妖怪って悪役だよねぇ…………ハッ!? ダメダメ! いくら悪役だからって野良猫から奪うのは……あ、でも今は猫か。猫同士が奪い合っても別に変なことじゃないよねぇ…………いやいやそもそもそんなことしたらあたしのプライドが…………でもプライドに殉じて餓死するってのもヒロイン的にあり得ないし…………ムカッ。なんかルンルン気分のあの顔を見ていたら何だか憎たらしく見えてきたわ。悩みなんてなさそぉ。こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされてるってのに。あれは誰かに世間の厳しさってものを叩き込まれないとこの先、生きていけないわよね……うふふふ……その誰かってのが私であっても何ら問題はないわよね? つーかむしろこのあたしが教えずに誰が教えるんだっつーの。ふふふ……弱肉強食の今の世に生まれてきたおのが運命サガを恨むがいい……我が血となれ肉となれ!)


 こうして猫女・金城美依子vs野良猫・ジョパンニ(あたし命名)の壮絶なバトルが始まっ……あ、ジョパンニが逃げた。


「こぅおぉらぁぁぁ! 秋刀魚置いていかんかぁぁぁい!」


「ブニャァァァ……」


 涙を滲ませ去りゆくライバル。そしてとうとう食糧ゲットだぜぃ!


(うふふ~♪ 塩焼きがいいかしらん♪ それともなめろうがいいかしらん♪ 5日振りの食糧なんだからじっくり堪能しなきゃね~♪ …………だ、だめだ! もうそれまで待てないわ! そのまま食べちゃえ♪ 空腹こそ最良のスパイスよ~♪ あむ……モグモグ……うぇ~生臭ぇ……いくら猫の姿だからって、さすがに味覚まで猫と同じってわけにはいかないもんねぇ。でも贅沢は言ってられないわ! これを逃したら次はいつ食糧にありつけるか解らないもの!)


 ……あまりの空腹に、既に冷静な判断などできる状態ではなかったことをここに言い訳として挙げておこう。おまけに身体もかなり弱っていたのだ。炎天下のなか野良猫がくわえ歩いていた生魚がこの時の私にとって、どれだけ危険な存在であるのか……私はそれを考える余裕もなかった。


(……? ……あれ? 何かおかしい……うぐ……お、お腹が……)


ギュルギュルギュルゥ--


(な、なんだ、このギュルギュルは……ま、まさかこのあたしがP?! 鋼鉄の胃袋を持つこのあたしが?! や、やべ! 洒落んなんないんだけど?! あたし一応ヒロインなんだけど?! 女の子なんだけど?! 乙女なんだけど?! 絵的にありえないっしょ?! 猫だからか?! 猫だからいいってのか?! 猫種差別だ訴えてやるぅぅぅ!!)


「ギャァァァァァ<自主規制>ァァァァァァァスゥゥゥ…………」


 こうしてあたしは汚塗雌おとめの汚名を着せられるに至ったの

である。





(なんとか猫の姿を保てたことが救いね)


 遠い目をしながらあたしは心の中で呟いた。既に生きる気力はない。


(裕太に捨てられたゲリP女にはお似合いの最後だわ。このまま死んだら猫の姿のまま死ぬのかしら…………妖気が切れたら術の効果は普通切れるわよね? やばくね? 乙女の全裸死体? 妖怪は死ぬと塵になるけど半妖はどうなるんだろ。いっそのこと自爆して果てるか?)


 あたしは意識を集中して妖気を集めようと試みる。


(……あ、あかんがなぁ! 既に妖気が尽きかけてるよぉ! このままだと全裸死体行き……しかも後ろにはP! うおぉぉぉ! 何としてでもそれは阻止じゃぁぁぁ!!)


 何とか生きる気力を取り戻したあたしは、萎えた手足に鞭打って立ち上がる。


ザッザッ--


 その時、突然目の前に二本の足が現れた。今のあたしにその気配を事前に察知できるほどの余力は残っていない。


 あたしはなんとか顔を持ち上げ、その人物を確認しようとする。


「これが我が組織に散々苦渋を舐めさせ続けて来たあの大妖猫女だとはな」


「ブッ……」


 あたしは残っていた気力を一気に奪われる。


 目の前に現れたのは、見知った顔のムサいおっさん。


 こいつは、あたしを眼の敵にしている組織の退魔師で、今までも幾度となく拳を交わした間柄だ。そして禿。禿である。禿なのである。因みに出会った時はバーコード。そうバーコードだった。やべ、思い出したあの姿。


 そいつに首根っこを摘まれひょいっと持ち上げられる。


「ブニャ……」


(だ、だめよ笑っちゃ……ここで笑ったら残りの体力根こそぎ奪われるわ……洒落じゃなく命を縮める……だ、だめ……! バーコードが脳裏にちらつくぅぅぅ! や、やめれぇぇぇ! その顔をどアップで見せつけないでぇぇぇ!)


 心の中でそんなことを叫んでいると、突然丸めた紙屑を咽の奥へと押し込まれ、くるりと後ろを向けられる。


(なななななな何? 何なの?! のののの飲んじゃったんですけどぉぉぉぉぉ!)


 抗議の鳴き声を上げようとすると(まあ顔が見えなくなったんである意味助かったんだけど)、突然吐き気がこみ上げてきて、その場におぇっおぇっおぇ~っと激しく嘔吐を繰り返した。


 ……ひと段落つくと、あたしは目尻に涙を浮かべ、空を見上げて遠くを眺める。


(ハァハァハァ……Pちゃんだけじゃなく生お好み焼き状ゲル物体をも撒き散らす女……こんなあたしでも裕太は愛してくれるかしら? あぁ太陽が眩しいわ……あたしはきっと星になるのね……あの夜空に輝くお星様に……それとも闇夜に妖しく浮かび上がる朧月かしら? 裕太……あたしはいつでも貴方のことを見守ってるわ。そう、どんな時でもね……うふふ…うふふふふふふふ……うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……)


「安心しろ。我が一族秘伝の解毒符だ……おい、聞いておるか?」


 元バーコード現ハゲなオヤジの言葉なんぞは耳に入ってこない。既にあたしの意識は遠い桃源郷の彼方へと誘われていたのだった……あ、振らないでー。


「こんな形でお主と相対したくはなかったがこれも任務だ。悪く思うな」


 おっさんの言葉に反論する気力が有るはずもなく、あたしは抵抗する素振りも見せることが出来ずに連れ去られたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後、コイツ等のアジトへ連行された私は、リーダーである岸本謙二郎と面会し、擦った揉んだをする気力もないまま食事と報酬につられてコイツ等の仲間になったっ訳だ。


 取りあえず当面の生活費は確保出来たけど、それだけではダメだって事にすぐ気が付いた。


 ここには裕太がいない。


 アイツの存在が、自分中でどれだけ大きなモノであるのか、間違えようのないほど残酷に突き付けられた。


 あたしはもう裕太いない生活に耐えられない……でも頭を下げてこのまま戻るのも嫌だ!


 結果、発動した今回のオペレーション。裕太を捕獲し、卒業後の就職先を斡旋して恩を売りつつあたしの隣に無理矢理抑え込む一石二鳥の大作戦。


 だから……裕太には絶対言えん。真相は胸の奥へとしまい込んで、墓の中まで持ってく所存だ。

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