猫女は激怒する-6 裕太
「猫女……お前、今はこっち側の人間だろう!」
「へ?」
その言葉にキョトンとしていたミーコさんだったが、何かを思い出したかの様にハッとして、続けてプウッと頬を膨らませそっぽを向いた。
「無粋だわ……こんな時はそっと見送るのが礼儀ってもんでしょ!」
否定しないってことは、つまりはこの男が言ってることは事実ってことか?
俺はやや呆れ顔でミーコさんを見ると、ため息をついて男爵髭オヤジに言った。
「じゃあ、つー事で」
俺はシュタッとてを挙げるとミーコさんの手を引いて歩きだす。こんな面倒なことにかかわり合うのはごめんだ。
「……それではこの猫女宛の請求書を貴様に送っても良いのだな?」
その言葉に思わず立ち止まる俺。ミーコさんを見るとしまったって顔をしてそっぽを向いた。
「今後、猫女が我らが組織から脱退した暁には、かなりの額の請求が行くことになる。具体的には……契約の際に貸した準備費用……組織に入ってからの食事等の私的経費……仕事中に被った被害で組織が肩代わりした損害賠償金……締めてこれだけだ」
パチパチと電卓を打つ手を止め、男爵髭オヤジはその電卓を俺の方へとずいっと向け……
「っっっっっ!!!!!」
その瞬間俺の回りからすべての色が消え失せる。
唖然とオッサンを見つめたまま身動きとれない俺……そしてその横ではミーコさんが素知らぬ顔でそっぽを向いてる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………じゃミーコさん借金返済ガンバッテ」
ミーコさんの手を振り払い、俺はシュタッと手を挙げ、足早にその場を去……ろうとしたらむんずと襟首を掴まれ捕獲される。
「待てい。あなたはあたしと一緒に行くの。あたしを一人にしないって約束したでしょ」
「借金持ちの女を彼女にした覚えはございません」
「酷いぃぃぃ! この人でなしぃぃぃ! 舌の根乾かぬうちからこの有様かい! 女が困ってるんだから助けるのが男ってもんでしょぉぉぉ!」
「限度ってもんを知らんのかい!」
「ふぇ~ん、ちょっとした行き違いでこんなことになっただけだってぇぇぇ! 二人は一心同体なはずでしょぉ?! あなたの物はあたしの物、あたしの物はあなたの物♪ あなたと二人で返せば借金なんてあっと言う間に返せるわ♪ 二人で一緒にがんばりましょうよ♪」
「借金返して綺麗な体になってからまた来いや! それまでキスもエッチもお預けじゃ!」
「そ、そんな御無体なぁぁぁ……こ、こうなったら借金なんて踏み倒してやるぅ! 絶対あなたと離れてなんてやらないんだから!」
「ええい離せ! うぬが罪状は明白である! しからば罪を償うのが罪人としての筋というものであろうが! それを踏み倒すとは何事じゃ!」
「全てはあなた様のためにやったこと……あなた様に会いたいが為にやったことでございます! どうか……どうか平にご容赦をぉぉぉ!」
「……もうよいか? 話を進めても」
うごっ! このノリを何事もなくかわす事ができるとは……俺はこのオッサンを見くびっていたぜぃ。
驚愕の表情で俺たち二人はオッサンを見つめていたけど、オッサンは素知らぬ顔で話を続けた。
「まぁ一応、猫女は今はうちの組織の一員だ。このまま組織に残って貢献し続ければ全額返済もそう難しい話ではない。但し……これ以上負債額が増えない事が前提ではあるがな」
うご……それって真夏に外で雪だるまを溶かさず残しておくより難しいんじゃなかろうか……。
「我が組織はケチではないからな。お主も次のオペレーションに参加するのであれば、猫女のものとは別にそれなりの金額の報酬はだすぞ?」
「…………」
うーん……このままミーコさんを放っておいたら借金が雪だるま式に増えていきそうだな……しかも報酬まで出るとなると……。
何しろミーコさんと半同棲し始めてから、出費はかさむばかりで貯金も残り少なくなっていたのだ。
「因みに報酬はいかほど?」
「働き次第だが、最低これくらいは保証しよう」
「な……」
提示された金額に絶句する。俺が想像していた金額とは桁が違った。
つまりはそれだけ危険な仕事って事か……。
俺はつぶさに思考をぐるぐる巡らせる。
「……分かった。その仕事、受けよう」
長い思考のトンネルの果てに俺はそう答えた。理由は色々あるが、何よりミーコさんの借金を返さないことには、今後組織とやらに狙われ続けることになることは一目瞭然だったからだ。ミーコさんと違って平和主義なんだよ俺は。
「但し、条件をもう一度確認してからだ」
「良かろう。今回のクライアントは政府の要人だ。名は喜久葉勇蔵氏。聞いたことはあるか?」
「聞いたことはあるかもなにも……次期総理大臣候補って呼ばれてるあの喜久葉勇蔵?」
「そうだ。あの喜久葉勇蔵氏だ」
「なんでまたそんな大物が……」
「ワシは組織の遣いに過ぎぬのでな、詳しい話は知らん。ただ、我が組織のリーダーと、喜久葉氏は故知の間柄であるそうだから、恐らくはそのつながりからの依頼であろう。依頼内容は正式な契約前なので全ては明かせぬが、一言でいうと我が組織のリーダーの護衛だ」
「リーダーの名前は?」
「岸本謙二郎」
「岸本?」
どこかで聞いたことあるような……っあ!
「岸本謙二郎って言ったら、世界中に顧客を持つ、国際的人材派遣会社のマーズの日本支部代表じゃん!」
「よく知っておるな。日本ではまだそれほど知名度はないと思っていたが」
「俺、一応大学生だぞ? 就活してたら嫌でも耳に入るって」
と言うか俺の第一希望企業だ。これ言ったら足元見られそうだな。
「知っているなら話が早い。資本基盤が世界規模の大企業なだけに人材確保にも積極的でな。表では一芸に秀でた人材を集めて人材派遣業を営み、裏では退魔師やサイキッカー、魔法使いなどの裏の世界の能力者達をスカウトしておるのだ」
「上場企業なのに裏の世界の人材集めてるなんて、なんかきな臭いんだけど……」
「一般には知られてはおらんが、妖怪や能力者達の存在は、国にとっては最早秘匿事項ではないのだ。寧ろそういった者達を積極的に雇用することによって各国の政府との繋がりを生み出し、能力者達の人権を保護する役割も我が組織にはある。まぁ日本という国は少し特殊で、太古の昔より時の権力者達と深い繋がりがあった一族にその辺を牛耳られておってな、我が組織もなかなか入り込めなかったのだ」
知らんかった。
「んじゃ主な仕事は妖怪退治か?」
「今の時代、人間に被害を及ぼすような妖怪妖魔は数が少なく利益も出ない。寧ろ我々と同じ能力者の中に、俗世に仇をなす勢力や、私利私欲に走る者達が多数出ておるから、そ奴らに狙われた者達がクライアントとなるな。SPや場合によっては探偵の真似事などもする。今回はさっきも言ったとおり護衛だがな」
「うーん……そんな大企業になんでミーコさんが……」
「知らんのか? そやつは元々裏の世界ではお尋ね者でな。我々とも幾度となくやりあ……」
「んなことは良いのよ!」
おっさんのセリフを慌てたように遮るミーコさん。
「アンタはとにかくあたしに黙って付いてくれば良いのよ!」
そう言って、ミーコさんはぷいっとそっぽを向いた。
こりゃ、よっぽど後ろぐらい事があるんだな?
正面に回り込んでその目を見つめようとするが、ミーコさんはまたつつ~っと目をそらして視線を合わせようとしない。こめかみからは汗が滴り落ちている。
「……ミーコさん?」
「………」
「……むんず」
「何しおるか変態がぁぁぁ!」
Aカップの胸を掴まれようやく反応を返すミーコさん。
「……それでなんでこんなことになったの?」
「うぐっ……」
……よっぽど後ろ暗いことがあるんだなぁ。まぁやり方によってはミーコさんに特大の恩を売ることが出来そうだ。
心の中ではそんなことを考えつつも口に出してはこう言った。
「俺には言えないことなんだね? 分かったよ……とにかく今はビジネスの話に戻ろう」
俺の冷たく装ったその言い方に、ミーコさんは慌てたような顔をちらつかせるが、ハッと気付いたように何とかその表情を引っ込める。
しめしめ。これで少し俺に負い目を感じたな? これからはちょっとは大人しくしてくれるだろう。
そんなあくどいことを考えながらまた話を元に戻したのだった。
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