猫女は激怒する-5 裕太
力の抜けたミーコさんを支えながら俺は意外に思う。
(絶対怒り狂うと思ったんだけど……)
俺の予想は外れ、ミーコさんはホッと胸をなで下ろし目尻に泪を浮かべて座っている。
(女ってのはわからんもんだ。そんなに心配ならあんな行動とらなきゃいいのに……)
そう思ったが口に出しては別な言葉をかける。
「心配した?」
コクンと頷くミーコさん。
「ミーコさんらしくもない……俺がミーコさん残してこんなところで死ぬわけ無いじゃん」
「だって……いきなり塵になるんだもん」
拗ねたように唇を尖らせるその姿が愛らしい。
「最初は騙されても、冷静になれば本物かどうか分かるでしょ。いつものミーコさんなら直ぐ分かっただろうに……あれ、ミーコさんから一瞬の隙を作る為だけに創った術だったんだよね。だいたい飲み会の件にしたってあれが初めてってわけでもないし、メンバーだって何人かは知ってるでしょ?」
「だって……」
「だって?」
「……一人で寂しかったんだもん」
長い沈黙の果てにそんなことを言い始めるミーコさん。
「へ? なんで? ほとんど毎日一緒にいたし、いない時にはメールや電話は欠かしたこと無かったじゃん」
「そういう問題じゃないの! 心に少し距離が出来たって言うか……会話だって減ってたし……」
「そりゃお互いの生活だってあるし……」
「それじゃダメなの! 裕太はあたしの事だけ考えなきゃだめなの! それにあんまりキスしてくれなくなってたし……」
「会ってキスしない日は無かったと思うんだけど?」
「回数が減ってたの! あたしが望んだときにいつでもしてくれなきゃダメなの!」
「さ、さいでっか」
「それに……ェ……の回数も減ってたし……」
何やら真っ赤な顔でもごもごと口を動かしてるミーコさんに俺は問い掛ける。
「へ? 何だって?」
「だ・か・ら! 回数が減ったって言ってんのよ!」
怒鳴って再びうつむくミーコさん。そこまで言われてなんのことが思い至るが……
「え? あ! ああ……いや……でもあん時、俺が帰るとミーコさんいつも先に寝てたでしょ? しかもミーコさん下着姿で寝るから襲いかかんないように耐えるの大変だったんだけど……」
想像してほしい。下着姿で猫耳尻尾付きの女性が幸せそうにむにゃむにゃ言いながら眠っている姿を。これにムラムラこない男がいるだろうか?否、居るはずがない。ムラムラこないそんな男は男として異常だ! インポだ! モーホーだ!
「襲いかかって来ればいいじゃない! 女の子はそういうの待ってんのよ!」
そうか襲いかかってよかったのか。
でもさ……
「前、襲いかかったら、いきなり正拳突きされたうえ肘打ち入って肋骨骨折したんだけど俺」
「……そ、それは不幸な事故よ! その程度で引き下がるな! 男なんだから根性見せろ!」
んな無茶な……。
そんな思いを気配で察したのだろう、ミーコさんが俺の首を絞めながらくってかかってくる。
「こ・ん・じょ・う・み・せ・る・のぉぉぉ!!」
「わ、分かった! 分かったってミーコさん! 全部俺が悪かった! だがら離じでぇぇぇ!!」
俺の意識が花畑へ一歩足を踏み入れる寸前、ミーコさんは俺の首からその手を離した。
「裕太はあたしのものなの……だからあたしが望むならそうしなきゃダメなの……他の誰のためでもなくあたしだけのためにそうしなきゃダメなの……ダメなの…………ダメなの……ダメなの! もう嫌なの……もう独りは嫌なの……」
そう言ってまたうつむくミーコさん。
そんなミーコさんを抱きしめながら俺はようやく理解した。
ミーコさんの行動は嫉妬じゃない。不安と恐怖の現れだ。ミーコさんが何より恐れているのは孤独……。
彼女に聞いた話では、彼女は始めから猫女として生を受けたわけではなく、先祖返りである日突然猫女に『なった』そうだ。
その事が原因で両親を失い、その後の人生の大半を他者からの迫害を受けながら一人で生きてきたミーコさんにとって、俺との出会いが心の支えになっている事はすぐに分かったし、俺も彼女の唯一になれて素直に嬉しかった。
俺はミーコさんを後ろから抱きしめながら、耳元で彼女に問いかける。
「飲み会、隠れて見に来てたんだ?」
コクンとうなずくミーコさん。
「俺に見つからないように隠れて?」
彼女は真っ赤な顔でもう一度頷いた。
「俺と離れてる間……どうだった?」
「………………寂しかった」
か、可愛えぇ~。
俺の腕に顔を埋めて、耳まで真っ赤にしてそう呟く様が、俺の理性の糸をスパンスパンと切り裂いていく。
このままじゃ、俺、この場でミーコさんを押し倒しちまうかも……。
「か、帰ろうか? じゃあ……」
最後に残ったなけなしの理性でなんとか言ったそのセリフに、ミーコさんは何も言わずに小さく頷いた。
しかし、すっくと立ち上がって、手を繋ぎ歩き出そうとしたその時に、突然背後から無粋な野太い声が掛けられる。
「お取り込み中すまないが……こっちはまだ用事が済んでいないんだが?」
こめかみに血管を浮き上がらせてこちらを睨んでいたのは、あの男爵風髭のふざけたオッサンとそれ以下若干名。
忘れてた。こいつ等居たんだっけ。
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