猫女は激怒する-4 ミーコ


 立ち込める土煙にあたしはふと我に返った。


 やば……ちょっとやり過ぎちゃったかも。


 土煙が収まっていく中、あたしは裕太の無事を確認するため目を凝らす。


 あ、いた!


 大袈裟にも壁に背をもたれて座って……あれ? 気のせいかな……脚があらぬ方向に曲がってるような……


「あ……」


 腕が……右腕の肘から下がない……


「……嘘……でしょ?」


 あたしは一歩一歩、自分の想像が間違いであることを祈りながら、裕太へと歩み寄っていく。


 それから感じる霊気の波動は、どう見ても、どう感知しても裕太のものだ。この半年でいやが上にもこの身体に刻み込まれた……染み込み満たされた霊気の波動だ。間違えるはずが無い。


 唇の端からしたたり落ちる紅黒い液体は、どう見ても内臓の損傷からくる吐血の後……。


 右腕の肘から先は、強引に引き千切られたように断面が荒い。


 両足は、何かに押しつぶされたかの様に膝から先があらぬ方へと折れ曲がり、骨は砕かれ見るも無残だ。


 祈り虚しく、壁にもたれている人物が裕太本人であることをあたしは確信する。


「……あ……」


 ブルブルと脚が震え出し、ついにはガクリと膝をついてしまった。


「そ……ん…………な………………」


 確かに普通の人間なら死んでもおかしくない攻撃を仕掛けてはいた。でもコイツは水無月裕太だ。あの程度の攻撃でくたばるような柔な相手ではないはずなのに……。


 あたしは信じられない思いで裕太の肩へと震える手を伸ばす。


「冗談……だよね……裕太……」


 左手が裕太の肩に触れた瞬間


「っ!う、嘘!!」


 触れた場所から裕太の体が灰へと変化し、塵となって風に飛ばされていく。


「え!? や、やだ……だ、だめ……だめ! や、やだ……」


 どんどん塵になっていく裕太の身体。しかしあたしは何も出来ずにオロオロと右往左往するばかりだ。


 遂には裕太の身体は最後の一粒まで塵となって消えていく。


「いやぁぁぁ! やだやだやだやだぁぁぁ! あたしを一人にしないでぇぇぇ!」


 あまりの出来事にあたしは混乱し、立ち上がって塵に手を伸ばしながらついには泣き叫び始める。


 その時だった。あたしの身体がふわりと優しく抱きしめられる。


 そして耳元では、今塵となったはずの本来なら聞けるはずのない、でも一番聞きたかった声が囁きかけてくる。


「……やっと捕まえた……」


 驚きと期待と涙と鼻水で溢れた顔で頭を巡らすと、あたしの最愛の人・水無月裕太の顔が目の前に現れた。


「え? ゆう……た?」


 裕太はコクンと頷いた。


 あたしは驚きの表情でさっきまで裕太本人が寄りかかってた壁に視線を向け、ゆっくりと指を差す。


「だって……ええっ?!」


 もう一度、首だけで振り返り裕太の顔を確認する。


「ゆう……た……ゆうた? 裕太!? えっ?! なんで?!」


 あたしはキョロキョロと壁と裕太に視線を行き来させる。


「ありゃ式神の一種。俺の血を依代に自分の分身を作ったんだよ」


「え? で、でもそれならあたしにも分かるはず……」


「対ミーコさん特製分身。俺の霊気で中まで満たされた事があるミーコさんじゃ、いくら気配感知に長けてても騙される……ってレベルで創った特製の術だったんたけど……」


 その言葉を聞き、また膝から力が抜ける。裕太は優しく地面に座らせてくれた。


「……よかった……」


 怒りよりも驚きよりも喜びよりも安堵……そんな心情のあたしが自分に言わせたセリフがそれだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る