出発は波乱万丈-3 裕太


 岸本の注意喚起で、俺達の周囲に歪んだ獣のような姿の妖魔達が集まり始めていることに気が付いた。 


「獣型の妖魔だな。迎撃し続けていたらキリがない。突破してあそこに潜入しよう」


 そう言って岸本が指し示したのは、いかにも……って感じの怪しげな洞窟の入り口だ。


「あそこ何なの?」


 と問いかけたのはミーコさん。


「今回の目的地だ。前回の探索時に見付けたのだが、この異空間を作った人物の隠れ家であろうと思う。どうかね水無月君。ああいったいかにも……といった怪しげな場所を見ると、男心を擽られて心躍らないかね?」


「うぐ……不本意ながら同意しよう。穴があると入りたくなるのが男の性癖さが!!」


「って、下ネタかい!!」


「男には……ボケねばならない時ってのがあるんだよ」


「我が意図を察するあたり、流石と言わざるを得ないな。ここだけの話、うちの会社にはこの手のユーモアを分かち合えるメンバーが少ない」


 溜息を吐きながら肩を竦める岸本のその台詞には同意せざるを得ない。


「伊集院と堤下で囲みに穴を空けろ。駒野、殿しんがりを頼む。他は各自の裁量で動け。あの洞窟の入口で落ち合おう」


 岸本がそう言うと、各自思い思いの戦闘体制をとる。


 何はともあれ……


「伊集院って誰?」


「「「誰だっけ?」」」


 幾人かがクエスチョンマークを頭上に掲げ、首を傾げて顔を見合わせていると、横から男爵がその体躯に見合わない身軽さで駆けて行く。


「ふははははは!! 我が伊集院流体術が妙技を見せてくれるわ妖魔共! 喰らえ!」


 そのぶっとい剛腕を振るって拳を地面に叩き付けると、衝撃波が扇状に広がり、間近まで迫って来ていた妖魔達を蹴散らしていく。


 伊集院は男爵だったらしい。いや、なんか日本語が変だけど気にしない。気にしたら負けだ。


「風の精霊よ……我が行く手を阻みしものどもを蹴散らせッス……爆風迅!」


 シレッと行動を開始してるが、お前も伊集院って名前に小首かしげてたよな?


 男爵の剛碗が地面を叩きつけて産み出した衝撃波が妖魔共を蹴散らし、それに耐え切った奴らも堤下が産み出した爆風が吹き飛ばした。


「行くぞ!」


 岸本のその号令を合図に俺たちは洞窟に向かって走り出す。


 すると、吹き飛ばされた妖魔達の背後から、更にたくさんの妖魔共が向かって来ているのが見える。俺の目に映ったのは4つに裂けた口が醜悪極まりない、ハスキー犬くらいの大きさの野犬に似た妖魔だ。


 白蘭とは雲泥の差だよね。白蘭は体長2メートルほどの大きめの狼に似た姿をしていて、体は銀白の毛で覆われ、鋭い瞳は深い海の底の様な色をしてる。


 いやー、使役できたのが白蘭でよかった。


「うははははは! まだまだまだまだぁぁぁぁぁ!!」

「風の精霊よ……我を守護せし時の旅人よ……集いて我と共に流れるッスよ……風壁!」


 男爵は闘気を、堤下は風をそれぞれ全身に纏って、野犬型妖魔の群れに突っ込んでいく。


 全身に張り巡らせた闘気を自らの剛碗と剛脚に集め、豪快に敵を薙ぎ倒していく男爵。


 常時全身に張り巡らしてある闘気が、打撃を与えるインパクトの瞬間にだけ拳や足に流し集められ、妖魔に叩きつけられる。そして奴らは熟れたトマトのように次々と叩き潰されていくのだ。驚くほど高度で繊細な操気術と戦闘技術だ。


風壁矢の型五月雨!」


 隣では堤下が、気合い一線、纏った風から無数の風の矢を魔獣に向かってはしらせている。


 身体に纏わりついてる風の精霊を、短い呪文と身振りだけで操り、妖魔達に向かって解き放っているようだ。風の矢は妖魔に突き刺さるとそのまま貫通して後ろの妖魔にもダメージを与えている。一撃必殺の威力は無いものの、この程度の小型の妖魔程度なら威力よりも手数だろ。今の状況に応じた優れた戦術だ。只のお調子者じゃないらしい。


「男爵後ろッス!」


「うむ!」


 堤下が背後からの妖魔の襲撃を知らせると、男爵はそれにサムアップを返して応じる余裕を見せながら、妖魔の攻撃を張り巡らせた闘気でなし、体を反転させカウンターを叩き込む。


 こんなことは只の体力馬鹿に出来るわけがない。卓越した操気術と常人離れした反射神経、そしてそれを効果的に使うことが出来る豊富な経験がなければこうはいかない。


 俺も負けじと呪符を放とうかとも思ったが、俺の弱点は体力面だし他の面々に晒す必要無いだろう。


 傍らで俺を守る白蘭を撫でながら、俺はかぶりを振って視線を巡らした。


「符よ……」


 微かに聞こえて来たその声に視線を向けると、駒野が人差し指と中指で挟んだ呪符を額に当てて念を込めてる所だった。


「剛の法……斧撃ふげき


 そう唱えて横に一閃……光の刃が振るわれて、狒々に似た妖魔が数匹両断される。妖魔達は塵となって崩れ落ち、それと同時に使われた呪符も燃え尽きたように灰になって散って行く。


 その傍らを、仁藤がサングラスの鼻受けを抑えながら無言で駆け抜ける。


 そして、駒野が滅した妖魔達の奥から更に向かって来る妖魔の群れに立ちはだかり、人差し指と中指で注射器を構える様に挟んで素早く抜き放った鉄杭を、迫りくる妖魔達に向かって投げ放った。


 次いで目の前でパチンと両手を合せて念を込めると、サングラスの奥でカッと目を見開き、人差し指と親指で三角形を作って両手を突き出し念を凝らす。


 すると鉄杭は6本に分かれ、それぞれが意志を持ってるかのように個別に動き地面に突き刺さって六芒星を描いた。


オン!」


 唱えたその言葉に反応し、六芒星が薄っすら光ると、中の妖魔達の動きが止まる。


「薫!」


 仁藤の呼び掛けに、駒野は頭上に何枚もの呪符を投げ放つ。


「然の法……瀑布」


 投げ放たれた呪符は駒野が唱えた呪言に反応し、連鎖する様に激しく光ると、次の瞬間霊気の奔流が生み出され、足止めされてる妖魔達に降り注いだ。


 身動きの取れない妖魔達は、成す術もなく霊気の奔流に曝され一瞬で塵となって消えていった。


 他の奴らもそれぞれの術で妖魔達を撃退している。炎を操る奴もいれば、刀で切り裂いてる奴もいる。その中でもやっぱり一番目立った働きをしているのは、誰がどう見ても我らがミーコさんだろう。


 キラキラとステージアイドル並みの輝く笑みを振り撒きながら、それはもう嬉しそーに迫りくる妖魔共を叩き潰してる。


 よっぽどストレス溜まってんだなぁ。


「ハァッ!」


 ガツッ--

 グシャ--


 気合い一閃、ミーコさんか振り上げた踵が巨大ハンマーのように叩きつけられ、ファンタジー世界の|豚人間《オーク》のような姿の妖魔の頭は、漫画でも見てるかのようにその巨体の中へとメキリと音を立ててめり込んだ。そのまま地面に叩きつけられて、ドス黒い血飛沫をまき散らしながら絶命する。


「うりゃあ!」


 ドカッ--

 ベチャッ--


 更に後ろから襲いかかってきた妖魔を回し蹴りで撃退すると


「てやぁ!」


 シャキン--

 サクン--


 次の獲物は伸ばした爪で5枚におろした。


「切り裂け」


 更に爪を振るい空間の裂け目を作り出し


「キャウンッ」「ウガッ」「バヒンッ」


 飛びかかってきた大小様々な妖魔共を一掃する。


 その瞳は闇夜の朧月の様に妖しく光り、その口元には笑みさえ浮かべている。


 何より恐ろしいのはあれだけこの戦場を血飛沫で埋め尽くしておきながら、ミーコさんには返り血が一滴たりともかかっていないってことだ。


 妖魔共はミーコさんの残像すら捉えられないで、只その屍を野に晒しているのだ。


 あれで本気じゃないんだもんなー……我が恋人ながら恐ろしい。あれと戦ってよく生きているよなぁ、俺。


「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」


 奇声を発しながら殺戮に酔ってるミーコさんを見て、この人を恋人に選んだ自分の判断が、果たして正しいものであったのか自信を持てない俺なのであった。


 白蘭も怯えてるって。




「全員無事だな」


 洞窟にたどり着くと、岸本は仲間を見渡し全員の無事を確認する。


 ミーコさんは気が晴れたのか、俺の傍らで満面の笑みをその顔に浮かべてにこやかに立っている。


 そりゃ引くってミーコさん……と、ツッコミたいのをグッと堪えて、取りあえずは見てみないフリをしてやり過ごす。


 あぁ、あんた等……俺にそんな奇異なものでも見るような視線を向けないで……堤下、同情もいらない。


 確かにこの人を選んだのはこの俺だけど俺まで同類だと思われてはかなわんがな。俺は至って普通なんだって。


「裕太? どうかした?」


 俺の様子を訝しく思ったのであろう、ミーコさんは俺にそう問いかけてきた。


「いや……これまでの人生とこれからの人生について思いを巡らしていたのだよ」


 ミーコさんのせいで俺まで変人扱いされてることについて、思い悩んでいたんだよ……とは口にはせず、俺はそう答えた。


「ふーん……相変わらず変なことに思いを巡らしているのね」


 誰のせいだ……とは口に出せない俺。情けなや。


「それでは中に入るぞ。絶対油断はしないように。どんな妖魔が潜んでいるか分かったものではないからな」


 岸本の号令で、洞窟の奥へと侵入していく他の奴らを見ながら、自らの身の潔白を声を大にして訴えたい欲求に思い悩む俺なのであった。


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