二章 酒と煙草と男と猫女

猫女は激怒する-1 裕太


 俺の名前は水無月裕太。


 一見、今時のイケメン大学生にしか見えないが(まぁ実際そうなんだけどね)実はもぐりの符呪士なんぞという物騒な裏の顔も持っていたりもする。


 もっと詳しくお茶でもしながら自己紹介したいところなんだけど、今所用があってゆっくり出来ない。また今度お酒でも飲みながら心行くまで話してあげよう。いい店知ってるから。


 所用ってのは人探しだ。


 その人は半年ほど前に知り合った、ちょっと……どころか富士山麓の樹海並みに深い訳ありな女性なんだけど、この1ヶ月ぐらい連絡が途絶えている。


 それまでは毎日のように部屋に入り浸り最低でもメールや電話のやりとりがあったんだけど、ある日を境に突然連絡が付かなくなった。荷物も俺の部屋に置きっぱなしだ。商売道具のカメラまで置いてある。


 心配だ……。


 未だかつて無いほどの不安を感じる。


 今の彼女を一人にするなんて……飢えた狼を羊の群に放つようなものだぁぁぁ!


 早く見つけなくちゃ……どこかと自分に被害が出る前に!


 彼女はフリーのカメラマンをやってるみたいなんだけど、編集の人と喧嘩して仕事干されて貯金も無いなんてことを言ってた。何より商売道具のカメラが俺の部屋に置きっぱなしだ。あの性格じゃ他に仕事が見つかるとも思えない。


 あ、彼女の荷物が俺の部屋にあることからも分かると思うけど、俺と彼女はそういう関係だ。文無し宿なしの彼女に部屋を強奪され……提供しているとの見方も出来るが。


 そんな彼女が金の工面に困ってとる行動と言ったら……ひぃぃぃ!か、考えるだけで恐ろしい。


 その辺のチンピラ捕まえて金品巻き上げる位ならまだいいが(あ、良くはないか?)彼女の場合、きっと被害はそれだけにはとどまらない。


 俺の名を語って2~3その手の組織を壊滅しとんずらするとか、俺の名を語って闇金融から金を巻き上げてとんずらするとか、俺の名を語って高級料理店の食べ歩きをして領収書ツケを俺に回してとんずらするとか、俺の名を語って……このアマ!なんばしよっとぉぉぉ!ハァハァ……落ち着け俺。


 とにかく彼女がジャイアニズムを発揮して「裕太の物はあたしの物。あたしの物はあたしの物」的行動を開始する前に何とかせねばならない。さもなくば俺は破産する。貯金も残り少ないし。


 そう思って連日街に出てきているんだけど、今日の今まで手掛かりの手の字も見つけられないでいた。


 しかもなにやら雲行きが怪しい。


 四方にこちらの様子を伺うような気配を感じ、鬱陶しいことこの上ない。いっそのこと問答無用で排除することも考えたが、そんなことしたら彼女のことを笑えない。


 まずは話し合いから。


 俺は人影の少ない通りに入ってしばらくすると、立ち止まって声を掛けた。


「いい加減出てきたらどうだ?」


 俺のその言葉に一人の男……と言うかおっさんが姿を現す。


 おっさんの年の頃は五十を越えた位だろうか? 厳つい身体からは初老の域に達しているようにも、もう少し若いようにもどちらにも見てとれる。


 頭はつるっ禿で何の冗談か男爵風の口ひげを生やしている。身長は170位いだろうか?長身とは言い難いその身長で、ファンタジー小説によく出て来るドワーフのような分厚い胸板とぶっとい手足が自己主張し、とんでもない存在感を放っている。そんな身体で残暑が厳しいこの季節に黒い革のロングコート、堅そうな革のブーツを履いているところを見るとマニアかオタクか変態さんだろう。関わるのはよそう。


 俺はそう心に決め、黙ってくるりと踵を返そうとしたんだけど一歩間に合わなかった。


「水無月裕太だな?」


 確信を持っての問いかけだったが、関わりたくない俺は反射的に答えていた。


「俺はの名前は神無月航太だけど?」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「し、失礼した! 人違いだったようだ」


 っておい! し、信じるんかい?!


 男の反応に思わず心でツッコミを入れた俺だったが、表面上はそのことをおくびにも出さない。さすが俺。クールガイ。


「それじゃ急ぐんでこれで」


 俺はシュタッと片腕を挙げて挨拶すると、男の脇を通り抜ける。


 おっさんも申し訳なさげに片腕を挙げて返してくる。外見に似合わぬ人のよさ。マニアでオタクで変態さんだなんて思ってごめんなさい。


 しかしその時、聞き覚えのある声が辺りにこだました。


「待たんかぁぁぁぁぁいぃぃぃ!」


 その叫び声と共に、俺の背後で響く着地音。


 何とまぁ、登場したのは俺の探し人、半人半妖猫女の金城美依子その人だったのだった。


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