水無月裕太-2


「……ってな訳で、遺伝子レベルでの霊気の集約と細胞の……って、おねーさん、聞いてます?」


 俺は、いつの間にかテーブルに突っ伏してしまっていたおねーさんにそう声を掛けた。


「……いい」


「は?」


「もういいって言ってんの」


「いや、これから話が盛り上がってくるところなんだけど」


「あんたがプロの霊能力者じゃないって事は身にしみて分かったわ。プロなら自分の技能をこんなに懇切丁寧に晒したりはしないから。あんたは霊能力者じゃなくて、霊能力研究者だわ」


「いやいやいや、ここまで来たら最後まで……」


「いやぁぁぁぁぁ!あたしが悪かったからもう許してぇぇぇぇぇ!」


 ムンクの叫び張りのジェスチャーで拒否反応を見せるおねーさんに、俺はなんとなく寂寥感を憶えながら肩を落とした。


「あ、えーと……あの……りょ、了解いたしました……」


 ここからが本番だったんだけどな……。


「はぁはぁはぁ……疲れた……ホント疲れた……もう帰る」


 そう言うと、おねーさんは再度コーヒーカップの縁を指で弾く。結界を解いたのだろう。蒼白い疲れの見える魂の抜けたような顔でそう言われると、もうダメとは言えない。


 そそくさと立ち上がりお店から出て行くおねーさんをよそ目に、俺は慌ててマスターにお金を払い、お店を出たおねーさんの後を追う。


「おねーさん、おねーさんちょっと待って」


「何よ。約束通り一緒にお茶したんだからもういいでしょ。キミとあたしは所詮、妖怪と人間の間柄なんだから、これ以上馴れ合ってもしようがないわ」


「そんな事ないって。俺とおねーさんならきっと良い関係を築けると思うんだよね、俺は」


「気のせいもしくは気の迷いよ」


「んな事言わないでさー。試しにちょっと付き合ってみよーよー……一応告白っぽいこと言ったんだから、次にその返事を貰うってのはどうかなー」


「……こそこそ影から覗き見てるようなストーカーじみた男からの告白の返事を、あたしが何て答えるのか本当に知りたいの?」


 三白眼で此方をチラ見するおねーさん。


「それはほら、シャイな男のご愛嬌っていうかさ……」


「戦闘中にひとのスパッツ抜き取ったり、パンツが見たいだなんて騒ぐ奴に、あたしが何て答えるのか本当に知りたいの?」


「あああああれは、単なるその場のノリっていうか……それこそ気の迷いって言うか……」


「戦闘中に、スカートめくりしたり ひとの胸の感触確かめるような変態に、あたしが何て答えるか本当に知りたいの?」


 くっ……このままでは性犯罪者予備軍に認定されてしまう……ここまで来たら引き下がってたまるかい!


「い、いや、それだけおねーさんが美人だって事で、俺としても何か切っ掛けがないかと探っていてですね……」


「ごめんなさい。性犯罪者予備軍には興味無いの。って言うか学生さん?しかもバイトに明け暮れ単位を落とすような苦学生?お呼びじゃないわ。身の程をわきまえなさい!」


「ムッッッカァァァ!貧乏学生でなにが悪い!貧乏人怒らすと貧乏神に祟られるぞ!」


「ハン!貧乏神が怖くて妖怪なんてやってられるか!あたしの人生、疫病神と貧乏神に祟られなかった日はねぇーっての!あたしと付き合いたければ最低年収一千二百万稼いでからこい!」


「金額がプチリアル……行き遅れた女の浅ましさを垣間見た……」


「……コロス」


「へへーんだ、掛かってきやがれ!」


 そう罵り合いながら、俺と猫女のおねーさんは共に怒りに我を忘れて地面を蹴ったのだった。














「……ってな感じだったよね?俺らの出会いって」


 俺はそう、ベッドに横になって雑誌を読みふける彼女に問い掛けた。


 ここは俺が今は亡き両親から相続したマンションの寝室だ。ここの場所に二人でいるって事は……まぁ言わなくとも分かってくれるだろう。つまりはそう言うことだ。


 俺の問い掛けに、彼女は雑誌から視線を上げることもなく口を開く。


「そうね。あの後、結局あたしがアンタを叩きのめしたんだけど、泣いて追いすがるアンタにほだされて、しょーがなく付き合い始めたのよね」


「ムッカー……さすが齢二百を超えるダイヨウカイ様。既に脳みそが退化を起こして記憶を呼び起こす事すら難しくなっていらっしゃるようで」


「……どうやらアンタはよっぽどあたしを怒らせたいようね……あれほど歳のこと言ったらコロスと言ってきたのに……」


「俺は真実を歪められる事が許せなかっただけだよ……戦闘後に泣いて抱き付いて来たダイヨウカイさん」


「あたしは泣いてなんかない!」


「いいえ泣いてました」


「……どうやらどっちがご主人様か、この辺ではっきりさせた方が良いみたいね……」


「え?ご主人様?俺でしょ?齢二百超にして父ちゃん大好き実は半人半妖なファザコンダイヨウカイさん?」


「…………」


「…………」


「死にさらせぇぇぇ!!」


「掛かって来いやぁぁぁ!!」


 こうして本日もいつもの日常が幕を開けた。


 この話は、この俺、天才符呪士(未だもぐり)水無月裕太と、半人半妖猫女にして極悪我儘大妖怪・金城美衣子の二人が織り成す愛と友情と正義の物語である……多分。

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