金城美依子-6


「さて……先ずはコーヒーを頂こうかしら?」


「俺のおすすめで良い?」


「任せるわ。言っとくけど、あたしはコーヒーとお酒にはうるさいわよ?」


 水無月の先導で彼の行きつけの喫茶店に入ると、初老を迎えたくらいのダンディーなマスターに軽く挨拶しながら店の奥にある窓際のテーブル席に陣取って席につく。迷いの無いその歩みと、マスターとの親しげなやり取りを見れば、確かに水無月がここの常連である事が分かる。


「マスターいつもの2つね。おねーさん、何か食べるものもいる?」


「それなら、小腹がすいたからカレーとナポリタンとサンドイッチとビーフシチューが食べたいわ」


「……小腹?」


「妖怪は人間より燃費が悪いから必要エネルギーも多いのよ」


「俺、さっきも言ったけど一応大学生でね。しかも貧乏大学生。戦闘中に大学7年生って言ったけど、実はバイトに明け暮れてやむを得ず7年通ってるって事なんだけど……おねーさんから見て生活弱者な相手、しかも年下の男の財布を搾り取ろうとするなんて、どうだろうとか思わんの?」


「思わないわね。戸籍がないから定職に就けず常にかつかつの生活を送ってるあたしが、なんでナンパしてきた男の財布事情に気を配らなきゃなんないのよ」


「サーセンした!奢らせていただきます!」


 何故か涙をちょちょ切らせ、そそーっと視線を外す水無月。


「……何その態度……それはそれでムカつくわね」


 そうこうしている内に、マスターがコーヒーを持って来た。手作りっぽい洒落たコーヒーカップから、芳ばしい香りが立ち昇り鼻孔を通じて胸いっぱいに一杯に広がった。カップの縁に口を付け、恐る恐る啜ってみると、やや苦味が強いが渋味は少ないあたし好みのコーヒーで胸の奥に感動が広がった。これは確かに良いものだ。久し振りに満足のいくコーヒーに巡り会えた。


 続いて、カレーライスから始まった喫茶店料理のオンパレードだ。どれも古き良き喫茶店料理……と言ったていで、あたしの心と胃袋を充足感で満たしてくれた。


「予は満足じゃ」


「恐悦至極に存じます」


 コーヒーのお代わりを貰い、BGMで緩やかに流れるクラシックに耳を澄ませる。こんな満ち足りた気分でゆったりと過ごすのはいつ以来だろうか……10日ぶりくらい?


「そこは10年とか20年とか言う場面じゃね?」


「うっさいわね。ひとのモノローグこころのこえに許可無くツッコミ入れるんじゃないわよ」


 あたしはそう言うと、コーヒーカップの縁を軽く指で弾いた。


「……っ!今のって……」


「へー、気付いたんだ?そうよ。結界を張らせてもらったわ」


「どんな結界?」


「人間にあたしの存在が認識されにくくなる結界よ」


 これは勿論、喫茶店のマスター対策に張った結界だ。ここからは一般人には聞かれるわけには行かない。


「おねーさん……さっき言った通り、ここの支払いは俺が請け負うから……」


「だぁぁぁ!食い逃げの為に結界張ったんじゃないわい!……さっきの話の続きよ。胃袋が満たされて心と身体が万全になったから、今の内に疑問を解決しておきたいのよ。一般人に聞かれるわけにはいかないでしょう」


「ああ、そういう事ね。……でもなー……さっきも言った通り、俺はまちがい無く完全アマチュアだし、霊能力も趣味で研究してるんだけど……」


「……まぁ、分かったわ。それはそうだと思う事にする。ならどうやって術を開発出来たのかだけでも聞いときたいわね」


「それって手の内を明かせって言ってる様なもんだね?」


「あら?あたしと付き合いたいって言ってたのは何だったのかしら?おつきあいしたいって言うなら、キミに関するあたしが1番興味を持ってる事ぐらい、話してもらっても良いんじゃない?」


「そーきたかー。まぁ、別に秘密にしてるわけじゃないから良いけどね。でも、それならお付き合いを前向きに検討してもらえるって考えて良いって事かな?」


「勿論。あたしの興味を引けるだけ引いてご覧なさい」


 するだけって所までは勿論言わない。騙される方が悪いのだ。


「それじゃ俺、張り切って答えちゃう」


「期待してるわ」


 お互いニッコリ笑顔を向け合う。


「きっかけは偶然、符呪士が使う符を手に入れた事かな?」


「符?そんなものどこで?」


「バイトで古い屋敷の土蔵整理してたら未使用の符が数枚出てきた。後で調べたら、その屋敷は安倍晴明門下に連なる符呪士の隠れ家的な場所だったんだよね」


「それはなんと言うか……とんでもない幸運じゃない?符呪士の術ってのは他の霊能力や西洋魔術に比べても特に門外不出で、使う符の作成法も秘匿されてるし、現物を手に入れるには門下に入るしかないって聞いたことあるけど」


「まぁね。俺、ラッキーマンだから。で、先ずはその符を科学的に検証した。紙の素材を調べて、インク……というか墨の成分を分析して、描かれた図案や文字を正確にトレースして全く同じものを作ってみたんだよね」


「そいでどうなったの?」


「失敗した」


「あらら」


「全く同じ成分で全く同じ素材を使い、全く同じ図案を描いてるにも関わらず、霊気的な意味ではただの紙にしかならなかったよ」


「それで?」


「それはもうこれでもかってくらい考えたね。それまでの人生で、1番脳をフル回転させて考えた……5分くらい」


「たった5分かーい」


「んで、面倒くさくなった」


「はい?」


「もー面倒だから、適当にもう一回作ってみたんだよね。あ、俺ってゲームとかで素材が余ってると使い切っちゃわないと許せないタイプなんだよね。んで、デキちゃったんだ」


「は?何が?」


「いや、ここでデキたって言ったら符でしょ。まさか子供ができちゃいましたーって話をここでする訳ないし」


「んなこたぁわーっとるわい!あたしが言いたいのは、なんで過程をふっ飛ばして、符が完成しちゃうのかって話!」


「過程をふっ飛ばした訳じゃないよ。正直話しても理解出来無いんじゃないかと思って結論だけ言ったんだよ」


「キミ……喧嘩売ってんの?買うわよ?底値で買っちゃうわよ?」


「底値なんだ?」


「生活困窮してるあたしが高値で買うわけないじゃない」


「……」


「んで?どうやったの?大体想像つくけど」


「ほほう。その想像とやらを聞いてみましょうか」


「術の根源になるのは霊気でしょ?多分作成段階から霊気を込めなきゃならな……」


「ブブー」


「……い……へ?」


 まだみなまで言ってないんだけど?


「おねーさんが言いたいのは、素材の作成段階で俺が霊気を込めながら作るって事だろ?」


「……そうね」


「それは流石に俺も直ぐ思い付いて作ってみたけど、結局は徒労だったね。あ、いや、多分符呪士が普通に作る分にはそれこそが重要だったんだろうけど、符呪士門下外の俺には同じ方法では同じ物にはならないって結論になったんだ」


何故なにゆえ?」


「さー?不可能って結論付けられた物には拘れない性格なんだよね俺。別な方法考えちゃうの」


「……」


「聞きたい?」


 ニッコリと笑みを浮かべる水無月を見て、いやーな予感が心によぎる。コレって頷いちゃったらあとに引けなくなっちゃうやつじゃね?


 そうは思っても、ここまで来てやっぱりいいですとは言いづらい。あたしはゴクリと息を呑み、覚悟を決めて頷きを返した。


「ふふーん。では聞いていただきましょうか、研究の結果を」


 満面の笑みを浮かべて話し始める水無月裕太。


 あたしが自分の浅はかな頷きに深い後悔を覚えるまでにそう時間は掛からなかったのだった。

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