金城美依子-5
「い、
背中から落ちた時に軽く後頭部をぶつけたらしく、そこに痛みがあるが、体が痺れて手足が思うように動かず確かめることも出来ない。
「んぐ……ふにゃ……」
なんとか立ち上がろうともがいたんだけど、やっぱりまだ力が入らない。大の字は
「さて……」
と、近付いてくる男に嫌味の一つでも言いたいとこだけど、そんな気力も無い。
「早速聞くけど、何でいきなり攻撃してきたの?」
肩を竦めてそう問い掛けてくる男をあたしは訝しむ。なんとか動くようになってきた口を動かしあたしは逆に問い返した。
「最初に仕掛けてきたのはそっちでしょ?」
「……はい?『先手必勝!』て叫びながら問答無用で見ず知らずの相手に殴り掛かるのは最近の流行であって、単なる挨拶のつもりだったとでも?」
その言葉に一瞬ハッとするが、あたしは敢えてキッパリこう答える。
「そうよ!」
「……なるほど。明日からはもっと流行に敏感に生きていくよ」
男は疲れたようにため息を吐いた。
「……人の後ろをつかず離れずこそこそ着いて来るような性犯罪者予備軍能力者にはそれで充分なのよ」
あたしはふんっとそっぽを向きながらそう答えた。
「人聞きの悪い……俺は単に綺麗なねーちゃん見かけたから、お茶に誘おうと様子をうかがってただけだよ」
「なら、直ぐ声かけてくればいいでしょ!」
「タイミング図ってたんだよ!こういうのは第一印象が大切でしょ?!」
「はぁ?こそこそと後ろから様子を覗って、すぐ声を掛けることもできないような人間の第一印象ですか?そんなにそれを聞・き・た・い・の?」
「……方法に誤りがあったのは認めますがね」
「変態!変態!へんた~い!犯される~!」
「このまま捕縛して放置してっても俺は構わないんだけど?」
「……」
「あら?こんなところに特殊素材で作られた、妖怪捕縛用の荒縄が!これはきっと神様が使えと持たせてくれたものに違いない♪」
「『違いない♪』じゃな~い!」
「んじゃさ……負けを認めるかな?」
「んぐ……」
認めるも何も、この状況で強がって見せられるほど、あたしも恥知らずではない。でも直ぐさま敗北を認められるほど素直じゃないのも事実だ。
あたしは一瞬逡巡すると、結論を先延ばしにする為、別の質問でけむに巻く事にする。
「……キミ、名前は?」
「
「……
水無月裕太……聞いたことないわね。こんだけ実力が有るならちょっとは名が知れてる能力者かと思ったんだけど……まぁ本名、名乗ってる保証は無いんだけど。
「所属は?」
「所属?大堂環大学文学部7年……」
「いや、そうじゃなくて……キミは何処の組織に所属してるのかって話よ」
って、大学7年生って……
「組織らしい組織には大学ぐらいにしか入ってないけど?今、絶賛留年中だけど」
「……こっちに情報は渡さないって訳ね?そんな相手、信用出来ると思う?」
「と、言われてもね……そんな話をするって事は、やっぱり妖怪退治なんかを請負う組織なり団体なりが存在するのかな?」
「……?」
いまいち会話が噛み合わない。あたしは小首を傾げながら再度質問する。
「キミ、能力者よね?」
「一応ね」
「どんな能力かは、いまいち判然としないけど、さっきキミの攻撃を受けた感じじゃ、サイキック系とか西洋魔術系じゃなくて、霊能力の一種よね?霊気の波動を感じたわ」
「へー、異能力ってのは色々種類があるんだね?」
「はい?」
「いや、サイキッカーとか魔術士とかとは会った事ないし」
「と言う事はキミの師匠も霊能力者かしら?」
「俺の師匠はブルース・リー様です」
「はぁ?」
「燃えよドラゴンは俺の心のバイブル」
「おちょくってんのかい!!」
「いや、だって俺、霊能力も格闘技も誰かに教わったことないし」
「はぁ?……はぁ!?」
思わず二度見しちまったい。
あたしはようやく動くようになってきた右手で眉間を摘みながら、更に質問を重ねる。
「んじゃ何?キミはあの霊能力も戦闘技術も自己流だと?」
「そう。格闘技に関しては中学高校時代にブルース・リー様に憧れて色んな道場に体験入会して渡り歩いたけど、師匠らしい師匠ってのはいないね。霊能力はネットで調べて自分で研究したなー」
「んな話、信じられるかい!!」
「んなこと言われてもねー。戦闘中にも言ったけど、俺は完全趣味の霊能力者で完全アマチュアの霊能力者」
「よしんば格闘技に関してはそれもあり得るかもしれないわ。技ってのはセンスだから。でも、霊能力をネットで学んだ?んな訳あるかい!!そんな簡単に霊能力を身につけられるならこの世はもっと霊能力者で溢れてるわ!!」
「……素人が霊能力を扱う上で1番ネックになるのはなんだと思う?」
意外にも真面目な顔でそう問いかけてきた水無月裕太に、あたしは一瞬口を噤む。
大きく息を吐いて、力の入らない身体に鞭打ってなんとかゆっくり上体を起こしながら少し考え、その問に答えた。
「……霊気の操作でしょう。今まで感じれていなかった霊気を操るのは、今まで野球をやった事の無い素人に、いきなりピッチャーやらせて160kmのストレートやら高速スライダーやらでいきなりストライク投げさせるようなもんだわ」
「……いきなり野球で例えられるとは思わなかった」
「あたしタイガースファンだから」
「さいでっか。因みに俺はファイターズファン」
「ジャイアンツじゃなかっただけマシね。ジャイアンツファンだったら血の雨を降らせていたわ」
「……心の底からファイターズファンであった事に感謝するよ……」
水無月はこめかみを抑えて力無くそう言った。あんたに脱力されるいわれは無いわい。
「……まぁある意味、的を得た例えだけど……なら、こう言ったらもっと分かりやすいかな?例えば野球というスポーツを全く知らない人間に、グローブとバットとボールを渡したらどうなると思う?」
「そりゃー、何も出来ないんじゃない?少なくとも野球の形にはならないわね。ヘタするとグローブを頭に被ってバットで殴り掛かるかもしれないわ」
「そうだよね。要するに野球を知らなきゃ道具を渡しても野球は出来ないって事だね。でも俺が思うネックはその一歩手前。素人には霊気に触れても霊気を察知できないって事かな?」
そこまで言われて何となく言わんとしてる事を理解する。
「つまり霊能力以前に、その源である霊気が分からない……だから霊能力を使えないってことね?」
「そうそう。霊能力ってフォーマットは、実は今じゃネットの世界で溢れてるんだよね。でも霊気を察知できない人間にそのフォーマットは意味を成さない。でも……」
「キミには霊気を察する能力があった」
「正確には、後天的に身に付けた……いや、引き出されたって言った方が正しいのかな?」
「引き出された?」
「流石にこの情報はいくらおねーさんが俺好みの美人でも直ぐにはお伝えする事は出来ません」
「……まぁ良いわ。つまりキミは、霊気の存在を察知出来ていたからネットで情報集めて自力で霊能力を身に付けることが出来たって言いたいの?」
「そうなるね」
「
「そこはほら、俺、天才だから」
「そんな言葉で納得できるかい!!」
「そんなこと言われてもなー。俺がひとりで研究して霊能力を会得したのは事実だしなー」
顎に手を当て、斜め上に視線を配りながらそう呟く水無月に、あたしはこの場でこれ以上の情報を得るのは難しいと悟る。
まー、ちょっとウザいけど、悪い人間ではなさそうだ。お茶するくらいなら問題ないか……正直興味湧いてきたし。
「……あー喉乾いたわー。どっかでコーヒーでも飲みたいなー」
我ながら、わざとらしさ満点な態度だ。ちょっと呆れる。
しかし、水無月はそれでも少し嬉しそうに笑みを浮かべ、未だ地面に座りこんでるあたしに手を差し出した。
「それじゃ、取り敢えず近くの喫茶店にでもご一緒して頂けますかね?」
あたしはその手を取って立ち上がり、そっぽを向いて言葉を返す。
「……そっちが誘ったんだからキミが奢りなさいよね」
「勿論、そうさせて頂くよ」
そう言いながら、二人で肩を並べて歩き始めたのだった。
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