金城美依子-4


 クソッ……こうなったらどんな手を使ってもこの男を屈服させて、裸で木に吊るしたる。


 あたしは大きく息を吐くと、心を鎮めて目の前の男の一挙手一投足に意識を集中する。


 挙動のギャップに惑わされそうになるが、さっきの一連の流れを見ても、こいつは手を抜いて戦えるような生半可な相手じゃない。


 そもそもあたしは、こいつの能力を特定できずにいるのだ。特にあの球体。


 あの後いつの間にか消えていたあの球体が、今どこにあるのかは分からない。ポーチに戻ってるかもしれないし、未だにあたしの死角に有り続けているかもしれない。


 でもそれを探る時間も手段もないなら、もうその事は忘れよう。いつもみたいに、ただ注意を払えばそれでいい。


 猫女である事の特性を最大限に活かす闘い方の正しさは、私が今現在も生きている事が証明している。


『心を落ち着けて視界を広く保て』

『聴覚嗅覚触覚全てを総動員しろ』

『隙を見つけたら一瞬も躊躇うな』


 猫女であればこの3つの心構えで事足りる。作戦なんてクソ喰らえ!


 あたしは軽く息を吐き出しながら、耳をそばだて空気を嗅ぎ風を纏う。すると次の瞬間、死角から感じる微かな気配。



 ヒュン--

 バシッ--



 あたしはそれを、振り返らずに呪火を纏った右手で受け止める。


 しかし気配は1つだけではない。


「ウラァ!」


 続いて地面スレスレに忍び寄ってきた球体を、左足で踏み付ける。


 よし、これを破壊して……


「っ?!な!!」


 突如として頭上に現れた気配に、あたしは慌てて頭上を仰ぎ見ながら身を翻す。



 ズシャ! ズシャ! ズシャ!



 すると、立て続けに降り注ぐ球体が、鈍い音を立てながら地面へと突き刺さった。


 球体は2つじゃなかったのか……取り敢えずこの一個だけでも……


「あ!クソ……」


 手の中から球体が消え去る感触に、あたしは思わず悪態をつく。ふと視線を向けると、さっき地面に突き刺さった筈の球体が、既にその場から消え去っていた。


 マズイ!この間合いは不利だ!


 あたしは即座に間合いを詰めようと足を踏みしめる。


「おっと」


 クッ……目の前に球体がっ!


「こんなのはどうかな?」


「うにゃ!」


 その球体から何かでた!


 あたしは身体をひねってすんでのところでそれを躱しつつ、体勢をわざと崩して地面に片手をついて、それを支点に更に飛び退いた。


「いやーそれも躱すって……猫女って……うわっ!」



 バシィィィッ--



「余裕かましてんなよ腐れ外道!」


 あたしは更に追撃をすべく、”今さっき”調達した武器を構える。


 実はさっき地面に片手をついた時に、アスファルトをぺっぱがし、手の中で砕いて呪火でコーティングして弾にしたのだ!


 まぁ霊壁に防がれてしまったけど。


「指弾とかどこの格闘家?!」


「あたしにかかれば、道端の小石だって一撃必殺の武器になるの……よ!」


 親指と人差さし指で挟んでいた弾を、あたしは再度男に向かって弾く。しかも今度は連続で。


「そんなん!まともに!食らったら!死んじゃうってぇぇぇぇぇ!」


 と、男はそう絶叫しているが、それぞれしっかりと防御してるあたり、まだ余裕がありそうだ。


 防御は霊壁で行われ、身体が全くブレないから隙を突くことも出来ない。霊壁もコンパクトサイズで視界に死角が出来にくそうだし……ホントやりにくいわ。


「そのままぽっくり逝ってくんない?もういい加減、このやり取りにうんざりしてきたんだけど」


「ぽっくり!逝ったら!パンツ!見れないやんけぇぇぇぇぇ!」


「誰が見せるかボケ!」


「しまった!焦って本音が!」


「やっぱり只のクズやろ……っ!?」


 罵倒の言葉が口から飛び出しきるその寸前、あたしの指弾が途切れた一瞬の隙を突き、男があたかも瞬間移動したかのようにフワッとあたしの傍らに下り立って、あたしの手首に触れていた。


 瞬間移動テレポートじゃない事は今のを見ていたあたしが良く分かってる。これは超能力じゃなく……歩法!!


「武術?!」


 その台詞を引金に、男の身体がブルッと歪み、気付いた時にはあたしの身体が宙を舞っていた。


 しかもポイッと投げ出されるような生易しいもんじゃない。ガクンと手首を引かれて地面に向かって一直線だ!


「にゃぎぃぃぃぃぃ!」


 咄嗟に尻尾を振り回し、空中で体をひねって背中から地面に叩きつけられるのを防いで、なんとか四つん這いに着地する。


 しかし勢いを殺しきれず、着地の際に蜘蛛の巣状にひび割れが走った。


「流石に猫なだけあるよね。あそこから体勢変えられるとは思わんかった」


 いつの間にかあたしの手首から手を放し、音も立てずに飛び退いて距離を取った男の技量に戦慄を隠せない。さっきの歩法に投げ飛ばした合気術……こいつ霊能力者じゃなかったの?


「やっててよかった通信空手」


「って通信かい!!っていうかどう見ても空手じゃないじゃないの!」


「いやー打てば響くこのやりとり……これはもう、俺と心が通じあってるとしか思えないよね。おねーさん、このまま俺とお付き合いするって方向で……」


「キミとするのはお付き合いじゃなくド突き合いだぁぁぁぁぁ!」


 呪火で拳を作り出し、あたしはそれを男に向かって振るう。繰り出された呪火の拳は男に向かってググーンと伸びる。


「座布団1枚ぃぃぃぃぃ!」


 それを掌に纏った霊壁でいなしながらふざけた台詞で応戦する男。あたしは呪火の拳を更に幾つも作り出し、連続で男に繰り出して行く。


「表現が古いわぁぁぁぁぁ!!」


「お祖母ちゃんっ子だったもんでぇぇぇぇぇ!!」


「山○君!座布団全部持って行きなさぁぁぁぁぁい!」


「おねーさん、絶対こっち側だよねぇぇぇぇぇ!!」


 互いの手の内を探りつつ、あたし達は血で血を洗うような激しい戦闘を繰り広げる。


 あたしの呪火の拳を、男は障壁を纏わせた掌や球体を使っていなしていく。しかもそのいなし方が絶妙だ。多分まともに受け止めたら障壁を突破されるのを理解しているのだろう。拳を正面から受け止めるのではなく、微妙に角度をずらして拳の軌道を逸らしながらいなしているのだ。更にはこちらの攻撃をいなしながら、時折死角から球体での攻撃も仕掛けてくるから気が抜けない。


 ただ、あたしはもう呪火を身体に纏っている状態になっている。この呪火に鎧われていると生半可な攻撃は通らない。全て呪火で防いでいる。


 互いが決め手に欠ける状況で、それでも隙を見せないように攻撃と防御を繰り返す。


 すると、男の弱点が目に見えて現れはじめた。


「はぁはぁゼェゼェ……」


「体力なさ過ぎでしょキミ……」


「はぁはぁ、お、俺ただの大学生だし……ゼェゼェ……インドア派でスポーツやってる訳でもないし……はぁはぁ……元々頭脳労働派なんだよ俺は……はぁはぁゼェゼェ」


「この程度で息切らせるような軟弱者が、あたしをナンパしようだなんて片腹痛いわー」


「はぁはぁはぁー……まさかただのナンパでここまで体力を試されるとは思っても見なかったよ……」


「これに懲りたら……」「でもさ」


 あたしの台詞を遮ると、男は足を止めてニヤリと笑みを浮かべた。


 そして……


「っ!!!」


 突如背筋に悪寒が走り、あたしは反射的にその場から飛び退いた。


「体力あっても油断しちゃったらダメだと思わない?」


 四方で霊気が立ち昇り、あたしを取り囲むように稲光が螺旋状に伸びてくる。


 完全にそれに囲われる前に着地の反動を利用して脱出しようと考えたところでチラリと視界の端に飛込む黄色い物体。


「っっっ!!!!!!」


 ギョギョっと、気付いた時には既にそれをける事も、踏んでしまったあとに起こるであろう惨事をける事も叶わないタイミング。


着地のタイミングで飛び上がろうとしていたせいでまともにそれを踏みしめる事になり


飛び退いた着地点で踏みしめたがために、上体と足の裏の運動エネルギーが真逆に走り


それに逆らう事は叶わずあたしの身体はされるがまま


故にあたしはこう叫ぶほかない。


「なんでこんな所にバナナの皮がぁぁぁぁぁ!」


 空中に投げ出され、鳥ならざるあたしはバタバタと見苦しく手足をバタつかせる。


「パンツー!丸見えー!」


「小学生かキミはぁぁぁギャァァァァァス……」


 更に四方から螺旋状に放たれた雷撃が体を貫き、あたしの手足から自由を奪う。


 あたしは受け身も取れずにそのまま背中から落下したのだった。

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